第44話:黒鏡石に映るもの


 荒野一面に広がる黒い結晶群は、まるで地の底から突き出た牙のように鋭く、どこまでも続いていた。陽の光を受けて鈍く光るその表面は、まるで世界の記憶を封じ込めた黒い鏡。風が吹くたびに、結晶同士がかすかに擦れ合い、耳に残る不気味な音を立てていた。まるで何かが目覚めるのを待っているかのように、静かで、そして不穏だった。


「んー、魔物、出ねェな」


 オーグの低く響く声が、静寂を破るように荒野にこだました。その言葉は、まるで封じられた何かを呼び起こす呪文のように聞こえ、ケビンの背筋を冷たいものが走る。


「魔物なんて、出ないほうが良いですよ…」


 声が震えていた。ケビンは自分の言葉が情けなく響いたことに気づき、思わずうつむいた。オーグのような豪胆な者と行動を共にしていると、自分の弱さが際立ってしまう。


「アンポンタン、メグーの魔力、どう補充すんだァ?」


 オーグの怒鳴り声に、ケビンはビクリと肩をすくめた。言い返す言葉が見つからず、ただ「そ、それは…」と口ごもる。


 彼はおずおずと後ろを振り返る。そこには、無言で佇むメグーと、前髪の陰に顔を隠したアニーの姿があった。アニーは視線を伏せ、まるで自分の存在を消すかのように立っている。ケビンは彼女の能力を思い出す。魔物を生み出すことができるという、彼女のスキル。しかし、その魔物は、彼が料理する前に黒鏡石に吸い込まれてしまう。まるでこの地が、命そのものを拒絶しているかのように。


 それでも、彼らが無事でいられるのは、メグーの存在があるからだ。彼女の魔力が、黒鏡石の干渉を抑えている。だが、その理由を深く考えると、ケビンの胸に重くのしかかるものがあった。


「けっ!マナステーションの原材料が、逆によォ、魔力を吸うなんざァ、変な話だよなァ」


 オーグの言葉に、ケビンは曖昧に笑って頷いた。だが、心の中では別のことを考えていた。これだけの黒鏡石があれば、フロンティアラインを大きく前進させることができる。だが、それは本当に黒鏡石なのか?見た目が似ているだけで、全く別の性質を持つ鉱石なのではないか?そんな疑念が、彼の胸に小さな棘のように刺さっていた。


「ん?」


 ケビンがふと足を止め、黒鏡石の一つを覗き込む。


「なんだァ?」


「オーグさんが、黒鏡石に映っていないです」


 その言葉に、オーグも結晶に顔を近づける。


「あん?おっ!本当だァ」


 ケビンの姿は、黒鏡石の中にぼんやりと映っている。だが、オーグの姿は、まるで最初から存在しなかったかのように、そこには何も映っていなかった。


「おおん?何だァ?俺、ちっとも映らねェぞ?」

「不思議ですね…」

「おう、だが、天使の零落のよォ、この石共は過去の過ち、隠された欲望、忘れたはずの罪って奴を呼び起こすらしいからよォ、俺みたいな日頃の行いが良い奴は、映らねェってこったなァ!」


 豪快に笑うオーグの声が、結晶に反響して不気味に響く。ケビンは無理に笑いながらも、心の奥に小さな不安を抱いた。もし本当にこの石が心の奥底を映すものだとしたら、自分の映る姿は、どんな意味を持つのだろうか。


「おう、なんだァ、アンポンタン、その笑みはよォ!」

「え、あ、ちょっと!オーグさん!!」


 オーグがケビンの頭を大きな手で鷲掴みにしたその時、背後からミリアリアの澄んだ声が響いた。


「おい、遊んでいないで、先に進むぞ」


 その声は、まるで風を切る剣のように鋭く、場の空気を一変させた。


「へいへい」


 オーグが手を離し、ケビンと共に前へ進み始める。

 その後ろ姿を見送りながら、私はメグーちゃんと共に歩き出す。


「ねぇ」

「どうしたの?」


 メグーちゃんが、ふと立ち止まり、黒鏡石に映る自分と私の顔を見つめながら言った。


「私とお母さんは映っているわよね」

「うん、そ、そ、そうだね」


 私は思わず目を逸らしそうになる。黒鏡石に映る自分の顔は、どこかぼやけていて、まるで本当の自分を見透かされているようだった。


 私に、過去の過ち、隠された欲望、忘れたはずの罪なんてあるのかな。

 いや、過ちは…いっぱいある。人と話すのが怖くて、何度もチャンスを逃した。

 欲望…それは、冒険者になりたいという夢? それとも、誰かに認められたいという、密かな願い?

 罪は…そんな大それたことをした覚えはないけれど、誰かを傷つけたことがあるかもしれない。


「メグーちゃん?」

「お母さん、そんなに悪いことしたの?」

「え、ええええ!!」


 私は思わず声を上げてしまった。メグーちゃんは、まっすぐな瞳で私を見つめている。


「だって、これ、映っているでしょ。過ちや欲望、忘れているだけの罪があるから映るんでしょ?これ」

「そ、それなら、メグーちゃんだって!」


 黒鏡石には、メグーちゃんの顔も、私の顔も、はっきりと映っていた。

 オーグさんが映らないのは、やっぱり特別だからなのかもしれない。


「…」

「メグーちゃん?」

「何でもないわ」


 その言葉の裏に、何かを押し殺すような気配を感じた。

 彼女の銀の瞳が、黒鏡石の奥に何を見ていたのか、私は知る由もなかった。

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