過去の男
なぜ若者は私を敬わない。
私は十年前まで、大手企業の専務取締役だった男だぞ。
部下は頭を下げ、会議室は私の一言で静まり返った。
それが今ではどうだ。
「操作、わかりますか?」
コンビニのレジで、若い女にそう聞かれた。
小娘に、だ。
なぜ私が、スマートフォンの使い方を教わらねばならない。
電子マネー?
現金で困ったことなど一度もない。
電波がなければ何もできないくせに、よくも偉そうに。
近所のスーパーも同じだ。
セルフレジだの、タッチだの、読み取れだの。
一般人向けの玩具を、私に使わせるな。
私は黒いクレジットカードを取り出す。
選ばれた者だけが持つ、重みのある一枚だ。
「これでさっさと会計を済ませたまえ」
だが店員は眉を下げ、
「セルフレジをご利用ください」と繰り返すだけ。
―――なぜだ。
なぜ、私が“並ばされる側”なのだ。
その時だった。
「きーめたっ!」
甲高い声。
若い女の声が、背後から弾むように響いた。
振り向こうとした瞬間、
世界が唐突に暗転した。
冷たい。
全身が痛む。
地面に叩きつけられた感覚だけが、遅れて戻ってくる。
ここは、どこだ。
埃を払おうとして、手が止まる。
足元は硬く、黒く、空間は異様に静かだ。
───ん?
少し離れた場所に、女が座っている。
さきほどの小娘だ。
こちらを見て、笑っている。
「なんだね、君は」
声は思ったよりも掠れていた。
威圧のつもりで言ったが、響かない。
周囲を見回す。
檻だ。
壁も天井も、逃げ道もない。
座る場所すら用意されていない。
年寄りを大切にしないとは何事だ。
私は舌打ちし、立ったまま腕を組む。
「だーれだ?」
小娘は楽しそうに言う。
孫ほど年の離れた相手に、なんという態度だ。
「親の顔が見てみたいものだな」
その瞬間、女は微笑んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます