第二話 キャリブレーション
《
日の出を少し過ぎた、薄暗さの残る朝に試合開始の宣言が鳴り響く。
『先輩! 絶対に勝ちましょうね!』
「勝負に絶対は無い。それよりもポジションにつけ」
遮る物が存在しない、空というスケートリンク。
競技が始まると動き続けなければならず、立ち止まることは集中砲火されることと同義だ。
経験の浅い後輩が無邪気に近寄ってきたのを諫めつつ、相手の編成を観察する。
「相変わらず強気だな」
敵の編成(
こちらの(
互いの攻撃隊が空を翔け、敵の後衛に肉薄して制空権を主張し合う。
視界の半数近くを占めるのが
観客からは派手でアグレッシブな試合を求められ、アタッカーを増やすのが通例となっている。
ふいに視界前方へ割り込んでくる機影。
『ナック! 合わせろよ!』
「……ったく。尻拭いはしなくても良いんじゃなかったのか?」
『あ? 何か言ったか?』
ソルティの文句に「なんでもない」と返し、後方を飛行してフォローに入った。
いつもの距離感でダークネイビーのソルティ機を斜め前に置いて追走していく。
飛び交う無数のビーム音と、ブースターの駆動音に鼓膜が持っていかれそうになりながら、フィールドを縦横無尽に翔けまわる。7vs7の合計14機が織りなす飛行機雲は、空に描かれるアートと言えた。
強い風圧でコクピットは小刻みに揺れ、ブレるカメラにアカト機を捉え続ける。
そして、アカトとのチェイスは激しさを増していった。
『二人がかりで、なんとまぁ。前に後ろに、俺も愛されているな! にしてもお前ら相変わらずの磁石かよ!』
敵のアカトからは皮肉交じりの音声が飛んでくる。
今日は模擬戦なこともあって、敵味方でも通信回線を開いていて色々と敵にも筒抜けだった。
距離が詰まったことにより、牽制射撃と急速旋回が増える。機影と放たれるビームが視界へ頻繁に出入りし、戦闘音は振動となってグリップ越しに伝わってきた。
「よせ、深追いするなソルティ。このままでは隊列が伸びすぎてフォーメーションが崩れる」
『そん前にアカトを堕とせばいいんだよ!』
ひらひらと牽制射撃を躱し、分断を狙うアカトは旋回飛行の輪を広げていく。逆にソルティは直線的に猛追、誘いに乗った上で粉砕するつもりのようだ。
後衛との距離が離れ、おのずと彼等の戦闘音も遠のいていく。
敵が折り返して前衛後衛をひっくり返すこともままあるので、隊列が離れすぎると反回転に対処できない。
『先輩! キーパーが狙われています!』
「……だろうな。いま援護に回る」
ソルティなら一人でも何とかする。そう決めつけ、敵にも情報が漏れるのを避けるべく、ソルティには何も伝えずに動く。
『指示を下さい! どうすればいいですか?』
「キーパーを牽制射撃で狙ってくるのは当然だ。それに乗じた接近を許すな。リード射撃を厚くしつつ、敵の射線を切れ」
『了解!!』
敢えて教科書のお手本のような指示を出し、その餌に食いつくのをじっと待つ。
瞬刻の後に敵の動きに変化が現れ、心の声を上げながらグリップを強く掴む。
死角に潜み、芝生が肉眼で見える程の地面スレスレを飛び、足元を通過して敵の背後へ。
そこから急上昇のG負担に歯を食いしばり、敵に迫っていく。
『何だと!』
『いつの間に!』
肉薄してバックパック部を殴りつけ、姿勢制御を乱した機体に蹴りも叩き込んでおいた。
そこへアカトからの強めの叱責が飛ぶ。
『お前ら、狼狽えるんじゃねぇ! まんまとナックの野郎に嵌められやがって!』
さらに「教科書戦術、射撃戦誘導、視界活用の動き」と、自慢げにご高説を垂れてくれた。
『たったあれだけの指示で、そこまで……』
『凄いです先輩! 一生ついていきます!』
アカトの指摘は概ね正しい。
後輩を使った誘いが上手くハマった。オープン回線で指示を仰ぐ程だ。指示を出せば盲目的に守ろうとするのを逆手に取った作戦を立てた。
