白翼の都市と、消えた刹那

黒猫愛好家

未完の遺物が脈打つまで

第1話「白い都市の日常と、ズレた記憶」

白い都市は、完成された秩序の象徴だった。

塔は等間隔に並び、空には防衛層が薄く光る。

擬似遺物が脈打つように稼働し、都市は常に最適な状態を保っている。

ここでは、争いは“外の世界の話”だった。

「兄さん、今日の仕事終わったらさ」

隣を歩く妹――セツナが、羽を揺らしながら言った。

「久しぶりに、上層の展望区画に行こうよ。星が近いんだって」

「また人が多い場所か」

「いいじゃん。研究区画ばっかりじゃ、息が詰まるでしょ」

そう言って笑う顔を、俺は何度も見てきたはずだった。研究区画は、都市の心臓部だ。本物の遺物は隔離フィールドの内側。それを模した擬似遺物が、周囲の装置と接続されている。

「数値、安定しています」

「擬似遺物、正常」

研究員たちの声は淡々としていた。

セツナは調整台の前に立ち、慎重に手順を確認している。彼女は研究員ではない。

それでも、この仕事を誇りに思っていた。

「ねえ兄さん」

「ん?」

「人間ってさ……本当にいなくなったのかな」

突然の問いだった。

「記録上は、完全に」

「じゃあ、この遺物は……誰のために作られたんだろうね」

答えられなかった。

警報音が、研究区画に反響した。

金属質で、冷たい音。

それでも最初は、誰も本気にしなかった。

「誤作動か?」

そんな声が聞こえた直後、

天井が、内側から引き裂かれるように崩れた。

黒い羽。

「カラス陣営だ!」

白い空間が、一気にざわめく。

研究員たちが散り、擬似遺物の制御灯が不規則に点滅する。

「セツナ!」

俺は彼女の方へ走った。

調整台の前に、確かに妹はいた。

だが――距離が、妙に遠い。

隔離フィールドの光が揺れている。

本物の遺物が、普段より強く発光していた。

「兄さん……?」

セツナの声が聞こえた気がした。

だが、爆音にかき消されて、はっきりしない。

その時、擬似遺物の表示が赤に変わる。

《共鳴値:許容範囲外》

低い振動。床が、わずかに浮く。

「離れろ!」

誰かの叫び。

俺は一歩踏み出し――

視界が、白く飛んだ。

気づいた時、床に伏せていた。

耳鳴り。羽が散らばっている。

「……セツナ?」

声が、うまく出ない。

調整台は倒れ、擬似遺物は半分が焼け焦げていた。隔離フィールドの向こう側で、本物の遺物は静かに光を落としている。

その近くに、黒い羽の兵士が倒れていた。

胸部に深い裂傷。

明らかに、何かに巻き込まれた跡。

「……カラスが……」

そう呟いたのは、俺だったか、

それとも誰か他の声だったか。

周囲が騒然とする。

「犠牲者は?」

「確認中!」

俺は、もう一度、調整台の方を見る。

そこに、妹がいたはずだ。

だが、

何がどうなっていたのか、思い出せない。

血痕があった気もする。

なかった気もする。

床に落ちている白い羽根を拾う。

それが、誰のものか――

その時は、考えなかった。

後で、記録はこう処理された。

・カラス陣営の侵入

・遺物付近での戦闘

・鷺側作業員一名、行方不明(死亡推定)

それで、終わりだ。

俺自身も、

「妹は、あの時に殺された」

そう理解した。

理解してしまった。

疑う理由が、

その時の俺には、なかったからだ。

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