第6話 SA



バスが走り出してから1時間ほど経った頃だった。


「皆様、これから途中でサービスエリアに立ち寄ります。トイレ休憩ですので、15分ほどお時間を取ります」


スタッフのアナウンスが流れる。


それまで車内は、ずっとi.sの話題で盛り上がっていた。


「私、りおちゃんの『Dreaming Night』のダンスが好きで」


「わかる!あのターンのところ、何度も練習したよ」


「え、踊れるの?すごい!」


女性たちの明るい声が車内に響く。


俺は窓際の席で、ただ黙って聞いていた。


話に入れない。というより、入るタイミングがわからない。


みんな自然に打ち解けて、もう友達みたいに話している。


俺だけ、浮いてる気がする。


バスがサービスエリアに入った。


「それでは、15分後にここに戻ってきてください。時間厳守でお願いします」


スタッフが念を押す。


全員、ぞろぞろとバスを降りる。


俺も最後に降りた。


冬の空気が冷たい。高原に近づいているからか、都内より肌寒い。


トイレに向かう。用を済ませて、手を洗う。


鏡に映る自分を見る。


新しい服。整えた髪。


でも、何だか場違いな感じがする。


外に出ると、女性たちが自販機の前で固まっていた。


「ねえねえ、これ見て!」


佐々木さんがスマホを他の女性たちに見せている。


「え、これ昨日のライブ?」


「そう!レア映像!」


「すごい!りおちゃん、めっちゃ笑顔!」


みんなでスマホを覗き込んで、キャーキャー言っている。


俺は少し離れたところで、缶コーヒーを買った。


一人で飲む。


寂しい、というより、居心地が悪い。


「田中さんも、来ませんか?」


振り返ると、佐々木さんが手招きしている。


「あ…はい」


近づいていく。


「田中さんは、誰推しなんですか?」


「あ、りおです」


「やっぱり!りおちゃん人気ですよね」


「私もりおちゃん!」


「私は実は、サブでひなちゃんも推してるんだけど」


「ひなちゃんいいよね!」


話題がどんどん広がっていく。


俺も相槌を打つけど、会話のテンポについていけない。


女性たちは本当にi.sのことが好きなんだな、と思う。


でも、俺だって好きなはずなのに。


何だろう、この距離感。


「そろそろ戻りましょうか」


高橋さんが時計を見て言う。


みんな、ぞろぞろとバスに戻る。


再び座席に座ると、さっきよりも車内の空気が和やかになっている気がした。


「ねえねえ、合宿って何するんだろうね」


「握手会とか?」


「いや、もっと特別なことじゃない?だって1泊2日だよ」


「一緒にご飯食べたりするのかな」


「えー、緊張する!」


みんな、期待で目を輝かせている。


俺も同じだ。期待してる。


でも、何だろう。


みんなと一緒にいるのに、一人な気がする。


佐々木さんが隣で言った。


「田中さん、ファン歴どれくらいなんですか?」


「え?あ、3年くらいです」


「わー、先輩じゃないですか!私まだ1年なんですよ」


「そうなんですか」


「田中さん、ライブとか行きます?」


「はい、まあ…結構」


「すごい!私も今度一緒に行きたいです」


「あ、チョコ食べれます?1個どうぞ」


佐々木さんは人懐っこい笑顔で言う。


悪い人じゃない。むしろいい人だ。


でも、俺は何て返していいかわからなくて、曖昧に笑うしかできなかった。


バスは再び走り出す。


窓の外の景色が、どんどん山に近づいていく。


車内では再びi.sの話題で盛り上がっている。


「『Lucky Star』の衣装、めっちゃ可愛かったよね」


「あれ欲しい!」


「グッズで出ないかな」


「出たら絶対買う!」


笑い声が絶えない。


俺は窓の外を見ていた。


空は晴れている。


天気予報通りだ。


でも、心の中は何だかモヤモヤしていた。


こんなはずじゃなかった。


もっと楽しいと思ってた。


りおに会えるのは嬉しい。


でも、それまでのこの時間が、何だか息苦しい。


バスは高原へと向かって、走り続けていた。

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