第10話 取説はちゃんと読む派ですか?
独りになった俺は、改めてこの不思議な泉について考える。
泉の水は、飲めば体力や魔力が回復する。重症の怪我も治ってしまう奇跡の水だ。あれだね、ラノベファンタジー作品で言うところの
【鑑定】してみたら〝エリクサー〟だった。
(…俺がエリクサーって名付けたからそう表示されるようになったわけじゃないよな?)
奇跡は水だけじゃない。泉の周囲の木々には何種類ものとんでもなく美味な果物が生っていた。これがまた…
前世が人間だった俺としては、果物も食べたかった。
というか食べた。
美味かった。とんでもなく。
ただ…、食ってしまってから、猫が食べると健康を害する果物があるという前世の地球での知識を思い出して不安になった。猫にブドウを与えると、たとえ少量でも最悪死ぬ事があると、猫を買ってた事務員が話してた。
元人間がいきなり猫にされて、人間だった時の知識・常識が通用しないのが戸惑う。
食べたのはブドウのような形状の果実ではないが、そもそも異世界の果実だ、何がどうなるか分からない。どうしようか…。
猫について詳しいわけでもなかった俺。今更異世界で知識・情報を調べる方法もなし……インターネットなんてないからな。
…いや待てよ、【鑑定】すれば、そういう事も分かるんじゃないか?
毒の有無を意識して鑑定してみた結果、果実の毒は【無】判定。
いや、人には無害だが、猫には毒になるなんて事は…? と思ったら、【人】と【猫】それぞれに毒性が表示されるようになったが、全部【無】判定。
良かった。まぁ、そもそもここは魔法がある世界で、俺はファンタジーな種族で、猫っぽい外見でも猫そのものなわけではないしな。
ただ、泉の周囲の果実を鑑定してみて別の事が分かった。どの果実もみな泉の水と同じ、何らかの特殊効果がある、“奇跡の果物” だったのだ。
どの果実にどんな効果があるかはまた後で検証するとして…この世界の果物がすべて
周囲を調べてみたが、魔物が近寄ってこないのはどうやら間違いないように思う。(小鳥やリスなどの無害な小動物はたまに見かける事もあるが、そのまま居付く事はなかった。)
ただ、時折、小さな半透明の生物? が入ってくるようになった。鑑定してみたら〝妖精〟だった。
妖精には色々な姿形の者がいる。背中に蜻蛉や蝶のような羽のある小人型が多いが、リスのような、まんま動物の姿の者も居た。共通しているのは、半透明であること。
どうやら物質の体を持っていないようで、そのままでは触れる事はできない。幽霊みたいな存在だ。ただ、魔力を込めた手なら触れる事も可能だった。おそらく魔力でできた存在なのだろう。
会話も可能ではあるのだが、知能は個体によって差があり、かなりまともに話ができるモノもいれば、分かってるのか分かってないのか、反応のないモノも居た。もしかしたら対話する気がない性格なだけかも知れないが。
話ができても、話し相手にはならない感じなので、ちょっと頭の良い動物程度だと思うことにした。自由奔放で捉えどころもないのでペット代わりにもなりそうにない。
魔物が聖域に寄ってこないのと対象的に、妖精達は聖域に寄ってくる傾向があるようで、徐々に見かける数が増えていった。物珍しそうに俺や泉の周囲を見て回るが、飽きるのか、しばらくすると去っていくのであった。
聖域の範囲がどこまでなのか、
ある地点を超えると急に雰囲気が変わるので、聖域を出た事が分かる。神聖な雰囲気がなくなり静かだった世界が急に騒々しくなるのだ。
最初、聖域との境界を確認して杭でも立てておこうかと思ったのだが、感覚だけで領域がはっきり分かるのでやめた。
俺は、聖域の〝外〟に出てみる。
周囲の様々な気配を感じてみる。
耳を澄まし。
臭いを嗅ぐ。
ヒゲを使って空気を感じる。人間だった時にはなかった感覚だ。人間だった時と違って毛皮を着ているので、肌で感じる感覚が弱いのだが、その代わりにヒゲ(の根本)が非常に敏感だ。猫や犬がヒゲを触られたり切られたりするのを嫌がる理由が分かった。人間だって敏感な感覚器官(例えば目玉)を弄られたら嫌だものな。
