第51話:情愛と使命の狭間


「ミリアリア殿下!」


 サキュウスの叫びが、冷えた空気を鋭く裂いた。その声には、怒りと戸惑い、そして深い哀しみが混じっていた。


 振り返ると、漆黒の鎧に包まれた彼が、地面を抉るような勢いで一歩踏み出していた。その足元には、細かな砂が跳ねている。


「サキュウス……ごめんなさい」


 ミリアリアは真紅のドレスの裾を揺らし、静かに言った。金色の髪が風に舞い、青い瞳が揺れる。その姿は、まるで涙をこらえる神話の女神のようだった。


「なぜですか!? なぜ!?」


 サキュウスの声は震えていた。

 怒りだけではない。

 裏切られた子どものような、痛ましい震えだった。


「サキュウス!やめろ!」


 フェイが前に出て、ミリアリアを庇うように立つ。その黒い瞳は、怒りと決意に燃えていた。


「それはこちらのセリフだ!フェイ!貴様、分かっているのか!?」


 サキュウスはフェイを睨みつける。

 鎧の隙間から覗く瞳が、揺れていた。


「それに、ミリアリア殿下!!貴方は王となり、この歪んだ秩序を正すと仰った!!だから……だから私は!! 貴方に夢を見た!!」


 その叫びは、悲鳴に近かった。

 ミリアリアは一瞬、彼の言葉を飲み込むように目を伏せた。


 ――カレンの震える声が、胸の奥で蘇る。


『怖いよ……お姉ちゃん……』


 ミリアリアは唇を噛み、顔を上げた。


「私は……できない」


「ミリアリア殿下!?」


「腹違いとはいえ、カレンを……殺すなんて……無理よ……」


 その声は震えていた。

 王族としての誇りと、姉としての愛情が、彼女の中でせめぎ合っていた。


「しかし!妹君は魔王だったのですぞ!それに、ここでカレン様を見逃せば、貴方はその王位すら手放すことになるのです!!」


 サキュウスは一歩踏み出す。

 鎧が軋み、地面に影が落ちる。


「カレンを魔王にしたのは女神だ!!女神が勝手に決めたことだ!俺たちは、女神に黙って従わない!抗ってみせる!」


 フェイの声は鋼のように強かった。


「フェイ……貴様、自分が何を言っているのか分かっているのか!?」


「分かっている!俺は分かっている!カレンは大切な仲間だ!お前は、あのカレンが魔王に見えるのか!?サキュウス!!」


「ぐ……見えるか、見えないかではない!カレン殿下は間違いなく魔王だ!そのロールを持っている!」


「サキュウス!やめて!!」


 ミリアリーデが割って入る。

 その瞳には、怒りと悲しみが宿っていた。


「ミリアリーデ殿下?まさか……あなたまで!?」


「……女神は、何で魔王なんてロールを人に与えるの?」


「聖女である貴女がそれを問うのですか!?」


「問うわ!!カレンは、私の実の妹だもの!! 当然よ!!」


 サキュウスの呼吸が荒くなる。

 鎧の胸元が上下し、彼の動揺が露わになっていた。


「サキュウス!お前はおかしいと思わないのか!?」


「何だ!?フェイ!!」


「勇者も魔王も、女神が生み出している。それじゃ、まるで……まるで戦いを生み出しているみたいじゃないか!?」


「貴様!!何を言うか!?」


「フェイの言う通りだ!サキュウス!!」


「ミリアリア殿下!?」


 ミリアリアは一歩前に出た。

 その瞳は涙で揺れていたが、決意は揺らいでいなかった。


「サキュウス……お願い……カレンを助けて」


「ミリアリーデ殿下……っ」


「サキュウス……俺たちと一緒に来い。カレンを助けて……旅を続けよう」


 フェイが手を差し伸べる。

 サキュウスはその手を見つめ、拳を震わせた。


「……」


 長い沈黙が落ちた。

 風が草を揺らし、鎧の隙間で鳴る音だけが響く。


「サキュウス……お願い」


 ミリアリアの声は、泣き出しそうに震えていた。


 サキュウスはゆっくりと顔を上げた。

 その瞳には、深い苦悩と、決意が宿っていた。


「私は……勇者だ」


「サキュウス?」


「ミリアリア殿下、ミリアリーデ殿下、そしてフェイ……貴方たちを、ここで私は止める!」


 その瞬間、サキュウスの鎧が淡く光を放った。黒く禍々しい鎧が金色の光を放ち、彼の覚悟が具現化したようである。聖武具が彼の意志に応え、空気が震える。


 ……結局、聖武具を持つサキュウスに、私たちは敗れた。


 カレンは、彼に連れていかれた。

 そして——

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