シアワセノアリカ
マカロニサラダ
第1話 ピコとテイジ―
序文
これは〝世界〟と言う――得体の知れないモノに立ち向かう少女達の物語。
ただ逃げる事しか出来なかった彼女達は――やがて自分達の成すべき事を知る。
ただ――時代がソレを許すかは定かではなかった。
1 ピコとテイジー
「やっぱり――この世は何かがオカシイ」
「……んん?」
今日も一仕事終わった所で、テイジー・ナウナはそんな事を呟く。
ピコ・ラウンズは、首を傾げながら眉をひそめた。
「え?
テイジーは、今頃そんな事に気付いたの?
とっくにそんな事は分かっていると思っていただけに、ビックリだよ、私は」
「………」
舞台は――後に中世期と呼ばれる時代。
剣と魔法の世紀と呼ばれたこの世界だが、彼女達の役割は飽くまで裏方だ。
日の当たらない場所で農業に専念するテイジーは、村人Aと言えるかもしれない。
対してピコの職種は、村の上層部しか利用できないチェスの相手である。
この村人Bは頭脳労働担当で、その優秀さは村長も認めた程だ。
五歳の頃、村長をチェスで二十連敗させたピコは、今も負け知らずである。
いや、村長の家族や都会のお歴々でさえ、ピコには敵わない。
というより――ピコにはチェスで負けられない理由があった。
と、話を戻そう。
ピコの思わぬ切り返しを受け、テイジーは顔をしかめていたが、直ぐに気を取り直す。
「はぁ。
では訊くけど、ピコは何がオカシイと思っている訳?
私が言わんとしている事を、ピコはちゃんと把握している?」
テイジーの仕事は、前述通り農作業にある。
国に作物を納める、重大かつ必要不可欠な職種と言えるだろう。
テイジーの様に農業に専念する者が居なくなれば、国民全てが飢える。
彼女達の様な農民が居るからこそ、世界は滞りなく回っているのだ。
「だと言うのに――なぜ自分達はこうも報われないのか?
テイジーが言いたいのは、そういう事でしょう?」
「………」
事もなく、ピコはテイジーが訴えたい事を代弁する。
お蔭でテイジーは、拗ねる様な表情を見せた。
「――そうよ。
私たち農民は、言わば国家の生命線。
私達が一斉に仕事を放棄したら、その時点で国民は飢えて死ぬ。
だというのに、この扱いは何?
朝から晩まで働かされ、仕事をサボれば鞭で叩かれる。
提供される食事は粗末で、とても重労働に見合った物じゃない。
私の家の前には常に糞尿がまかれ、臭さの余り今にも鼻がもげそうだわ。
村の上層部の言う事には絶対服従で、反論すればやはり折檻が待っている。
今だって、こんな話を上層部に聴かれたら、一発でアウトでしょうよ。
ぶっちゃけ、農民に対するリスペクトが足りないのよ、この世界は。
神様は、永眠にも似たお昼寝でもしている訳?
それとも、神様さえも農民に対する仕打ちを認めている?」
「また大胆な事を、テイジーは言うね」
神とは即ち、国教のシンボルである。
つまり神を貶すと言う事は、国家に喧嘩を売るに等しい。
テイジーの今の発言は、拷問室送りにされ〝再教育〟を受けるに値する発言である。
だが、そういう事を平気で口走るのが、テイジー・ナウナという少女だった。
「でも、それが私達の現実だよ。
教会、つまり神様は現状を認め、農民を労働力としてしか見ていない。
生かさず殺さずで飼い殺しにして、奴隷の様にこき使う。
王様も貴族も町民も村民も農民も、同じ人間の筈なのに、明確な線引きがあるんだ。
この階級社会は絶対で、何者にも覆せない。
特に最下級である農民が反対運動でもしようものなら、凄惨な結末が待っているだろうね。
反乱鎮圧軍が派遣され、反対運動に参加した者は殲滅される。
見せしめの為に農民の何割かは、公開処刑されるでしょう。
私でも具体的な想像は出来ないけど――悲惨な殺され方をされるのは目に見えている」
「………」
ニッコリと微笑みながら幼子を諭す様に、ピコ・ラウンズは語る。
自分達は家畜も同然だと、彼女は暗に認めたのだ。
「だから、何かがオカシイのよ、この世界は。
ハッキリとは言えないけど、何かが間違っているから、誰も彼もが貧しい。
贅沢を出来るのは王様や貴族や宗教家だけで、私達はその犠牲になっているとしか思えない。
いま気付いたんだけど、私達が貧乏な分だけ、貴族達は富んでいるんじゃないの?」
「おや、遂にその事に、気付いたんだ?
これもピコ先生の、御薫陶の賜物かな?」
「………」
確かに、他の農民は教育を受けられないが故に、無知と言える。
管理者が言う事は絶対で、何の疑いも無く自分の仕事に従事しているのだ。
不当な扱いを受けつつ、農民が反乱を起こさないのは、これが世界の常識だと思っているから。
テイジーがその事に疑問を抱けたのは、ピコのお蔭でもあった。
字を習い、書物を読めるピコには、他の農民にはない知識がある。
ピコは本から学んだ知恵をテイジーにも提供して、彼女を啓蒙していた。
その甲斐があってテイジーは今日――遂に世界のオカシサに気付いたのだ。
「いえ、私には断言出来る。
こんな世界に憧れている人間など、居ないと。
逆に私達の方が、別世界に憧れるべきなんだわ。
こんな世界は、クソ食らえよ」
「……あー」
ピコも既に十歳の頃からこの世界の矛盾については、痛感していた。
神書には〝家族は愛すべき者だ〟とあるのに、家族にとって子供とは労働力でしかない。
愛情の対象ではなく、ただ自分達の仕事を楽にする為の道具とさえ言える。
初潮、精通が起きた時点で子供達は結婚させられ、新たな労働力として子供を生す。
子供が子供を育て、その子供も何れは、家畜の様に働かされるのだ。
この生活に嫌気がさし、村から逃げ出そうとする者も居た。
だが村とは、完全な管理社会である。
村を出るには複雑な手続きが必要で、仮に不正が発覚すれば残された家族が罰を受ける。
村とは監獄に等しく、其処に住む農民に自由と言う物は無い。
「そうね。
いっそ冒険者にでもなれれば、少しはマシなのかも」
テイジーがそう愚痴ると、ピコは肩を竦めた。
「冒険者?
あの資格をとるだけで、様々な試験をクリアしなければならない、冒険者?
一年ごとに何らかの功績をあげなければ、資格を剥奪される冒険者にテイジーはなりたい?
というより、今は魔王の休眠期にあたるから、冒険者も商売上がったりみたいだよ。
魔族やモンスターはみな魔界に帰って、代わりダンジョンは罠だらけになっているとか。
ま、それでも冒険者の資格を持っている間は、村や町の義務を免除されるからね。
デメリットばかりではないかも」
それでも、国が冒険者を後押しする事は無い。
冒険者の行動は全て、自己責任である。
いや、不始末は冒険者が担い、功績の大部分は国の物になる。
国に甘い蜜を吸い上げられるのは、農民も冒険者も変わらない。
そう言ったシステムがあるからこそ、国は特別に冒険者という職種を認めているのだ。
「それもこれも、国家が自分達に富みを集中させたいからだろうね。
誰かが貧しなければ、国家が富む事は無い。
その事を知っているが故に、国家は国民を徹底して管理する。
ぶっちゃけ国民皆が幸せになれないのは、生産力が低いからだよ。
富が万人に行き渡らないから、少数の人間は多数の人間から搾取を繰り返すしかない。
もっと物資や作物が楽に作れれば、何かが変わると思う」
因みに、ピコもテイジーも今年十六歳になる。
多くの書物を読んで勉強をしているとはいえ、農民がここまで言えるのは驚異的だ。
ピコには他の農民に見えていない物が、見えているのかもしれない。
「生産性?