さらに、魔力を感じる。これも人間だった時にはなかった感覚だが、何の器官を使って感じているのかはよく分からない。魔力は物質ではないので、それを感じる器官も物質ではないのだろう。
音・匂い・空気、そして魔力。それで、動き回らずとも周囲の状況がとてもよく分かる。
目も耳も鼻も人間だった時よりずっと鋭敏だ。ヒゲも凄い情報量だ。だが、それよりも、“魔力”。これが凄い。
人間だった頃にはこんな感覚を感じた事はなかった。曖昧な感覚ではない。この〝魔力を感じ取る感覚〟は、研ぎ澄ますほどに、まるで〝世界〟と繋がっていくような気すらしてくる。
この魔力を感じる感覚があれば、目が見えなくなっても耳や鼻が効かなくなっても、この能力だけでなんとかなりそうな気さえする。
そうして俺は聖域との境界に佇み、周囲の魔力を探っていくと、魔力だけで植物や動物、魔物の存在などを識別できるようになった。
時折、大きな魔力を感じ取る事がある。その魔力の大きさから、そこに居るナニか(おそらく魔物)が強者である事が瞬時に理解できる。
見知った魔力も感じ取った。嵐猫の母猫と兄弟猫達だ。まだ聖域からそれほど離れていなかったようだ。
だがその時、空にまた、あの炎鷲と思われる魔力が現れたのを感じ取った。
特に炎鷲が嵐猫を攻撃する気配はないようなのだが、嵐猫の母猫の魔力から、強い憎しみや敵意のような波動を感じる。それはそうだろうな。母猫は子猫を攫われて食われているのだ。許せないのは当然だろう。
母猫が炎鷲と戦闘を開始したようだ。今回は兄弟猫達も参戦している。というか、嵐猫のほうから突っかかっていったように思う。火属性の炎鷲に対して風属性の嵐猫は相性が悪いと思うが大丈夫か?
まぁ、炎さえなければしょせんは鳥と猫。嵐猫が炎鷲にタックルして捕らえてしまえば倒せるのは分かっているのだが、それをやると嵐猫も火傷を負ってしまう。
おや、どうやら戦闘は嵐猫達の無傷の勝利に終わったようだ。兄弟猫達の援護射撃もあるからな。最後は風刃の集中砲火(いや集中砲風?)で仕留めたようだ。
良かった…。(俺も食われそうになったからな。どうしても炎鷲を敵認定してしまうのは仕方ないな。)
おっと、嵐猫達に気を取られていたら、なにかに掴まれたような感覚があった。物理的にではない、魔力の感覚だ。俺の魔力が捕捉された?
さっき知覚した大きな魔力を持つ存在だ。それがこちらに向かって移動を始めたのが分かる。
まずい。接近してくる魔物? の魔力は、炎鷲の非ではない。圧倒的な強者だ。
まだ強者と接近遭遇するには準備が足りない。
俺はすぐに聖域の中に戻った。魔物は俺を見失ったようで、少し徘徊して、その後去っていった。
外の世界の魔力の喧騒から戻ると、聖域の高貴だが静寂な空気は、少し物寂しくすらある。
もしかしたら、嵐猫達が出ていったのは、居心地が悪かったのかもなぁ…。
いやいや。他の魔物を寄せ付けないのは居心地が悪いなんて言葉で片付けられる話しじゃないか…。もしかしたら、俺を自分の家族ではないと認識してしまった事で、この場所に居る権利を失い、結界の中に居られなくなってしまった…、とかかも?
まぁ分からん。
とにかく、不思議な場所だ。
おそらくだが…ここは、俺が転生した時に、最初に送り込まれる場所だったんじゃないか? と思う。所謂、異世界転生時の〝始まりの場所〟、チュートリアルスペースみたいなやつだったんじゃないのか?
それが、何かの手違いかミスか、違う場所に送られて、危険な目にあった…。今にしてみれば、この場所を見つけたのは、不思議な鳴き声に導かれてだった。前世で知り合いだった猫に似た声にだったし。
根拠はないが、自分の〝直感〟がそうだと強く言っている。
俺は、いつまでここに居ていいのだろうか? ずっとここに引きこもっていてもいいのかな?
ある時点で強制的に追い出されるとか、この場所が消滅してしまうとかそういう事が起きる可能性だってある。(そうなる前に、早急に力をつけておくべきだろう。)
チュートリアル、あるならちゃんとやってほしかったなぁ……
俺は取説はちゃんと読む派だ。
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