第2話 〝エデン〟

     2 〝エデン〟


 くどいようだが――中世期とは徹底した管理社会である。


 国民は国の支配下にあって、国の許可なく新たな村や町はつくれない。

 勝手な真似をすればそれだけで国から殲滅対象だと見なされる。


 反逆罪さえ適応され、少なくとも責任者は重罪を科せられる事になるだろう。


 また、新しい思想や発見を公表するのもリスクが伴う。


 それ等の思想は、まず国教の教義に照らし合わされる。

 何らかの矛盾が認められた時点で、その思想家は宗教裁判にかけられる事になるだろう。


 裁判の行方次第では異端者として扱われ、拷問されたあげく火刑に処される事もあるのだ。

 

 それも全ては、支配者側が変化する事を恐れているから。

 民衆から富を吸い上げている支配者側は、変化する必要性を全く感じていない。


 今のままで万事まるく収まっているのだから、何一つ変化する意味はないのだ。

 

 逆に何らかの変化を認めてしまい、自分達の首を絞める様なら、それこそ藪蛇だ。

 支配者側は自らの既得権益を守る為、変化をもたらそうとする者を徹底的に敵視する。


 国教はその変化を潰す為の、格好の材料と言えた。

 神に背く教えを広めるなら、支配者側は堂々とその教えを貶めて潰す事が出来るから。


 変化をもたらそうとする者は支配者側の敵であり、看過できないファクターと言える。

 この病的な考えが蔓延している限り、中世期は中世期足り得るのだ。


 中世期の定義とは――〝ユメも希望もない絶望の時代〟という事。


 暗黒時代と呼ばれる所以が、その定義には込められていた。


「無論、その犠牲者は、力が無い者達。

 私達は私達であるというだけで、搾取の対象にされる。

 生まれた時点でどの階級か決まり、その隔たりはどう足掻いても突破できない。

 農民として生まれたなら、死ぬまで農民として生きる。

 何らかの反意を示す事は、死に直結した蛮勇でしかない。

 問題は――私達がこの理不尽を受け入れるかという事。

 理不尽な事を理不尽だと認識しているのに、死ぬまでそれに耐えられる? 

 答えは――ノーだよ」


「はぁ」


 何時になく鼻息が荒いピコの意見を聴き、テイジーは生返事をする。

 テイジーは何故ピコがこれほど不機嫌なのか、分からない。


 テイジーはただ、率直な疑問を口にするだけだ。


「つまり、ピコには何らかの打開策があるという事? 

 まさか本当に、反乱でも起こす気?」


「――うん。

 半分――正解」


「………」


 偶にテイジーは〝自分よりこの幼馴染の方が、よほど危険人物なのでは?〟と感じる。


 なまじ知識がある分、ピコは偶にユメ物語の様な発想を口にするのだ。


「いえ、そうでもしなければ、テイジーの婚約話は潰せない。

 私達は既に、崖っぷちにあるんだ。

 この作戦を成功させない限り――テイジーの死亡フラグは成立する」


「………」


 え? 

 私って、そこまで追い詰められているの? 


 結婚するだけで、死にかけない? 


 本当に私達ってどんな世界に住んでいるんだと、テイジーは思わざるを得ない。


「あの、農民が貴族に嫁入りするって、そんなにヤバイ事なの?」


「私の予想通りだと、そうだね。

 さっきも説明した通り、他の側室はテイジーの存在を快く思わない。

 自分達側室は農民と同列なのかと、そんな理不尽な怒りさえ覚えると思う。

 それに当の男爵だけど、少し話してみた感じだと好人物とは言えなかった。

 この村の監察を行った時も、多額の賄賂を村長に要求していたから。

 いえ、それが都会の常識と言えばそうなんだろうけど、だからこそテイジーは危険なの。

 テイジーは実直過ぎるほど実直だから、思った事を直ぐに口に出す。

 男爵家がテイジーをどう扱うかによっては、テイジーも爆発しかねない。

 貴族社会は、腹芸が基本だからね。

 テイジーがそんな世界に適応できるとは、思えない」


「………」


 目茶苦茶な言われ様だった。


 自分が褒められているのか、貶されているのか、テイジーにはそれさえ分からない。

 ただ貴族社会は、自分よりピコの方が向いている事は、理解出来る。


「うん。

 だからこそ男爵は、テイジーに目をつけたのかも。

 自分の周りには居ないタイプだから、いい玩具になると思ったんじゃないかな?」


「………」


 男爵の人格――全否定。


 どうやらピコの中では、男爵は完全な悪人らしい。


「テイジーの様な農民が貴族世界に放り込まれたらどうなるか、男爵は実験したいんだよ。

 それでテイジーが恥をかこうが、お構いなしなんだ。

 寧ろ、テイジーのその姿を余興の一つと、捉えているのかもしれない。

 そうやってテイジーが、精神的に追い込まれていく様を、男爵は見学したいんだ」


「………」


 そういう悪趣味な発想を思いつける時点で、ピコも十分悪趣味だと思う。

 テイジーはそう感じるが、彼女はそれより結論が聴きたかった。


「で? 

