第4話 究極の魔法・理法の力

致命傷は避けたが、かなりの深手だ。 ライザは利き腕の右肩を撃ち抜かれ、剣を取り落としてうずくまっている。 出血が酷い。


だが、絶望的なことに、この戦場には奴らがいる。 森羅万象を司る祈禱師ロアンと、破壊の魔導師ダルクニクスが駆けつけたのだ。


「チッ……」


遠目に見える光景に、舌打ちが漏れる。 ロアンが跪き、血に濡れたライザの右肩に手をかざしている。


「森羅万象を統べし、我が主よ。彼の者の傷を癒し、その魂に光を与えん……」


荘厳な詠唱と共に、ロアンの掌から眩い光が溢れ出す。 それは単なる治癒魔法ではない。 周囲の木々、川のせせらぎ、空の雲さえも取り込み、世界の生命力を収束させる神聖な御業。


光がライザを包み込むと、抉られた傷口は時間が巻き戻るかのように塞がり、爛れた皮膚は瞬く間に再生していく。 苦痛に歪んでいたライザの表情が和らぎ、安堵の息をつくのが見えた。


「……万物の法の力か。流石だな、これほどの傷を一瞬で治すとは」


ライザ自身も驚愕し、完治した肩を見つめている。 ロアンは慈愛に満ちた瞳で彼女を見守り、その横でダルクニクスが冷淡に見下ろしていた。


「まったく、手間をかけさせる。勇者パーティーの最強の一角が、この程度の攻撃で倒れるとはな」


ダルクニクスは忌々しげに呟くと、こちらへ向き直った。 その瞳には、侮蔑と、冷徹な殺意が宿っている。


「馬鹿め。我々が、貴様如き一人でどうにかできる相手だとでも思っていたか?」


「貴様の時空を支配する力は、弾丸に宿るはずだな? 貴様自身がワープする訳でもあるまい」


ダルクニクスは冷笑を浮かべ、宙に手をかざした。 その掌から無数の魔力の粒子が溢れ出し、周囲に展開していた銃士隊を包み込む。 指揮系統を強化する魔法だ。


「魔法が効かないなら、物理(これ)はどうかな?」


「全員、構えろ! 三段構え、第一射撃隊、用意!」


号令一下、銃士隊三百名が整然と銃を構える。 数百の銃口が、一斉に俺一人に向けられた。


「第二射撃隊、用意! 第三射撃隊、用意!」


三つの隊列が、互いに干渉することなく、美しい死の弧を描いて配置される。


「撃て!」


命令が響き渡る。 轟音が、空間を埋め尽くす。


第一射撃隊が一斉射撃。 数百発の銃弾が、豪雨となって俺に降り注ぐ。 二丁のルシファーズ・ハンマーが火を噴く。 放たれた魔弾が空中で分裂し、迫りくる鉛玉を正確に弾き落としていく。


だが、それも束の間。


「第二射撃隊、撃て!」


間髪入れずに第二射。 最初の弾幕を処理した直後、休む間もなく次の死の雨が襲いかかる。 魔弾での迎撃が追いつかない。 最小限の動きで体を捻り、皮膚を掠める銃弾を紙一重でかわし続ける。


「第三射撃隊、撃て!」


さらに続く第三射撃隊。 息つく暇もない飽和攻撃。 だが、俺の動体視力と反射神経は、その弾幕の隙間にある「安全地帯」を正確に捉え続けていた。


「馬鹿な……あいつ、本当に弾丸をかわしているのか……!?」


ベルゼが驚愕に目を見開く。 しかし、その時、ダルクニクスが嗤った。


「残念だったな。回避を強要した時点で、我々の勝ちだ」


その言葉と同時だった。 閃光が、弾幕を切り裂いて迫る。


回復したライザだ。 彼女の剣は、味方の銃弾を光速で縫い、俺の回避ルートを塞ぐように突き出された。


「ッ……速い!」


銃弾の雨をかわすために、動き回ることを強いられていた俺にとって、最悪のタイミングでの特攻。 逃げ場はない。


ガキンッ!


俺はルシファーズ・ハンマーの銃身で、その切っ先をギリギリで受け止めた。 金属が甲高く悲鳴を上げ、火花が散る。


「逃げるな! この卑怯者!」


ライザの怒号。 王を殺したと信じる彼女の怒りが、光の剣技をさらに加速させる。


俺は銃身で剣を滑らせて受け流し、バックステップで距離を取る。 ライザを傷つけるつもりはない。 ただ、彼女の怒りの矛先をかわすことに徹し、銃弾の雨と光速の剣戟という二つの脅威から逃げ続ける。


だが、限界が近い。 三百人の弾幕と、最強の剣士の波状攻撃。 スタミナが急速に削られていく。


「このままでは、ジリ貧だ……」


息を乱しながらも、次の一手を模索する。 その時、背後から新たな気配が押し寄せてきた。


「ダルクニクスの魔法か……!?」


驚愕して振り返る。 だが、それは違った。 その魔力は、獣の法。 野生的で、それでいて温かい、どこか懐かしい気配。


バササササッ!


上空を無数の鴉と蝙蝠が舞い、戦場の銃弾を遮り始めた。 そして地面からは、数十頭の巨大な魔狼たちが湧き出し、銃士隊の隊列に襲いかかる。


「まさか、この魔力は!?」


ダルクニクスの顔に、初めて焦りの色が浮かぶ。 彼は防御結界を強化しようとしたが、その結界が突然、不協和音を立てて震え始めた。 蝙蝠の超音波が、目に見えない波動となって結界を揺さぶり、その均衡を崩していく。


「まさか、このタイミングで……!」


ダルクニクスが絶句したその先。 戦場の只中に、一人の少女が立っていた。


彼女は、まるで森の精霊のように美しく、俺にそっと微笑みかけた。


「兄さま、今助けるわ!」

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