第2話:童貞とサキュバス、虚偽の会合
カフェの入り口で、俺、佐藤ケンジ(26)は、緊張で手汗を拭うのをやめられずにいた。
心臓が早鐘を打っている。
(頼む……! 今度こそ「業者」でも「サクラ」でもない、生身の女性であってくれ……!)
俺がマッチングアプリを始めた理由はただ一つ。
「童貞を卒業したい」。これに尽きる。
しかし、世の中は甘くない。
過去三回のマッチングは、「投資用マンションの勧誘」「怪しい宗教の勧誘」、そして「ぼったくりバーへの誘導」だった。
女性不信になりかけていた俺の前に現れたのが、『リリ』さんだ。
プロフィール写真は地味なメガネと三つ編み。自己紹介文も控えめ。
これだ。この「芋っぽさ(失礼)」こそが、俺が求めていたリアリティ!
(でも、油断は禁物だ。いきなりホテルになんて誘ったら、即ブロックされて終わりだ。まずは「いい人」を演じて、信頼関係を築いて……あわよくば、今日中に……いや、焦るな俺!)
深呼吸をして、待ち合わせの席へと向かう。
そこには、写真通りの女性がちょこんと座っていた。
ダボッとしたスウェットに、野暮ったいメガネ。
けれど、伏し目がちなその姿は、どこか小動物のようで守ってあげたくなるような……。
「あ、あの……ケンジさん、ですか?」
「あ、はい! はじめまして、ケンジです!」
俺が声をかけると、彼女はビクッと肩を震わせて顔を上げた。
レンズの奥の瞳が、怯えたように揺れている。
(か、可愛い……! じゃなくて、めちゃくちゃ警戒されてる!?)
俺は瞬時に「聖人モード」のスイッチを入れた。
ここで「男」を出したら逃げられる。
俺は無害だ。俺は草食だ。俺は君の話を聞くだけの優しいお兄さんだ。
「緊張しますよね。僕もです。このカフェ、カフェラテが美味しいらしいですよ。まずはゆっくりお茶でもどうですか?」
「は、はい……ありがとうございます……」
彼女――リリさんは、俺の提案にほっと胸を撫で下ろしたようだ。
よかった、第一関門突破。
向かい合って座る。
他愛のない会話を始める。趣味の話、休日の過ごし方。
彼女は口数こそ少ないが、俺の話にコクコクと頷いてくれる。
時折見せるはにかんだ笑顔に、俺の理性が揺さぶられる。地味だけど、よく見ると肌は真っ白で綺麗だし、スウェットの上からでも胸の大きさが……いや、見るな! 紳士たれ!
(くそっ、こんな純朴そうな子を相手に、俺は何という邪なことを……! でも、卒業したい!)
三十分ほど経った頃だろうか。
ふと、リリさんが真剣な表情で俺を見つめてきた。
ゴクリ、と彼女の喉が鳴るのが聞こえた気がした。
「あの、ケンジさん」
「は、はい!」
「ケンジさんは、すごくお優しそうな方で……安心しました」
「そ、そうですか?(内心ガッツポーズ)」
「なので……その、プロフィールの通り……この後、『食事』の方も……お願いできないでしょうか?」
――来た。
俺の脳内でファンファーレが鳴り響く。
『食事』!
アプリ界隈における、その言葉の意味を俺は知っているつもりだ。
だが待て。相手はこんなに地味で真面目そうな子だぞ?
本当に「そっちの意味」か?
ただ単に「お腹が空いたから晩ご飯を食べたい」という意味じゃないのか?
(ここで勘違いして「じゃあホテル行こうか」なんて言ったら、俺はただの変態として通報される! ここは慎重に……相手の出方を探るんだ!)
俺は笑顔を崩さずに頷いた。
「もちろんです。僕もリリさんと『食事』したいと思ってました。……静かな場所の方がいいですよね?」
「! は、はい……! 二人きりの、静かな場所で……」
彼女が頬を赤らめて俯く。
……え、これは期待していいのか?
いや、まだだ。まだ詐欺の可能性も捨てきれない。
俺は慎重に、かつ大胆に、次のステップへと足を踏み出すことにした。
「じゃあ、行きましょうか」
俺たちは席を立った。
お互いに「下心」という名の爆弾を抱えているとも知らずに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます