第3話


 遠い記憶から覚める。

 窓辺の魔術師は無心にまだ書き続けていた。

 自分は国を去ったのに、その際残したものがちゃんと後世の魔術師に、

 少しの揺らぎもなく技術として伝えられている。


 深い感謝をと彼女は口にしたが、彼女がラムセスに対して示してくれた誠実は、そんな一言では表現できない。

 後世まで彼女がラムセスに教わった魔術の価値観に敬意を払い、受け継がせ、教えてくれたのだから。


 これは【天界セフィラ】に目覚めて、後世のことを資料として見なければ、分からなかったことだ。

 それを実感出来ただけでも、それこそ生き返った価値があると思える。

 自分の心が、幸せに満ち溢れているからこそだろう。


 自分の残した成果を後世まで誠実に伝え残して受け継がせてくれた王妃に、

 国にその名を抹消されたサダルメリク。


 彼らの魂の清らかさが、天と地ほどに違うというのならば、それは納得も出来る。


 だがメリクの魔術に対する真摯さは、

 生前ラムセスが感じた、あの王妃が持っているものと全く同じだった。

 それでも彼女は深く愛され、

 メリクは忌み嫌われて否定された。


 人間とは本当に、周囲の人間次第だと思う。



(そして自分自身は)



 いつだって自分自身次第だ。



◇    ◇    ◇


 足音に気付いて、没頭していたらしいメリクが顔を上げた。

「セス」

「よう。おはよう」

「おはようございます。……というかもう起きられたんですか? 次にいつ起きるか分からんと仰っていたのでしばらくかかるかと」

 ラムセスは赤毛をわしわしと掻いた。

「もう起きられたんですかって、俺はどんくらい寝てた?」

 メリクは見えない目で蝋燭の方を見上げた。

「あれからまだ蝋燭を変えていませんから、十時間も寝ておられないですよ」


「なんだそんなものか。一月くらい寝てた気になったが」

「いえ。ほんの少しです」

 メリクが笑う。


「本当にホント少しだな。――まあけど俺は最近全く寝てなかったからいい惰眠になったよ。お前も休むと思ってたんだが。まさかずっと書いてたのか?」


「あ……いえ、休もうと思ったんですが眠気が訪れなくて。

 書き物をしてればそのうち自然と眠くなるだろうと思っていたんですが」


 ラムセスがメリクの足元に重ねられた小さい本を取り上げた。

 暗号のような数字と文字の羅列。

 普通の人間には一切読めないものだ。

 しかしこの中にラムセスが読み込みながら口走った知識、数値、魔術的見解や仮説がびしりと記録されている。


 すでに遠くの彼方に感じられたそういったものも、ラムセスが見れば一目で鮮明に思い出せるようになっていた。

 ここまで知識を叩き込まねばと焦って、他のことを考える余裕もなかったが、ラムセスはメリクのその記録を見て、少し心が安堵した。

 ここまで完璧に自分の言葉も考えも聞き逃さず記録してくれる助手がいれば、読んだ知識を取り逃がすことはないと思えたのだ。


「あの……読みにくかったですか?」

「ん?」


 ラムセスが記録を見ているのが分かったが、押し黙っているので、ついメリクはそう聞いていた。

 ラムセスは記録の中に、所々メリクがラムセスの話を聞いた時の疑問が書いてあるのを見つけて、読んでいたのだ。

 読み込んだ書物の内容に対しての疑問もあったし、ラムセスの仮説に対しての、自分の見解などという領域ではないが、感嘆したものや発見したこと、彼自身の疑問。


 防ぎきれなかったのだと思う。

 魔術師とは何か知識に触れた時、自ら思うことが大切だ。

 というよりそういう習性を持っているのである。

 正確に記録しながらも自分の考えを別紙に書く余裕もなかったのだろう。

 ラムセスから与えられた記録するという使命と同時に、思い浮かんで来る自分自身の考えも、走るペンの中に防ぎきれず混じってしまったという感じだ。


 メリクは邪魔してしまったかと心配したようだが、ラムセスはそのメリクの押しとどめられなかった魔術的感性が微笑ましく、目を細めて読んでいたのである。

 しかし目の見えない彼は、ラムセスの表情など知る由もない。


「いや。全く。お前の優秀さと有能さに若干驚いてるくらいだ。

 俺の生きた時代にお前がいてくれたらなぁ。

 サンゴール王国時代の研究が捗ってもう二、三くらい新しい魔術が出来てたかもしれん……」


 メリクは最初こわごわという感じで尋ねて来たが、ラムセスのその言葉を聞くと、きょとんと数秒した後「はは……」と笑った。


 ラムセスは目を留める。

 その時のメリクの笑顔が、初めて見るものに思えたからだ。

 どこか第一の生に魂を引きずられているような、優しくとも静かに落とすように笑うことが多かったメリクが、初めて心の底から明るく笑ったように見えた。

 何も背負った所のない、幼い笑顔だった。


「それは光栄ですね。その時書ききれなかったものもあったんですが、ゆっくり思い起こせばまだ書き留められることがありそうなので、貴方の言葉を思い出して書いていたんです」


 ラムセスは床の上に直接胡坐を掻いて座り込む。


「――……お前なら、あの【魔眼まがんの王子】に好かれたいとか好きだとかどうとかそんなの差っ引いても、魔術のことで師匠に聞きたいこと、山ほどあったんだろうなぁ……」


 メリクの笑みが掻き消えてしまった。


「あいつにお前が惚れて苦しむのはお前の勝手だと思うが……。

 それだけは可哀想だと思うよ。

 いっぱい疑問に思うことや、

 こういう仮説を話し合ったり……死ぬほど溢れてたんだろうな。

 これ見てるとそれを痛いほど感じる。

 好きな相手に想いを打ち明けられない苦しみもそりゃすごいとは思うけど、

 俺は魔術師だから、師匠に魔術の話を何にも聞けず、話し合うことも出来なかった痛みの方がむしろ遥かに痛かったんじゃないかなってな」


「……。そうですね。恋心は通じなくても良かったから、魔術の話は出来るような関係だったら、……素敵でしたね」


 メリクが小さく笑う。

 もう一度、気持ちを作り直したような表情だった。

 多分何千、何万の、リュティスに問いかけられなかった純粋な問いの中に、好きだという一言も混じっているというだけだ。



『魔術は苦しい』



 サンゴール王国から出奔し、その苦しさから解放されたはずのメリク。

 だが彼はどこまでも限りなく自由で楽しい世界より、

 その苦しみと共にあることを望んだ。


「でも、教えて貰えたものもありますよ」


「え?」


「俺は本当にサンゴールに来るまで、魔術という概念を知りませんでしたから。

【古の巨神イシュメルは己の片目を代償に、白雷の宿るその腕で闇を裂き、神の死角となる異空の領域を手にした異能の神】

 ……俺が魔術のことも知らず、ただあの人について回っていた頃、戯れに魔術書を眺めていたことがありました。

 文字が読めなかったので挿絵を見てたんです。

 何のことかは分からなかったけど不思議な絵ばかりで。

 ある時、あの人が暇つぶしに教えてくれたんです。


 不思議な、その世界のこと。

 不思議なものたちのことを。


 ……その世界を知ってから、俺は俺自身の孤独な身の上なんて、どうでも良くなった。

 俺が戦災で孤児になったことなんか、この世界の触れるところでは不思議でも不幸でもないんだと。

 新しい世界を知るということは、そういうことなのかもしれません」


「恋愛感情じゃなくて魔術のことを話せばよかったのに。

 そうすればお前という人間がこんなにも分かる」


 生真面目で、誠実で、一生懸命で――。

 目を輝かせて魔術の世界を見つめて来る。


 ラムセスは心からそう言ったが、メリクは苦笑した。

「分かるから、あの人は俺を疎んだんですよ」

「どうして」

「どうしてって……それは多分……」

 ラムセスはつまらなそうに頬杖をつく。 

「また【闇の術師】がどうのっていう話なら聞きたくないぞ」

 釘を刺すと、メリクは笑った。

「分かりました。では黙っていましょう」


 額を手で押さえてからラムセスは呪いのようだ、と思った。


 メリクの魔術師としての才能、技術、知識、感性、どれを取っても申し分ないのに、

 彼の中には自らが【闇の術師】だという強烈な意識が植え付けられている。

 呪いのように染み込まされたそれが、ラムセスにとってはメリクに関して多くの謎を生み出し、どうしてそんなになったんだという疑問を投げかけて来る。


 溜息をついた。

「前言撤回だ」

「……?」


「聞きたくないと言ったが、正確に理解しないとその本質をしっかり否定できない。

 ましてや、お前ほどの魔術師が実際その魂をその概念に呪いのように縛られているのは現実なわけだから、馬鹿馬鹿しいと言ってる場合じゃないもんな。

 だから、聞くからお前が説明してくれ」


「闇の術師と光の術師についてですか?」


「ああ。俺には全く、理解出来てないんでな。

 こういう記録の秘術もそうだけど、お前を見ていると俺が国を去った後、王妃が魔術を軽んじず、後世にその本質を正しく伝えて後進を育てる環境を整えてくれたことを感じるんだ。

 でもその中で、その闇の術師の概念だけが、気になる。

 これは悪い意味でだが。

 なんていうか、そういう考え方はあの人らしくないと思うんでな。

 多分後世の魔術師たちが自分たちで言い始めたことじゃないかと俺は見立てているが」


「【闇の術師と光の術師】は……多分魔術学院が、教える学生の大まかな方向性を分類するために作った方針なのではないかと。

 術師にも得手不得手がありますから。

 攻撃系の魔術が得意な者、回復や補助系の扱いが得意な者」


「それは単なる方向性だろ? つまり単純な区分けに過ぎない表面的な意味と、もっと別の意味合いがあるわけだ」


「はい。魔術観の中における【闇の術師】と【光の術師】は、単純な闇と光、悪と善の分別というわけではないですけれど、闇の術師が攻撃系の術を得意とするならば、その技は悪戯に使うべきではないということです。

 使っていけないわけではありませんが、慎重になるべきであって、そうなることは人生における選択もまた慎重になると。

 よって彼らの多くが物事に対して受動的になります。

 自らの力を使うと、彼らは悪しき因果を生むことになる。

 一度それを生み出してしまうと、断ち切るのもまた、闇の力で行わないといけないということです。

 誰も傷つけず、失望もさせず、

 その悪しき因果を断ち切ることは、勿論闇の術師にも出来ます。

 しかし光の術師よりも、遥かに莫大な労力を必要とする。


 【光の術師】は癒しの力や助ける力に適性がある。彼らが使う力も、使う局面もそういうことが多い。

 彼らが己の運命を自覚し、その力を行使すれば、救われた人たちが自然とその側に集う。

 その集まった力が、また何かを生み出す、そういう轍の中に彼らはいるわけです。

 光の術師の中にも勿論過ちを犯す者はいますが、彼らがその原点から進み出しているとすれば、その渦を遡って暗がりに迷い込んだ彼らを救おうとする意思も生まれて来る。

 それも、彼らの行った力で生み出された意思であるわけです。

【闇の術師】はその逆です。

 彼らが自分の闇性の力を肯定して配慮無く使えば、

 破壊の力や、分不相応な悪しき因果を呼び込む」


「最後まで結構我慢して聞いたけど全然納得出来ないぞ。それじゃ光の術師に対して闇の術師の可動範囲が著しく劣る上に分類的な制約をつけすぎているじゃないか。

【闇の術師】に対して不公平すぎるだろ。サンゴール王国の魔術学院は当時のエデンの最高学府と聞いたぞ。最高学府が教えてそれか?」


「……。貴方ならエデン大陸全土からやって来る優秀な魔術師たちをどう分類しますか?」


「分類なんぞしない。

 俺を見ろ。

 俺はこの通り結界・基礎・低級・中級・高位・古代・忘隠ぼういん・禁呪ありとあらゆる魔術に精通しそれを操る。

 これが魔術師の基本で理想形だ。

 効率よくなんて教えないでいい。

 折角凡人には見えない世界を見れるのが魔術師なのに、

 何故またそこで窮屈な枠に当てはめようとするんだ?

 そんな必要ないだろ。

 闇の術師の力が破壊や、悪しき因果に関わりやすい、

 光の術師はその逆だなんて若い術師に教え込んだら、

 魂にまで干渉することになりかねない。

 それを、申し訳程度に善悪の判断の範疇ではないなんて言ったって、お前の闇性は高いなんて言われて嬉しい奴がいるか?」


 メリクはラムセスの方を見た。


「……いえ」


「そうだろ? 魔力の基本は、変容する力だということだ。

 そこには開闢以来、真理の追及により見い出されて来たものもあるし、新しく因果を結び生み出されたものもある。

 その力の使い道は、術師一人一人で選び取れる。

 精霊に人が好かれることなど無いと言っていたじゃないか。

 闇と光の因果を認めるということは、

 闇には闇の因果、光には光の因果が懐くということを認めるということになる。

 矛盾してるだろ。

 俺はお前に会った当初に言っただろ。お前は光の術師だと」


 メリクは頷いた。

 覚えている。

 何故なら自分が光の術師などと彼自身が思ったことはないし、他人にも言われたことが一度もなかったからだ。


「理由も覚えてるか?」


「……はい。……確か、自分の中の闇性を強く意識してるからだと」


「そうだ。得手不得手があるのは否定せん。

 術師も人の子だ。社交的なやつ、そうじゃない奴もいる。

 魔術師が何よりも大切なのは、己を分かっていることだ。

 そうすることで強化するべきことと制御すべきことが分かる。

 そうさせてくれる技が、魔術観の中には山ほどある。

 自分で気付き、完成させていくのが魔術師だ。

 

 闇も光も、必要だからこの世界にある。


 魂も同じだ。

 在ること自体に意味がある。

 魂は、そこに在るだけで憎みもするし愛しもする。

 そんなことは教典にわざわざ書かなくていい。

 無粋な蛇足だ。

 魔術学院なんて本当にろくでもない。

 魔術の修行と若い人格形成を一緒くたにやろうとするから、

 そんな雑な教育になっていくんだ」


「……はい、すみません……?」


 何故かサンゴールの魔術学院を代表して、偉大な賢者に怒られた気持ちになったメリクは思わず謝っていた。


「俺は魔術を教えろと言ったんだ。

 魔術の中には、人を不死者の侵攻から守る力になってくれるものがたくさんあるからと。

 王妃だってちゃんとそう言ったはずだぞ。

 誰だ勝手に途中で変な折れ目をつけたのは。

 誰が雑に分類しろとか言ったか! 余計なことすんな!

 しかも王族にまでその変な教育を施した奴がいる。

 呆れて物も言えん。

 メリク! そういう下らない教えこそちゃんときちんと律儀に忘れろよ!」


 メリクは叱られて、目を瞬かせる。


「はい……。あの……ごめんなさい」

「ったく。呪いの言葉みたいに闇の術師闇の術師と。

 魔術を初めて見る未開の土地の人間か!」

 数秒後、メリクは吹き出した。

「なんで笑うんだよ。今おれはお前に正しい魔術師の心構えをだな……」


「いえ……笑ったのではなく……。

 意外でした。

 貴方は他人に興味がないのかと。

 いえ、貴方というより、俺の知っている【魔術師ラムセス】はです。

 魔術にしか興味を示さないのかと思っていたけど、違うんですね。

 貴方は俺なんかよりずっと、教育者に向いてますよ」


 ラムセスは苦い顔をした。

「俺が喜んで弟子を取るやつに見えるのか?」


「見えませんよ。――でも俺が話を聞いた印象です。

 確かにこういう人に教わった人間なら、きっとその『つまらない枠組み』の外で弟子を教えて行くと思う。

 貴方は弟子の教育が嫌いでも、貴方は人を教えるべき人なんですよ。

 本来適正あるものが、天意によりそれを好まない場合もまた、闇の術師の因果と言われていますが、俺の目には貴方は【光の術師】にしかどうしても見えない。

 つまり一つの器に一つの因果ではない、貴方はそれを体現してる。

 確かに貴方は……下らない轍だと言う権利がある」


 胡坐を掻いた姿で、ラムセスは腕を組んだ。

「もしかして誉めてるのか?」

「誉めてますよ」

 おかしそうにメリクは笑った。

 それからふと、表情を緩める。


「……本当はね……多くの、魔術学院で学ぶ者達にとっては、あまり【闇の術師】【光の術師】という分類は、意識するものではないんです。

 重要ではないんです。

 いわば単なる枠組みですよ。

 事実は、魔術学院の学生は、その概念にとらわれているわけではないのです。

 多くの人間がそれを忘れて生きていける状態にある。

 彼らは正しく【闇の術師】【光の術師】を単なる枠組みとして使っています。

 ……彼らはちゃんと、貴方の教えをこそ尊ぶ弟子たちですよ」


「なんだそうなのか? でも……」

「大概の人間にとっては些細なことで済む」


 ラムセスは気づいた。


「ほとんどの人間は、闇と光の境界線にいる。

 彼らにとって分類分けはさして重要ではないでしょう。

 力が顕著なものほど、それを意識するんだと思います。

 力が強いと、何故と問う機会も多くなりますから。

 リュティス王子がいい例ですよ。

 あの人のような【魔具】を所有する人間は、普通の人間と共存するのがずっと困難です。

 あの人が自分に問いかける時、

 自分がそう生み出されたこと、

 そこにいること、

 そう定められたことに明確な答えを必要とすることがある。

 誰かに自分を分類してもらわないと、自分を見失ってしまうことが。

 自分自身にかもしれません。

 あの人は多分、自分が【闇の術師】だと分類されたことで、救われたというか……少しだけ心の重みが和らいだ面はあるのだと思うんです」


 思わず勢いのまま苛立ち始めていたラムセスだったが、ようやく話し始めたメリクの、その話を聞いているうちに瞬く間に怒りや苛立ちが消えて行った。


「……。なるほどな。まあ確かに【魔眼まがんの王子】にとって闇の術師であるという自覚が、心を一種和らげたというその説明は何となくは合点が行った。

 つまりあれか? 必要とする者もいる、分類。必要悪ということなのか」


「多くの術師が、さほど気にしないで生きているということです」


 ラムセスは窓辺に座るメリクの側に移動して来て座った。


「力ある者が分別を必要とすると言ったな?

 お前はその分別を、師匠同様必死に必要としているように見えるが……正直俺はお前を見ててもさほど極論を求めなければ自我を保てないような術師には見えん。

 なんかあったのか?」


 メリクの脳裏に、人の形をしたまま黒い炭になった者達の姿が鮮烈に思い浮かんだ。


「……また言葉を止めたな。

 つまりそうか、あの王子絡みでお前は自分の力の強さを自覚する何かがあったわけだ。

 お前は本来、非常に制御力の高い術師なのかもしれんぞメリク。

 俺にはお前が理性的な術師にしか見えんが、お前は自分の異質を強く感じてる。

 普段見せているお前の姿は、多分本来持っているものの半分にも満ちてないんだな。

 

 お前は――自分を【闇の術師】として早々に自覚した。


 そしてその力を隠す技を学ぶ方にずっと集中力と労力を費やして生きてきたわけだ。

 闇の術師は闇の世界に慣れるものだ。

 お前の出奔の真意が王位継承権争いへの恐れなんぞに、これっぽっちもないのはもう分かってる。

 それにお前はあの五月蝿い弟子2と結婚させられることが死ぬほど嫌だったわけでもない。

 お前は毒にも闇にも、幼い頃から身体を慣らして来た。

【魔眼の王子】と生きるためにだ。


 ――それがある日いきなり耐えられなくなったということは、何かが起こったということだ。


【魔眼の王子】絡みのことで、

 どれだけ冷遇されても側にいようと張り付いてたお前が、自分から、

 別離を望むほどのことであり、

 お前の力に関係すること。

 何があったんだ」


 このままこの人をダラダラ喋らせていると、ヴィノで死にかけていたとこまで全部暴き出されそうだった。

 メリクは辟易する。

 サンゴール王妃はラムセスを重用したというが、余程聞きしに勝る美徳の持ち主だったのだろう。

 自分のように後ろ暗い過去しかない者にとって、この人の勘の良さはもはや凶器である。


「あの、答えないでいいですか?」


 ラムセスは苦い顔をした。

「だーめーだ!」

「えっ。この前はいいって言ったのに」


「うるさい今日は駄目だ。本当は一秒たりとも魔術知識を叩き込む時間を無駄にしたくないというのに、久しぶりにぐっすり眠って万全の集中力を、お前の過去の推察なんぞにガンガン使ってやってるんだからお前もちゃんと協力してスイスイ話せよ」


「なんか理論がおかしいと思うんだけどなぁ……」

「なんもおかしくない!」

 強引に答えてラムセスは窓辺の縁に両脚をあげて聞く体勢に入る。

「んじゃ、これだけ答えろ。今の俺の推察どうだった? ばっちり当たっただろ」

「ちっとも当たってないですよ」

「そんな馬鹿な。嘘だろ?」

 余程の確信があったのか、ラムセスは身を乗り出して聞き返したが、メリクは頷く。


「ええ。嘘です」

「おい……」


 ラムセスが半眼になって口許を引きつらせる。


「ちっとも当たってないって、言えれば良かったんですけどね。

 これでも生前はよく人に、何考えてるのか分かんないとか、謎だとか、企んでるに違いないとか、付き合いにくいとか言われて来た方だと思ったんですが……。

 なんだか貴方の前では、話さずに頑張ってるのがアホらしくなってきました」


 メリクがそう言うと、ふふん、とラムセスが笑った。


「そうだぞ。この世の全ての秘密は俺の前に暴かれることに決まってるんだ!

 だから俺に隠し事したって無駄なんだぞメリク。

 俺はとにかくすごい洞察力があるから、

 お前の喋った些細な言葉や仕草一つで何から何まで暴いてやるんだからな。

 恐れ敬っていいぞ!」


 容赦なく自画自賛するラムセスに、とうとうメリクは笑ってしまった。

 本当に面白い人だなあ。


「あなたはサンゴールにおいて創始の魔術師などと言われてますけど、

 限りなく異端に近いですよね。

 俺の生きた世界では、貴方のような魔術師は珍しいです。

 創始どころか、サンゴールの魔術師の誰にも似てませんよ」


「おっ。上手いこと言ったな。そうだぞ俺は誰にも似てないし誰よりもすごいんだ。

 憧れていいぞ」

「分かった分かった分かりました」

 押して来るラムセスに、メリクは根負けした。


「――俺の真意が他人にここまでバレたのは生前も一度もなかったことですから」


 ラムセスは腕組みをする。

「それが不思議だよな。俺の見た所、お前そんなに嘘が上手いようには見えないんだが……王宮なんていう人間の巣窟に生まれ育って、しかも表面上は【魔眼の王子】とも師弟関係だったわけだろ?

 全くの無関係で遠くから眺めてる憧れてる程度ならまだしも、日常的に会ってたクセになんで周囲の人間に少しもバレてないんだ。

 お前の周囲の人間は余程注意力散漫な連中だったと見える」


「みんなお忙しい方ばっかりだったんですよ。

 俺なんかにいちいち構っていられない人ばかりだったから何とか誤魔化せた。

 貴方のようにこうやっていちいち構って来る人が奇特なんですよ」


「なるほどな。

 ――いや、なるほどなじゃないが」


「……でもそういう貴方だから他の人間と違うものを見つけられるのかもしれない。

 それも道理ですね」


 ふっ、と息をつくようにメリクは笑った。

 これじゃなくて、さっきの笑顔が見たいなあとラムセスは頬杖をついて思う。


「セス。貴方には話すことがあるかもしれないですけど、それは俺が、第一の生の死ぬ瞬間まで口に出さず秘めたものだから、例え貴方が価値がないと思ったり感じたりしても、誰にも言わないでほしいんです。

 どんなに貴方が下らないと思えるものでも。

 重ねてお願いする形になって申し訳ないですけど」


「わかった。それは約束しよう」


 まるで精霊と契約を結ぶかのように、炎の魔術師は宣言した。

 メリクは唇で笑う。

 何故この男のこういう言葉は、

 軽口と同じように言われても永遠に守られるような気がするのだろう。


「――それに、どんな話だろうとお前が命尽きる時まで抱えたものなら、下らなくなんてないさ。意味があるものだ」


 ラムセスの声の方へ顔を向ける。


「お前が一人で紡いで来た魔術なら、お前の手でしかどうするかは決められん。

 いかに俺が偉大な魔術師だろうと第二の生でちょっと会った程度の人間が、横から手を出したりしない。それくらいはちゃんと弁えてる」


「……ありがとうございます」


 メリクは窓辺の縁にラムセスと同じように両脚を上げた。



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