第1話 女子高生、初日から幽霊と同棲することになりました

女子高生、初日から幽霊と同棲することになりました①

「改めて皆さんご入学おめでとうございます。明日から授業が始まりますので、くれぐれも初日から忘れ物などしないように! それでは本日はこれにて」

 

 先生の号令が終わり、高校生活の最初の行事・入学式が終わった。


 先生が教室から出るのを見届けたあとにクラスのみんながそれぞれの行動をとりはじめる。

 

 さっそく親睦会を企画する人たちや、部活の見学に集団で向かう人……。

 高校生活を左右する大切なグループ作りは目まぐるしい速さで既に始まっていた。


桔梗院ききょういんさんだっけ? もしよかったらこのあと親睦を兼ねてカラオケとかどう?」

「ごめんなさい。ちょっと用事があって」


 だけど、私・桔梗院ききょういん みおは足早に教室を出た。


 向かうところは、ただ一つだけ。

 

 廊下で会話している人たちにも見向きもせず、私はまっすぐに昇降口、校門と続けて歩みを進めていく。

 

 そして、校門を抜けた瞬間、隣を歩く誰かの歩幅を気にしそうになって、足を止めた。  

 私の隣には、誰もいない。

 

 新調した制服やローファーはまだ少し硬くて、肩にかかる通学カバンがやけに重く感じた。



「……来たよ。かえで」


 返事はない。ただ、春の涼し気な風が卒塔婆をカタカタと揺らすだけだった。

 

 墓に持ってきた白いお花を添え、線香をつける。

 漂い始めた煙が、視界を少しだけ白く濁らせた。


 ここに眠っているのは半年ほど前に亡くなった私の幼なじみ・朝比奈あさひな かえで。

 小学生のころからずっと一緒で、私のたった一人の親友だった。

 私の頭の中に残る数々の思い出には、常にかえでがいる。

 明るくて、やさしくて、みんなから愛されていて……太陽みたいな子だった。

 

 本当なら、彼女は私とお揃いの制服を着て今日、高校生になるはずだった。


『澪ちゃんの新しい制服姿新鮮だね~』

『でもお胸のサイズは高校生になっても変わらないかな?』


 なんて、彼女が言いそうな言葉の数々が脳裏によぎる。


「高校生になったよ、私」


 無理やり作った笑顔で、私はまた石碑に語りかける。

 返事がないことは分かっている。


「……じゃあ、また来るね」


 立ち上がろうとした、その時。  


 ――ふわり。


 背筋を、氷を滑らせたような、ひんやりとした感覚が駆け抜けた。


 ただの風じゃない。


 誰かに背後から、至近距離で見つめられているような、強烈な視線。


「……え?」


 振り返っても、そこには夕闇に溶けかかった墓石が並んでいるだけ。


 だけど、帰り道の私の足取りは、来る時よりもずっと重かった。


 まるで誰かが後ろから、私のリュックをずっと握りしめているような――そんな「しがみつかれる」ような重みが、ずっと肩に残っていた。 

 

  

「ただいま」

「あら、澪。入学式はどうだった?」


 家に帰ると、お母さんがエプロン姿で出迎えてくれた。キッチン付近からもいいにおいが漂っている。晩ご飯の支度中のようだった。

 

 私が「別に」とローファーを脱ぎながら応える。


 お母さんの笑顔がどこか気まずそうに見えた……気がする。


 私がまだかえでの死から前を向けていないせいで、ここしばらくの間、私とお母さんの会話はこういった空気になってしまいがちだ。


「今日はお風呂から入る?」

「……ん」

 

 これもお決まりの流れ。


 お母さんは私をそっとしてくれるとき、大体お風呂を先に勧めてくる。


 こうして気遣ってくれていることに感謝すると同時に、どうしようもない申し訳なさが心に突き刺さる。


 返事をしてからお母さんの隣を通り過ぎようとしたとき、お母さんが私の肩を叩いた。


「澪、あなた今日どこか行った?」

「……お墓行った。かえでに入学したよって、報告しに」

「そう……。わね」


 お母さんの言う「つかれてる」は、「疲労」の意味ではない。


 幽霊とかに「取り憑かれる」意味での「憑かれてる」だ。

 

 お母さんは私の肩越しに、誰もいないはずの背後の空間をじっと見つめている。


「今のところ、姿がハッキリ見えないし、纏ってるオーラも悪霊って感じがしないから放っておくけど。何かあったら言いなさい。お母さんが祓ってあげるから」


 さらりと言いながら、お母さんは玄関へ塩を撒き、またキッチンへと戻っていった。


 普通なら「霊に憑かれている」なんて言われたら誰しも顔を青くするところだろうが、我が家ではそこそこある光景だ。


 私の家系は、少し……いや、かなり特殊だ。


 お母さんはお察しのとおり霊媒師。


 結婚を機に第一線から身を引いたとはいえ、霊媒師の仕事一本で生計を立てていた本物だ。テレビで取材されたこともあるらしい。


 そして父は、かなり遠い血筋にはなるが陰陽師の末裔。

 桔梗院という仰々しい名字も、陰陽師の系譜としてのものらしい。

 とは言っても、父の方は陰陽師としての力は一切なく、現在は大学で民俗学などを教えている。


 そんな両親の間に生まれた私は、母親の力を継いだのか霊感だけは僅かにあった。


 物心ついた時から、体が重いと思えば女性の霊が憑いていたり、ごく稀に登下校中、透けている女の子と目が合ったりしたこともある。

 

 ……なぜ、ここで性別を加えたかというのは私の霊感の特異性にある。


 どうも私は女の子や女性の霊にだけ、憑かれる体質に生まれてしまったらしい。


 「そんな馬鹿なことがあるか」と疑いたくもなるが、お母さんが私にお祓いをしてくれた回数は中学時代だけでも10回ほど。お母さん曰く、全部、女性の霊だった。


 そんな「」が出ている私でも、お母さんが見えないと言うほどの霊に憑かれたのは初めてだった。

 異例中の異例。本来ならもっと焦ってもいいところだ。


 でも、そんな中、この肩の重さにどこか「懐かしさ」も感じる自分がいた。

 

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