虚構4 魔王対策予算:政治の裏と表
地方議会の会議室は、いつものように煙草の煙と野心の匂いが充満していた。
五十代半ばの政治家、バルドは議長席から一同を見下ろした。
灰色の髪に、鋭い目。
彼のスーツは高級だが、地元の工場で作られた生地を使っている――少なくとも、そう宣伝している。
「本日の議題は、魔王対策予算の増額についてだ。西部国境での脅威が増大している今、我々は即時対応を迫られている」
バルドの声が響く。
スクリーンに映し出されるのは、昨日のニュース映像。
魔王軍の黒い影が荒野を進軍し、爆発が起こる派手なシーン。
もちろん、バルドは知っている。
あれが報道局のスタジオで撮られた「再現映像」だということを。
だが、そんなことは関係ない。
重要なのは、民衆が信じ、恐れ、予算を要求することだ。
議員の一人が手を挙げた。
若い男、理想主義者らしい。
「しかし、議長。魔王の脅威は本当なのか?
最近、勇者レオンが王都を出発したという。
彼を支援する予算を増やせば、根本解決になるのでは?」
バルドは内心で舌打ちした。
勇者支援法案。
そんなものが通ったら、魔王の脅威が「解決」されてしまう。
解決すれば、予算は減る。
工場は止まる。
雇用は消える。
地元は貧しくなる。
もし、そんな法案が通れば俺が直接企業から献金を受けていたことが公になる可能性もある。
表向きは法案に賛成だが、ギリギリのラインでこの法案を通さないことに尽力を尽くしている。
もしそんな事になってみろ。俺は議員辞職しなきゃならなくなる。そうすれば次の選挙に勝てる可能性は低くなる。
そう、全ては選挙のため。魔王がいる限り俺の懐は潤う。
俺は一流の役者になりきり、さも際どい立場を演じている風を装い、渋い顔をしながら言った。
「君の意見は理解できる。だが、現実は違う。勇者は一時しのぎだ。魔王は永遠の脅威。だからこそ、継続的な防衛投資が必要だ。ここに、地元への新工場誘致案がある。雇用創出、二千人。魔王対策の武器生産ラインだ」
議員たちの間にざわめきが広がる。
(工場誘致は俺の関連会社だ。そして、俺が党首を務める党へ助成金として金が流れる。これが資本主義、魔王様々よ。笑いが止まらん)
「二千人……」
「俺達の選挙区に工場が来るのか?」
「賛成だ!」
俺は表向きは工場を誘致して雇用を生み出した正義のヒーロー。まぁその分、報酬は貰うがね。
投票は圧倒的多数で可決された。
勇者支援法案は、棚上げ。
バルドは満足げに議長席を降りた。
会議後の控室。
バルドは一人、窓辺に立っていた。
外では、地元の工場が煙を吐き出している。
魔王のおかげで、二十四時間稼働中だ。
ノックの音。
入ってきたのは、軍需企業の重役。
スーツケースを抱え、にこやかに近づく。
「議長、ご苦労様です。今日の予算、可決おめでとうございます。これで我が社の新工場、着工できます」
重役はスーツケースを開き、中から金貨の袋を取り出した。
――献金。
もちろん、表向きは「政治資金」だ。
「これでよろしいでしょうか? 次回の選挙も、よろしく」
バルドは袋を受け取り、重みを確かめた。
「もちろんだ。魔王の脅威がある限り、我々は繁栄する。勇者など、邪魔でしかない」
二人は握手した。
重役が去った後、バルドは袋を机に置いた。
ふと、スクリーンに残るニュース映像を見た。
魔王の影が、再び咆哮する。
スタジオの照明が、微かに反射しているのが見えた気がした。
バルドは笑った。
「魔王よ、永遠に生きろ。お前のおかげで、俺の椅子は安泰だ」
窓の外、工場の煙が空を覆う。
誰もが、同じ空気を吸っている。
魔王がいる世界は、
恐ろしいが、
金になる。
そして、恐怖はビジネスを産む。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます