第14話 すれ違いの理由を、俺は間違えた
最近、桜庭の様子が少しおかしい。
はっきりと何かが変わったわけじゃない。
挨拶は、いつも通り丁寧だ。
笑顔も、なくなったわけじゃない。
ただ。
距離がある。
机の位置は変わっていないのに、
会話の温度が、少しだけ下がった。
*
文芸部のドアを開ける。
「こんにちは、先輩」
声は落ち着いている。
完璧な、後輩の声。
「こんにちは」
俺も、同じように返す。
――ああ。
やっぱり、だ。
何かを、
踏み込みすぎないようにしている。
*
「今日は、何を書いてる?」
「短編です」
それ以上、広がらない。
以前なら、
「どんな話ですか?」
「見せてもいいですか?」
そんな言葉が続いた。
今は、ない。
必要最低限。
まるで、
線を引かれているみたいだ。
*
幼なじみは、
いつもより頻繁に部室に来ている。
「おじゃましまーす」
「こんにちは」
桜庭は、
丁寧に頭を下げる。
その姿を見て、
胸の奥が、少しだけざらつく。
前は、
もっと自然だった。
*
「……なあ」
部活の途中、
俺は幼なじみに声をかけた。
「桜庭、
最近どう思う?」
「どうって?」
「なんか、
距離感じないか?」
幼なじみは、
一瞬、言葉に詰まる。
「……気のせいじゃない?」
でも。
目を、逸らした。
「そうかな」
「うん、たぶん」
その返事が、
やけに早かった。
*
俺は、
一つの結論に辿り着く。
――気を遣わせた。
久遠先輩。
あの日。
俺は、
過去の話をした。
文芸部を守ってきた理由。
憧れの先輩。
桜庭は、
それを聞いていた。
きっと。
自分は、
そこに入れないと思ったんだ。
だから。
距離を取った。
それは。
彼女なりの、
礼儀で。
優しさで。
*
「……俺が、悪いな」
小さく、呟く。
余計な話を、
しすぎた。
期待させるようなことも、
言ったかもしれない。
だから。
線を引いた。
――そうだ。
それが、一番、
納得できる。
*
その日の終わり。
部室を出る前、
俺は桜庭に声をかけた。
「桜庭」
「はい」
「……無理、してないか?」
彼女は、
一瞬だけ、目を見開く。
「……どういう意味でしょうか」
「いや」
言葉を選ぶ。
「最近、
少し大人しいから」
桜庭は、
少し考えてから答えた。
「……文芸部は、
先輩にとって、
大切な場所ですよね」
「ああ」
「だから」
視線を落とす。
「私が、
出しゃばらないほうが、
いいと思って」
……ほら。
やっぱり。
「そういうことか」
俺は、
変に安心してしまった。
「気にするな」
軽く言う。
「桜庭は、
ちゃんと部員だ」
「……ありがとうございます」
でも。
その声は、
少しだけ、遠かった。
*
――俺は、
正しいことを言った。
そう、
思っていた。
彼女が、
気を遣っているなら。
俺が、
楽にしてやるべきだ。
深入りしない。
期待させない。
文芸部は、
穏やかな場所であるべきだ。
*
だから。
俺は、
それ以上、踏み込まなかった。
距離があるなら、
その距離を、
尊重した。
声をかけすぎず。
目を合わせすぎず。
「いい先輩」を、
選んだ。
*
――それが。
一番、
間違った選択だった。
*
桜庭は、
俺が引いたことを、
別の意味で受け取っていた。
「やっぱり、
私は、選ばれない」
そう、
確信を深めただけだと。
でも。
そのことに、
俺は、まだ気づいていない。
*
文芸部は、
静かだった。
平和で。
問題がないように見えた。
でも。
感情だけが、
確実に、
すれ違っていく。
俺は、
その中心にいながら。
――何も、
壊れていないと、
思い込んでいた。
それが、
一番、厄介だった。
第14話 すれ違いの理由を、俺は間違えた
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