第8話 幼なじみは、帰り道で言葉を探す
夕方の空が、オレンジ色に染まっていた。
文芸部の活動が終わり、
校舎を出るとき、
自然と隣に佐倉ひなたがいた。
「……一緒に帰る?」
彼女のほうから、そう言った。
「いいけど」
断る理由もなかった。
いつも通りの帰り道。
昔から、何度も歩いてきた道。
なのに。
今日は、少しだけ違って感じる。
「文芸部、どうだった?」
ひなたが、何気ない調子で聞いてくる。
「まあ……いつも通り」
「ふーん」
ひなたは、俺の横顔をちらっと見る。
「転校生ちゃん、
真面目だよね」
「桜庭のこと?」
「そう」
名前を自然に出すのが、
少しだけ気になった。
「いい子だと思う」
正直な感想を言う。
「だよね」
ひなたは、少しだけ笑った。
「……私とは、正反対」
「そんなことないだろ」
「あるよ」
即答だった。
「私は、真面目じゃないし、
空気も読めないし」
「読めてると思うけど」
「じゃあ」
ひなたは立ち止まる。
俺も、足を止めた。
「じゃあ、なんで」
言葉を探す。
「なんで、私、あの部室にいると、
落ち着かないんだと思う?」
真正面から、俺を見る。
「……」
答えが分からないわけじゃない。
でも、言葉にするのが怖かった。
「文芸部」
ひなたは、続ける。
「悠斗の場所、って感じがしてた」
胸が、少しだけ痛む。
「でも」
一呼吸置いて。
「最近は、
違う気がする」
その言葉は、責めていない。
ただ、事実を述べているだけ。
「……変わった、かな」
「うん」
ひなたは、はっきり頷いた。
「悪い意味じゃないよ」
「でも、嫌なんだろ」
俺が言うと、
ひなたは少しだけ目を見開いた。
「……ずるいな」
小さく笑う。
「そういうところ、
昔から変わらない」
しばらく、二人とも黙って歩いた。
靴音だけが、夕方の道に響く。
「ねえ、悠斗」
ひなたが、声を落とす。
「もしさ」
一瞬、言葉を切って。
「文芸部に、
誰も来なかったら」
つまり。
「今でも、
一人で続けてた?」
答えは、簡単だった。
「……たぶん、続けてた」
「そっか」
ひなたは、少しだけ安心したように息を吐く。
「それ聞いて、よかった」
でも、その表情は、どこか複雑だ。
「でも」
俺は、続ける。
「誰かが来たのは、
悪くないって思ってる」
「……うん」
ひなたは、うなずく。
それ以上、何も言わなかった。
*
交差点の前で、信号が赤になる。
いつもなら、ここで別れる。
でも今日は、
まだ信号が変わらない。
「ねえ」
ひなたが、少しだけ前のめりになる。
「私さ」
声が、少しだけ震えた。
「悠斗が、
文芸部に行くの、
止めたいわけじゃない」
「……うん」
「でも」
ここまで来て、
言葉が止まる。
ひなたは、唇を噛んだ。
「……なんでもない」
「ひなた」
名前を呼ぶ。
それだけで、
彼女の肩が、少しだけ揺れた。
「言わなくていい」
俺は、そう言った。
「無理に」
それが、正解かどうか分からない。
でも、今は。
踏み込めなかった。
信号が、青に変わる。
「じゃあ」
ひなたが、少しだけ明るい声を作る。
「またね」
「ああ」
ひなたは、走り出した。
振り返らない。
その背中を見送りながら、
俺は思った。
あのとき、
何か言っていたら、
何かが変わっていたのか。
それとも。
変わらないために、
何も言わなかったのか。
*
家に着いてからも、
ひなたの言葉が頭から離れなかった。
文芸部。
桜庭。
ひなた。
どれも、もう切り離せない。
「……難しいな」
そう呟いて、
俺はノートを開いた。
書きかけの物語。
主人公は、
誰かの気持ちに気づきながら、
まだ、答えを出せずにいる。
ページの端に、
新しい一文を書き足す。
――彼は、変わらないことを選ばなかった。
でも、
どう変わるかは、
まだ分からない。
第8話 幼なじみは、帰り道で言葉を探す
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