 ピコは、一体どうする気なの? 

 私が不幸になるのが許せないというのは分かったけど、具体的な打開策は何?」

 

 この幼馴染が自分の行く末を心配してくれているのは、大いに分かった。

 その気遣い自体は有り難いが、何やら嫌な予感がするのも事実だ。


 或いは、自分もピコの企みに巻き込まれるかもしれない。

 そう考えるが故に、テイジーとしても心穏やかとは言えない。


「そうだね。

 このまま〝貴族社会をブッ潰す!〟と言えれば、格好いいんだと思う」


「………」


 いや、格好はいいかもしれないが、中世期においてそれはただの危険思想だ。

 抜本的な解決策ではあるが、とても現実的とは言えない。


「うん。

 なので、私もここは大博打に出ようと思っている。

 テイジー――私と〝エデン〟を目指してみない?」


「へっ?」


 聴く者によっては――意味不明な発言だ。


 実際、それを耳にしたテイジー・ナウナは――素直にピコ・ラウンズの正気を疑った。


     ◇


「……〝エデン〟? 

〝エデン〟って、あの〝エデン〟……?」


 テイジーが訝しげな様子で尋ねると、ピコは力強く頷く。


「ウム。

 ただの伝説に過ぎない、聖地と言われているあの〝エデン〟――。

 具体的にはどんな世界なのかまるで分からないけど〝楽園〟と称されているのは確かだね。

 だったら、この世界よりかは幾分マシじゃないかな? 

 仮に〝エデン〟にさえ辿り着けたら、私達にも今より明るい未来が待っているんじゃない?」


「………」


 余りに話が、フワっとし過ぎている。

 

 具体性も現実感もないその提案は、どう考えてもピコらしくない。


〝この子は、こんなユメみたいな事を口にする奴だっけ?〟と思い、テイジーは首を傾げた。


「え? 

 ピコって今、危ないクスリとか吸っている? 

 頭が、正常に働いていないと言うの?」


「いえ。

 私、トリップ状態じゃないから。

 これが最も現実的な、打開策だと思っている」


「………」


 だとしたら、尚のこと最悪だと言えた。


 あのピコが正気でこんな提案をするとは、テイジーには思えないから。


「というか、それって私だけじゃなくピコも村からの脱走者になるって事よね? 

 ピコはこの件では全く被害を受けていないのに、何でそこまでするの?」


 これも、テイジーの素朴な疑問だ。

 ピコは確かに幼馴染で親友だが、彼女がテイジーの為に危険を犯す必要はない。


 成功すればテイジーは婚約を破棄出来るが、ピコには何のメリットも無いのだ。

 疑問だらけのテイジーが更なる疑問をぶつけると、ピコは鼻で笑う。


「そんなの決まっているよ。

 私もいい加減、この世界にはウンザリしているの。

 新しい事をしようとしても、どれだけ能力があっても、結局は権力者に潰される。

 この未来がない世界に居ても、私達は絶対に報われない。

 テイジーの件は、只の切っ掛けに過ぎないの。

 私は前々から、この世界に見切りをつけていた。

 ここから脱出する動機が、テイジーの件というだけの話なんだ」


「………」


 やはりピコは普段に比べて、興奮状態にある様だ。

 ただの思い付きを、妙案だと思い込もうとしている節がある。


 何時もはユメ見がちなテイジーを、ピコが窘めていた。

 その立場が逆転した時、テイジーは自分でも実感できるほど冷静になる。


「いえ、そういう妄想はいいから。

 私が男爵と結婚すればいいだけだから、ピコはもう大人しくしていて?」


「――明らかに何時ものテイジーより、態度が冷たいっ? 

 私、そんなにバカな事を口にしているかなっ?」


「ええ」


「………」


 キッパリと断ずるテイジーと、口ごもるしかないピコ。


 ピコは左手で頭を押さえながら、嘆息する。


「だったら、私は一人でも〝エデン〟を目指すよ。

 今夜にも用意を整えて、行動に移る。

 テイジーは精々、お幸せになって。

 そんな未来が、本当にあればの話だけど」


「………」


 今度は挑発まがいな事を言い出したぞ、この子は。


 いや、それでもテイジーはピコの行動力をよく知っていた。

 運動神経は悪い癖に、この子はとにかく自分のプランを実行しなくては気が済まないのだ。


 挑発も兼ねているが、ピコは恐らく本気だ。

 この企みを遂行する為なら、命さえ捨てる覚悟が彼女にはある。


 十六年という長い付き合いが、テイジーをそう悟らせる。


 テイジーは眉根を歪ませながら熟考し、やがてこう結論を出した。


「……結婚。

 結婚、か。

 そうね。

 結婚位は、好きな人としたいわよね。

 それさえ許されないというなら、私も一寸ぐらい反発しても罰は当らないでしょう」


「テイジー」


「くだらない発想だけど――ピコの考えって浪漫だけはあるのよね。

 それこそ――男爵家で不幸になるよりかは」


 今の彼女には、それが重大過ぎる決断だと知る事は出来ない。


 ただそれでもテイジー・ナウナは――歯を見せて子供の様に微笑んだ。

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