教科書戦術は敵にも研究されていて、現局面では敢えて射線を切らせ、
一つ補足をするならば、断続的に続く射撃音で
『あ? “元”最強のナック様をなめんじゃねーよアカト! 加えて音のカモフラージュもあるぜ!』
『おっと、読み落としたな。サンキュー、ソルティ!』
仲間にも手の内を晒す馬鹿が居たのを思い出し、苦い顔のついでに喉奥をククっと鳴らす。
『お前らも有難く聴けよ? で、“元”最強のナックさんなら次はどう動くんだ? 恥ずかしがって隠してないで晒せよ! どうせ模擬戦なんだから若い奴らを成長させるためにも、な!』
「まったく、様だの、さんだの、せわしないな。確かに本戦では無いし、回線同様に手札もオープンでいくか」
ソルティの言にも一理あることを認め、経験を積ませる意味でもレクチャー気味に音声を飛ばす。
「知っての通り、キーパーを狙うのは定石だ。よって敵味方のキーパーを常に視界に入れる動きになる。だが、逆を返せば敵もそう動くし、局所集中すると視野が狭まる……」
定められたレギュレーションでは、最強の機体性能を誇るポジション、
強さの代わりに得点が3倍となるそのポジションは、最も狙われる戦略の要。キーパー相手に
だから互いの逃げるキーパーを追い、二つのチームがフィールド上に大渦を描いていく。
通常は縦幅をもった竜巻状に展開されるが、高めに布陣するキーパーへ射線を切る動きをすれば、全体が自然と上空へ集まる。
「すると、視線が上がり気味になるのは分かるな?」
『はい! 先輩!』
『うっす!』
打てば響く素直さは長所。
何故か敵からも返事が来たが、気にせず続ける。
「射線を切る動きをする場合は、相手にどう見られているかを常に意識しろ。見え方は敵から実地で学べ」
そう言葉を切って、お手本はこうだと言わんばかりに率先してスタンダードな動きを見せていった。
旋回飛行に不規則な上昇下降も加え、リード射撃対策を行う。
『ナックたちだけにいい顔させんな! 圧を高めろ!』
両チームのビームランチャーからカラフルなビームが飛び交う。エンターテイメント性が重視される競技の都合もあり、レーザーライティングショーさながらの多種多様な色が目にうるさい。
空気を焼くビーム音が四方八方から響き、僅かに方向感覚も狂う。
『先輩! 被弾しました!』
後輩は
『わぁぁ! まわるー! 堕ちるー!』
黒煙を撒き散らし、パニックを起こす後輩。
実際の戦場と異なり、遮蔽物が一切無いセブンスカイズは、射撃戦の考え方の根本から変えなければならない。
「落ち着いて立て直せ」
最低限のアドバイスを伝え、敵のクロスファイアポイントをずらすべく、牽制射撃をしかけていく。しかし、他の味方が連動してくれず、中々思うように立て直せない。
苦しい展開に汗が吹き出し、ヘルメット内は汗の匂いで蒸せ、熱くなった頭とは逆に背中は冷えていった。
味方の技術不足も突かれ始め、完全にフォーメーションが崩れてソルティが孤立。援護を出してやりたいが、こちらも全く余裕が無い。
『終わったら1ポンドステーキ奢りな!』
「……
この状況でもソルティは不敵な声で軽口を叩いていて、頭の中では既に肉汁が待っているのだろう。頼もしいと思うよりもその能天気さに呆れるが、今は助かる。
『もう限界です!』
「オーバーヒートか?」
ケアをしようにも、劣勢続きでフル稼働のブースターからは悲鳴が聞こえてきそうでこちらも動けない。
『貰ったぁー!』
手をこまねいていたら、背後を取られた味方がバックパックに強打を受け、姿勢制御を失う。まずいと思った矢先には敵の連携が完成しつつあった。
敵リーダーのアカトから競技スラングを使った指示が飛ぶ。
『全機、
『キャリブレ開始!!』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます