第8話

 掘削機のように地面を削る竜巻。人間二人相手にオーバーキルとなる攻撃だったが、容赦はしない。蘇芳家にいた頃に尊厳を貶めた相手で私怨も篭っていたが、それ以上に油断ならない強敵だと認識していたからだ。確実に戦闘不能に追い込まなければ安心は出来ない。


 宗貞の術者としての勘がそう告げていた。


 風の運動が減衰していき、精霊も姿を消す。竜巻が消えた後、そこに残っていたのは数十m規模の深さの風穴だけだった。肉片の一つどころか、服の破片も落ちていない。誰かが居た形跡はあっても、誰かが竜巻に巻き込まれた痕跡は一切なかった。


 宗貞はすぐに状況を理解した。


「退いたか……まー何とかなったな」


 ひと息吐く。心の底から安堵した。


 逃した、とは思っていない。はじめから彼の勝利条件は打倒ではなかった。


 二人をこの場から退かせること。立ち去ったのであれば、その時点で宗貞は目下最大の危機を脱したことになる。


 相手は蘇芳一族最強のコンビ。お互いに本気を出してはいないとはいえ、退いたということは自分達に不利な戦いだと受け入れたということだ。これ以上の戦力、もしくは匹敵する戦力を投入するとすれば、その人物は限られてくる。


 どちらも戦いには消極的だ。一先ずその心配は要らないだろう。


「次が怖いな」


 ただ自尊心が誰よりも高い二人に今回の戦いがきっかけで正式に敵として認識された。次は様子見ではなく、本気で仕留めにくる。そこだけは懸念点だったが、どうしようもなかった。


 肩を竦め、笑う宗貞。空笑いだ。実際は何も面白くないが、笑うしかなかった。


「何でこうも敵を作っちまうかなー」


 彼らとの戦いで宗貞が得られたものは何もない。ただ時間を消費しただけ。


 いつか再び相見えることになる。金にならないことはやらない。金になることでも面倒ならやらない。それが宗貞のポリシー。


 どちらの主義にも反する戦いは苦痛で仕方なかった。


「取り敢えずホテルに戻って飲み直すか」


 思考を放棄し、彼は踵を返した。

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