第2話 声掛けちゃった
昨日立てた作戦を実行する日が来た。
今日は店を開けてからずっと店先で椅子に座って外の様子を見ていた。はたから見たら、怪しいかもしれない。でも、あの子に声を掛けるって決めたんだ。
あまり人通りをじっくり見ていると、変な人だと思われる可能性がある。ちょっと虚空を見つめながら街行く人へ視線を巡らせていた。
あっ。来た。
いつもと同じ少年が店の前を通る。何か手伝いをしているようなんだけど、だったら服を買ってあげればいいのに。そんな文句を心の中で口にしながら視線を向ける。
一回通り過ぎてまた通る帰りを狙おう。
これは、なんか付きまといと思われても仕方ないかもしれない。あんな奴らがやっていることとおんなじじゃない?
大丈夫かな。私。
「ねぇ、今ね。服を譲ってくれたら新しい服を提供するキャンペーン中なの」
「えっ? 何それ?」
眉間に皺を寄せてガッツリ睨まれてしまった。耳が立っているところを見るとめちゃくちゃ警戒されているみたいだ。
これは困った。どうやって警戒を解いたらいいものか。
「えーっと。その今来ている服をくれたら、新しい服をプレゼントしてるのね?」
「うん。さっき聞いた。なんでそんなことしてんの?」
うわぁ。もっともな意見だ。どうしよう。
「あのね。その穴の開き具合がいいなぁと思ったんだぁ。だから、新しい服と交換してくれない?」
かなり苦しい言い訳をしちゃった。どうしよう。余計怪しまれたかな?
声を詰まらせて悩んでいるようだった。
「ダメ……かな?」
「いやぁ。母さんに怒られなきゃいいなぁと思って……」
そっかぁ。一人で判断するのはまだ無理か。お母さんの許可が必要になるのは誤算だった。別にそれでもいいけど……。
「……でも、母さんが楽になるならいいか。服のことも気にしてたしな。タダですよね?」
「うん! あげるから着てみてくれる?」
「はい。僕でよければ」
やったっ!
遂に服を貰って、新しい服を着せることに成功した!
「これ、着てみて?」
昨日新しく縫った服を渡して着てみるようにお願いしてみる。ちなみに、下は大丈夫そうなので上だけだ。
試着室へ案内して着替えてもらう。
布の擦れる音が響き、しばらくすると音がなくなった。
カーテンが開くと私の作った服を着ているその子がいた。
「うんっ! 似合ってるね!」
ちょっと作業シャツっぽくした。そして加護の効果は穴の修復なの。いいでしょ?
色はダークブラウン。獣人であるその子の毛並みは白。だから合うかなぁと思ったのよね。
「に、にあってるのかな?」
「とってもっ! 私の目に狂いはなかった!」
作る前にイメージしていた通りの姿だった。
「ちょっと、そこの椅子に座ってちょうだい」
「えっ? はい」
大人しく座ってくれた。その痩せている体も私は気になっていたの。お手伝いなのか仕事なのかを頑張っていることはわかってる。
でも、どんどん痩せていっている気がする。せっかく大きくなる成長期なのにもったいない。私の身長は小さいから説得力ないけど。
成長期にはたくさん食べた方が絶対に良いはずよ!
裏から持ってきたパンを数個トレイに載せて持って行く。
「これ、よかったら食べて? 買いすぎちゃったんだぁ」
「ゴクリッ」
のどを鳴らす音が聞こえた。
飲み物も紅茶を出した。
独特の香りが鼻を抜けて、気分が高揚していく。
「じゃあ、貰います」
ハード系のパンだけど、バターの効いたパンを一つ食べると目を見開いて固まる。
「はっ。はぐっ。んぐっ」
パンを一心不乱に頬張り、紅茶で流し込んでいる。紅茶もたくさん作っていたし、パンもまだあるからいいんだけど。
実は、料理が苦手なのよね。だから、作ってあげられない。でも、食べて欲しいから商店街のパン屋さんから買ってきて用意していたの。
「おいしい?」
「んぐっ……ぷはっ! すごく美味しいです!」
喜んでくれていてよかった。その少年の目には光るものが溜まっていた。どれだけ食べていなかったのだろうか。食べていたけど、少量だったんだろうか。
私がなんとかできるなら、これからも食べさせてあげたい。
「いっぱい食べて? あのね。もし、よかったら明日も来てくれない? 毎日買い過ぎちゃうんだぁ。残すの勿体ないしさ。残ったの捨てちゃうし……」
「捨てるならください!」
欲しいと言ってくれてよかった。
「うんっ! こっちも助かるから明日も来てね?」
「はいっ! また来ます!」
服を触ってなんか首を傾げている少年。
「どうしたの? あっ、名前聞いてもいいかな?」
「ボク、ボルグ。なんかこの服温かい気がする」
それは、温かくする加護は付いていないから、勘違いだと思う。ボルグくん。単純な話なんだよ。
「たぶんね、穴が開いてないからだと思うよ?」
「はっ! なるほど。穴が開いてるって駄目なことだったんだね!」
今気づきましたって顔してるけど大丈夫?
なんか、そんな大したことないと思ってたのかな?
結構穴だらけだったよ?
ちゃんともらった服は再利用して素敵に蘇らせるけどね。
それが私の腕の見せ所よ。
「そうだよ? ダメと言うか、単純に寒いよね。それはね、ちょっとの穴なら塞がるから大丈夫だから」
「なにそれ? 勝手にってこと?」
「そっ。だから、安心して?」
服をしきりに触りながら口角を吊り上げたり、口をへの字にしたり。眉間に皺を寄せたり。なにやら落ち着かない様子。
「どうしたの?」
「い、いやぁ。そんなの貰って後が恐いなって……」
その言葉に、たしかにそうかもしれないと思う一方で見損なわないで欲しいと思う気持ちが出てきてしまった。
「後からお金を渡して欲しいなんて言わないよ? 見くびらないで」
腰に手を当てて怒っているぞという意思表示をしてみたけど。そんなことされても困っちゃうわよね。でもね、私はそんなことする気全くないの。
ボルグは仰け反って私の勢いに押されているようだった。
「って言われても困るわよね。大丈夫。そんなことしない。信じて?」
ちゃんと目を見てそう話す。
そう。こういうことをして困っている人を助けたいんだけど。
それには、信用してもらうことが絶対条件なの。
「う、うん。お姉さんを信じる」
「あっ、私はユイ。自己紹介が遅れてごめんね。この店も
「ユイさん。ありがとう。お腹いっぱいになった」
嬉しそうな。力の抜けた顔を見せてくれたボルグくん。
そんな顔を見せてくれるなんて。
食べさせてよかった。
「よかったわ。またね?」
「はいっ!」
初めて笑顔が見られてよかった。
私の行動は間違っていなかったと思いたい。
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