物資や作物が楽に作れれば、何かが変わる?
まるで、雲を掴む様な話ね。
それは、長期的なビジョンのもとに、行われる事でしょう?
私は今すぐ、生活を楽にしたいの。
誰も彼も、排泄物を道端に捨てるこの生活から抜け出したいのよ。
だって、前にピコも言っていたじゃない。
流行病が起きるのは、村自体が不衛生な為かもしれないって。
その説が正しいとすれば、何れこの村も隣村の様に、疫病が蔓延する事になる。
愉快な事にそうなったら、真っ先に逃げ出すのは宗教家らしいじゃない。
自分達に従う者には外面が良くて、反抗的な者は即座に拷問室送りにするあの連中らしいわ」
もうこの時点で、世界は何かがズレている。
テイジーとしては、そうとしか思えない。
なまじ知識がある分、テイジーは中世期の過酷さを痛感してしまう。
〝これなら無知なままの方が幸せだったのでは?〟と感じる事さえあった。
それなら神様の教えを盲目的に信じ、仕事に打ち込めただろうから。
「……本当に、何がオカシイのかしら?
何をどうすれば、私の生活の質は向上する?
それとも私ってこのまま、父や母の様に過労死するまで今の生活が続くの?」
いや、それは無い。
テイジー・ナウナに限って、過労死する事だけはありえないだろう。
その事を知るピコ・ラウンズは、フムと一考する。
「そうだねー。
テイジーに頭脳労働は、無理っぽいし。
今の所、農民をやっているしかないのかも」
「いえ、もっとまじめに考えて。
私を幸せにする為に、その脳味噌をフル回転させるのよ。
ピコの頭脳は、その為だけにあると思いなさい」
「……えー」
真剣な表情を見せるテイジーに対し、ピコは苦笑する。
ピコとしてはテイジーとの会話を楽しむ余裕があったのだが、次の瞬間それは霧散した。
村の高台で夕日を眺めていた二人の前に、村長の息子が現れたから。
「――と、此処にいたのか、二人とも!
いや、そんな事はどうでもいい!
吉報だぞ、テイジー!
何と前に国から派遣された監察官が――テイジーを見初めたらしい!
この話がうまくいけば――テイジーは男爵夫人になれる!
我が村から、貴族の一員が輩出される事になるんだ!」
「へ?」
「は?」
テイジーは意味不明といった感じで、唖然とする。
ピコは笑顔を浮かべたまま、硬直する。
いま二人の運命を大きく変わろうとしているのだが――その事は誰も知る由もない。
◇
「――って、話が違うじゃないですか!
テイジーも私も、私が誰かにチェスで負けない限り結婚はさせないんじゃないんですかっ?」
ピコは村長の部屋に着くなり、そう声を荒げる。
確かにそれが、ピコと村長の取り決めだった。
中世期にあってピコ達が今まで結婚させられなかったのは、そういう理由があったから。
十六歳までテイジー達が独身を貫けたのは、ピコのお蔭でもあったのだ。
「いや、ピコらしくもない意見だな。
お前だってこれが良縁で、どうしようもない話だと分かっている筈だろう?
何せ、相手は貴族だ。
私の権限で、テイジーを誰かと結婚させるというレベルの話ではない。
私より遥かに上の権力を持つ男爵に見初められた時点で、テイジーの運命は決まったんだ」
「………」
今年三十になる村長は、温和な声でそう告げた。
ピコだからこそ、その言葉の重みはよく分かる。
農民である自分と、貴族との差を痛感するが為に、ピコは先ず言葉を失う。
「……え?
そうなの?
