一月二日【椿】
03
花言葉は「控えめな素晴らしさ」「気取らない優美さ」
04
その人は、いつも少し後ろに立っているような人だった。
話し声は小さく、笑う時には決まって口元に手を添える。
華やかな場において、目立つわけではないのに、気がつくと視線が彼女を追ってしまう。
そんな不思議な人だった。
寒空に、太陽が控えめに輝く季節、私は彼女と古い庭園を訪れた。
観光客は少なく、石畳と苔に覆われた寂れた場所。
色の少ない庭の奥で、彼女は立ち止まり微笑んだ。
「この花、綺麗でしょう」
指さす先には、深い紅色の花が一輪、静かに咲いていた。
派手に群れ咲くこともなく、香りを誇るでもなく。
ただ、凛として枝に止まっている。
「椿の花は、綺麗に落ちるんです」
また、微笑んだ。
口元を隠し、目元を細め。
柔らかい空気になんとも言えない切なさを含んで。
椿は花弁を散らさない。
最期の瞬間まで形を崩さず、ある日ふっと地に落ちる。
その潔さを、彼女は綺麗と表現したのだ。
私はその言葉の奥に、彼女の心の形を見た気がした。
努力を語らず、苦しみを誇らず。
誰かの影に立つことを選びながら、それでも決して自分を粗末にしない人。
風が吹き、枝が揺れた。
一輪の椿が音もなく地に落ちていく。
その瞬間、胸が締め付けられた。
目立たないということは、価値がないということではない。
そんなことがあっていいわけがない。
声を張らない優しさも、飾らない強さも、確かにここに在る。
彼女は空を見上げ、ゆっくりと呼吸をしてみせた。
目を閉じ、姿勢を正して。
今、彼女は誰のために何を思っているのか。
その誰に見せるでもないその所作は、ひどく美しく見えた。
控えめな素晴らしさとは、選び続ける姿勢なのだと思う。
気取らない優美さとは、誰に気づかれなくとも、自分を曲げないことなのだと。
帰り道、彼女の歩幅に合わせながら、彼女の隣を歩いて確信した。
あの庭園で、一番美しかったのは彼女だったのだと。
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