第4話 放課後の紙袋

放課後の職員室は、思ったより静かだった。


メグは、入口で一度、立ち止まった。


職員室の床に、白い線が引かれているわけではない。

それでも、越えるのに時間がかかった。


中に入ると、何人かの先生が、それぞれの机で書類を見ていた。


メグは、山田花子の机を探す。


見つけて、また止まる。


呼ぶべきか、近づくべきか。


一秒。

二秒。


「……山田先生」


声は、思っていたより、ちゃんと出た。


花子が振り向いた。


「あ、メグちゃん」


それだけで、メグの肩が、少し下がった。


メグは、両手で何かを持っていた。


小さく折った、藍色の布。


「これ……」


言葉が、一度、途切れる。


「今じゃないと、無理だと思って」


メグは、布を差し出した。


花子は、受け取った。


中には、布切れが入っていた。


薄いハンカチほどの大きさで、淡い青が、まだらに広がっている。


「きれい」


そのとき、花子は気づいた。


メグの指先。


うっすらと、青い。


洗っても、落ちきらなかった色。一瞬、花子の呼吸が、止まる。

「……手」


言いかけて、続きが出なかった。


「……自分で?」


花子が聞くと、メグは、ほんの少しだけうなずいた。


「いっぱい……失敗した」


それだけ言って、それ以上は、説明しなかった。


花子も、聞かなかった。


二人の間に、短い沈黙が落ちる。


職員室の奥で、コピー機が動いた。


「ありがとう」


花子が言う。


そう言うと、メグは、少しだけ肩の力を抜いた。


「先生、話さなくても、分かるから」


それだけ言って、走っていった。


花子は、しばらく動けなかった。


紙袋を抱えたまま、呼吸を整える。


視界が、少しだけ、にじむ。


——疲れたな、と思う。


目を閉じて、一度、深く息を吸う。


まぶたの内側が、ひどく、熱かった。


花子は、袖で、軽く目元を押さえた。


それ以上は、何もしなかった。

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