私が今まで結婚させられなかったのって、ピコが裏で手をまわしていたから?」
一方、テイジーとしてはその理由が分からなくて、首を傾げるばかりだ。
いや。
好きでもない相手と結婚させられるのは御免なので、テイジーとしても言う事は無い。
ただ、このピコという幼馴染が何を考えているのか、テイジーには分からないのだ。
そのテイジー・ナウナと言えば、確かに美少女と言える容姿をしていた。
黒く癖のある髪を背中に流し、ややつり目な感じは男心をくすぐる。
如何にも活発そうなその仕草は堂々としていて、見る者の心を躍らせた。
そのテイジーが今まで独身だったのだから、周囲の人々はさぞ不思議に思っていただろう。
その謎が解けた所で、テイジーはもう一度首を傾げる。
「あの、貴族ってお金持ちって事ですよね?
つまり、私も裕福な暮らしが出来る?」
素朴な疑問を投げかける、テイジー。
そんな彼女を見て、ピコは思わず顔をしかめそうになった。
「――うん。
確かに裕福な暮らしはできると思うよ。
その貴族が、テイジーに飽きない間は。
ええ、そう。
テイジーは所詮、どこまでいっても農民に過ぎないんだ。
形式的には婚姻する事になるだろうけど、テイジーも大勢いる側室の一人に過ぎない。
特に農民の出のテイジーは、その立場を大いに軽んじられるだろうね。
他の側室達の不興を買って、いびり倒されるのがオチだと思う」
「ピコ!」
〝それは正直すぎる意見だろう!〟と村長が口を挟む。
村長としてはあの冷静なピコが、先程から失言を繰り返している事が信じられないのだ。
実際、当事者であるテイジーは愕然とした。
「……え?
それは……本当に?
私って、飽きられたら捨てられる運命……?」
「………」
故に村長は恨めしそうな目で、ピコを見る。
そのピコの容姿も、出来過ぎといえば出来過ぎだ。
白い長髪を後ろで纏め、何時も白い服を好んで着ている。
常に穏やかな眼差しをしている彼女は、今は呆れた様に眉根を歪ませていた。
「それでもこの村をその貴族に、気にかけてもらう為、テイジーの婚姻は不可欠という訳ですか。
確かに村長にとっては、いい縁談でしょう。
これで男爵家とのパイプが、築けるのだから」
「ピコ!」
普段のピコなら絶対に言わないであろう事を、彼女は言い続ける。
遂に町長はピコに手をあげそうになったが、寸での所で思い留まった。
「お前がテイジーを大事に思っている事は、私も知っている。
だが、私は同じ言葉を繰り返すしかない。
男爵がテイジーを見初めた以上、この縁談は絶対だ。
私でも、もう止め様がない」
「………」
それはそうだろうと、漸く冷静さを取り戻したピコも思う。
村長と男爵では、その格差は絶大だ。
男爵側には村長の生殺与奪権さえあって、村長を家族ごと罰する事さえ出来る。
それだけの力の差がある以上、これは一種のワンサイドゲームなのだ。
この村の長である彼でさえ――テイジーの婚姻には口出しできない。
「……愚痴があるなら、私が聴こう。
それで納得しろ、ピコ。
お前が思っている通り、これはこの村の為でもあるのだ」
「………」
それは只の村人に対しては、最大級の待遇と言えた。
本来なら有無を言わさず折檻して、檻の中に閉じ込める権限が村長にはあるのだ。
それをしないだけ、この村の村長は紳士的とさえ言える。
その温情を感じ取ったピコ・ラウンズは、静かに頭を下げた。
「――分かりました。
取り乱して、申し訳ありません。
この件に関しては二度と口出しいたしませんので、どうぞそれでご容赦ください」
「………」
それで怪訝な表情を見せたのは、村長とテイジーだ。
テイジーは〝え? 私、もしかして見捨てられた?〟と思う。
村長はピコが何を考えているか、読む事が出来ない。
結果、村長はテイジーとピコが退室した後、息子にこう命じた。
「村の誰かに――ピコ達を監視させろ。
いや、今は監視だけでいい。
下手に刺激すると、かえって何をしでかすか分からん」
時刻は既に、午後六時半を回っている。
それでも夏の熱気は、容赦なく部屋の空気を焼いていた。
何かが始まりそうな予感を覚えながら――村長はただ大きく息を吐いたのだ。
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