第13話 望む平穏
──仕事部屋。
作業台には紫の敷布の上に、砕けた水晶が集められている。鳥羽と春鈴はそれを見つめていた。
「水晶が砕けるなんて信じられない」
春鈴の声色は困惑していた。
「想像以上だな。まさか、ここまでとは。魔法協会も必死に探すわけだ」
「どういうこと?」
「雪が言っていた。魔法協会はオズヴァルトの魂を持つ者がどこかにいると、ずっと探しているらしい。おそらく、オズの子を使って魔法使いの地位を高めるつもりなんだろう」
鳥羽の表情が険しくなる。彼はそのことを芳しく思っていないようだ。
「蔵さんがそんなことを……鳥羽さんはどうするつもりで?」
「どうするとは?」
「例えば弟子にするとか」
鳥羽は鼻で笑う。
「もとは弟子にしたくて預かったわけじゃない。少年の父親との縁で預かっただけだ。オズの子であろうと、弟子をとるつもりはない」
「そう言ってる割には、あの子の魔力を測ることに賛成したじゃない。あわよくば弟子にするのかと思ったわ」
「それとこれとは別だ。魔法使いの探究心と好奇心というやつだ。それに、仔犬くんは魔法使いになることを望んでないようだからな」
春鈴は嘆息をつく。
「……嫌われるわよ、その呼び方」
すると鳥羽は小さく笑う。
「雪にも同じことを言われたな」
彼女は頭を抱える。全く考え直す気はないらしい。自分が『子猫ちゃん』と呼ばれないだけマシなのかもしれない。
当の本人は慣れてしまったようで、『仔犬くん』と呼ばれるたび少し不服そうな顔をしながらも言及はしないのだ。
春鈴は水晶の欠片を指で摘む。
「これでは使えないわね。処分しましょう」
「ある意味“脅威”と言えるかもな。仔犬くんがまだ子どもで良かったかもしれない」
春鈴は鳥羽の意見に賛同し、首を縦に振った。
「そうね。でも彼が大人になってどうなるかわからないわよ。だからこそ、あの子には師匠が必要なんじゃない?」
「……蔵家にでも頼むか」
「あら、欲がないのね」
鳥羽は砕けた水晶を敷布で包む。そして少し目を伏せ、こちらに顔を向けることなく口元を緩ませた。
「私の弟子は君ひとりで十分だよ」
春鈴は意外そうに目を見開く。心の奥がくすぐったさを感じて微笑んだ。
「嬉しいことを言うのね。だけど、わたしにはそれも見越して貴方に息子を預けたんだと思う」
「晴政さんが?」
鳥羽は嬉しそうではなく、「そんなわけないだろう」と言いたげな表情だ。
「勘よ、勘。だって、そうじゃなければ魔導師である貴方に預けたりしないわよ。オズヴァルトの魂のことも、話してくれたわけだし。信頼している証拠よ。そう思わない?」
「さぁな。あの人の真意はわからない。聞いても答えてくれないだろう。そういう人なんだ」
少し寂しげに語る姿に、春鈴は彼の背中へ手を添える。
「そうね……真帆くんのことを考えると、彼にも思うところがあるようだし。このことについては、少し時間を置いてもいいかも」
「あの人は置いて行ったものは、想像以上に大きなモノだったな」
鳥羽は水晶が包まれた布を握った。擦りあった欠片が音を立てる。
◇
星が瞬く夜空。広がる白花の花畑。そこに佇む銀糸の魔法使い。夜風になびく白銀の長髪は月明かりに照らされ輝いている。
真帆も同じ花畑に佇み、彼の背中をただ眺めていた。不思議と恐怖はなく、少し冷えた空気が心地よく思う。
「銀糸の魔法使い。あなたは……オズヴァルト……?」
真帆が問いかける。しかし少年は答えを知っている。それでも否定したい気持ちが先行し、魔法使いに問いかけたのだ。
彼はゆっくりと振り返った。広いツバのついた三角帽子で顔はよく見えない。だが、自分と同じ海の瞳だけがハッキリと見えるのだ。その目は優しく細める。
──あの子を、見つけなければ
若い男性の声が真帆の頭の中で響く。低くも柔らかな声色をしていた。真帆はそれが魔法使いの声だと確信した。
「オズヴァルト!なぜ僕なの!僕は、僕はあなたにはなれない!どうして僕を選んだの!」
少年は叫ぶ。彼のもとに駆け寄りたいのに足が一歩も踏み出せない。
──見つけるんだ、あの子を。知らなければいけない、僕の罪を──
「オズヴァルト!答えろよ!!」
向かい風が吹く。真帆は目を閉じた。吹き飛ばされそうな風を受けながら、薄目で目を開く。オズヴァルトの姿が徐々にぼやけていくのだ。
──オズヴァルト!!
心の中で彼の名を呼んだ。
強い光に包まれ、真帆も消えゆく。
次第に意識が浮上してきた。ベンチで寝ていたせいで体が痛む。
「また夢で会った……」
幼い頃から何度も“銀糸の魔法使い”を夢で見てきた。最近は、ますます彼との接触が濃くなってきた気がする。
『見つけるんだ、あの子を。知らなければならない、僕の罪を』
まだ彼の言葉が耳に残っているようだ。銀糸の魔法使いの言葉。あれは、どういう意味なのか。
「あの子って誰だ?それに、罪って……」
重くのしかかった“オズヴァルトの魂”という存在。その重圧に真帆は潰れてしまいそうだった。
父からの『特別』という印を押され、二人の魔法使いからオズの子としての期待を寄せられ、同級生の八尾からも魔法使いになることを望まれている。
そうなりたいわけではなかった。
真帆が望むのは、ただの平穏なのだ──
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