第7話

 上着のポケットに両手を突っ込んだまま、彼は無造作に立っている。そこには敵意の欠片も一切感じられなかったが、一吾達は即座に臨戦態勢に入った。


「どうした? 俺は別にあんたらと戦いたいわけじゃねーんだ。大人しく帰ってくれるなら見逃してやるが?」

「はっ、冗談。俺が雑魚相手に退くわけがねえだろうが」


 宗貞の煽りを受け、一吾が右手を振るう。その動きに合わせて発生した熱が鞭となり、しなりを上げる。


 空気を断ち、宗貞は迫る。涼しい顔のまま、彼は躱さず受けた。


「入ったか?」

「入ってねーよ」


  痛烈な一撃は宗貞には直撃していない。不可視の壁に遮られ、寸前で留まっている。


(見えない壁……いや、風か!)


 一桀はすぐにその壁の正体を悟る。一吾は舌打ちをひとつし、幾つもの火球を宗貞の頭上で展開する。


 その一つ一つが建物一つを灰燼に帰す威力がある。それを同時に彼に炸裂させた。激しい爆発が起き、轟音が鳴り響く。


 土埃が舞い、姿が隠れる。人影はない。今度こそ仕留めたかと勝利を確信しかけたが、


「一吾、上だ!」


 一桀の言葉でハッとし、本能的に飛び退く。その瞬間、彼が立っていた場所が鋭く切り裂かれた。


 宗貞が空の上に立ち、二人を見下ろしている。彼は一桀に非難がましい視線を送る。


「バラすなよ。折角戦闘不能に出来てたのに」

「そうはいかない。一吾は私の相棒だからね……それにしても本当に君は強くなったようだ」


 素直な賞賛が向けられるも、宗貞の顔に喜色はない。彼にしてみれば一桀の言葉は白々しく聞こえていた。


「巫山戯たことを抜かすなよ。あんたら、まだ全然本気を出してねーだろうが」


 宗貞は見抜いていた。自分が手を抜かれていることを。


 記憶にある時よりかは火力は上がっている。それでも想定よりも遥かに弱い。自身の相手の力量を測る能力に絶対の自信がある宗貞にとって、今の二人はそこらの術者よりも脅威ではなかった。それが何よりも度し難い。


 しかし、彼らも同じだった。


「それはお互い様なんじゃねえの? お前だって手を抜いてる」

「いやいやまさか。こう見えてもこっちは結構必死だぜ」

「君の方こそ巫山戯たことを言っているね。先程から私達を始末する機会はいくらでもあったはずだ。なのに、わざと攻撃してこない」


 お互い様だった。お互いに相手の実力を測るべく、手の内を隠している。


 先に本気を出せば、その分後手が有利になる。宗貞の場合は敗北が必至となるだろう。


 何故なら勝負を決めきれなければ、片方が残っていた時点で攻撃の隙を突かれかねないからだ。


 相手は蘇芳一族最強の術者二人。蘇芳菖蒲を除けば、彼らとまともに対峙出来る者は一人として居ない。


 現当主の八雲であっても、前線から退いた身では良くて引き分けるくらいだ。


 そんな化物二人に対して本気を出す瞬間を誤れば、命取りになる。故に宗貞はその瞬間を見極めようとしていた。


「あんたら二人は強いからな。本気を出したところで勝てるとも限らんだろ」

「なら大人しく焼かれるか、ついて来るかしろよ」

「……俺はもう蘇芳一族の人間じゃない」


 一吾の脅迫じみた提案に彼は頑として首を横に振る。


 今の彼は蘇芳一族の宗貞ではなく、周防宗貞だ。もう一歩たりとも蘇芳一族過去に背を向ける気はなかった。


「俺はあんたらの指図は受けない。大人しく退け」

「嫌だと言ったら?」

「二言はない」


 会話を終わらせ、宗貞が右手を上げる。掌に集う青の輝き。その総数は空に瞬く星の数を凌駕している。


「な……」


 一吾は唖然とし、一桀は息を呑みながらも自身の周囲へ無数の炎を展開する。それは細く尖っていき、宗貞めがけて射出された。


 当たれば人体など容易く風穴を空ける威力なのは見て取れる。弾丸のような速さで迫るそれを一瞥し、彼は一言告げる。


「吹っ飛べ」


 局地的竜巻が発生し、二人へと叩き落とされる。一桀が放った炎の弾丸は全て粉砕され、渦に巻き込まれていった。

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