幸服屋『結』
ゆる弥
第1話 ユイの悩み
四種族が世界に領土を持ち、小競り合いを続けている世界。そんな四種族の領土のちょうど重なるところに中立の町が存在する。
そこでの争いはご法度。
争うとすぐに警備兵に連れていかれる。
争いはないが、小競り合いに反対する人達が追いやられて苦しい思いをしながら生活していた。
「はぁぁ。またあの子、服に穴が開いてる」
店先に出ているといつも通る獣人の子。あの子の服の穴が見るたびに増えているのが気になる。
どうしたらいいんだろう。変に声かけると変な人だって思われちゃうしなぁ。
「まぁたユイちゃん難しい顔してるねぇ」
指で眉間を触りながら声をかけてくれたのは隣の道具屋のおじさん。いつも私を気にかけてくれる。
「なぁんか、できることないかなぁって……」
「まぁねぇ。ただ、この街はひとつの種族に肩入れすると、あとが怖いからねぇ」
「うーん。そうですねぇ」
ひとつの種族に肩入れするつもりは無い。ただ、あの子に新しい服を着せたいだけ。
公平な商売ならいいんでしょう?
それなら、ちょっといい考えがある。
「ねぇ、マグさん。商売なら公平にしなきゃいけないでしょ?」
「そら、そうだ!」
「それなら、何かを貰ってその見返りにお返しするのはれっきとした商売よね?」
顎に手を当てて少し考える素振りを見せるマグさん。「うーん」と唸っていたが、頷いた。
「そりゃあ、古くからある物々交換ってな商売方法だからな。いいだろう!」
よしっ!
マグさんの許可が出れば大丈夫だ。
実はマグさんはこの辺の商店街をまとめる会長さんなの。その人の許可が得られたんだからいいのよ!
ふっふっふっ。
私のこの商売は革命を起こすわよ?
そうと決まれば準備!
今ある布でイメージを膨らませながら服を丁寧に縫い合わせていく。
その針に薄っすらと見えるのは、頭に角の生えたニョロッとした針の精霊。なにやら楽しそうに踊っている。
「縫い物って楽しいわよね?」
精霊に話し掛けると飛び跳ねて喜んでいるみたい。布にも楽しそうにこちらを見つめている小さな正方形の精霊がいる。
「この世界は、物に精霊が宿っているからものを大切にできない人は嫌よね?」
精霊たちがうんうんと頷いていて可愛い。
「あの子は物を大切にしていると思う。だからこそ、手を貸してあげたいのよねぇ」
布の精霊と会話をしながら服の形へと成形していく作業は私の中ではとても楽しいもので。
いつの間にか鼻歌を歌っていたみたい。
「随分楽しそうね?」
後ろから声を掛けられて飛び上がっちゃった。
鐘がなっただろうに、気づかなかった。
集中しちゃってたみたい。
「あっ、いらっしゃいませー!」
服屋へお客さんが来ていたみたい。気づかなかった。気を付けないとダメだなぁ。はぁ。
「エプロンがボロボロでねぇ。何か私に合いそうなものあるかい?」
カウンターから出て商品のある方へと歩を進める。
ご贔屓にしてくれるこの人は、魔族のちょっと年上のお姉さんなの。背中には黒紫の羽が隠されているらしい。
店の中は奥がカウンターそこから見て左が男性物、右が女性物の服が陳列されている。
その右側のエプロンや割烹着のようなものが並んでいるエリアへ来た。この辺の首後ろと腰のあたりで結ぶタイプのエプロンがいいと思う。
「これなんかどうですか?」
「水色かい。可愛らしいねぇ。これはどんなエプロンなんだい?」
「これは、濡れてもすぐに乾いてくれるエプロンです!」
「そりゃ助かる! これにしようかね」
お姉さんの顔に笑顔が咲き誇った。この笑顔のために店を開いていると言っても過言ではない。
実は私の服は精霊の加護が付いている。ただ精霊さんとお話しながら楽しく縫っているだけなんだけどね。
よく言われるのは「幸服屋『結』さんところの服は着ていると幸せな気分になります」という言葉。
他のお客さんにはあまり知られていないけど、実際には幸福感を感じる加護が付いている服を着ているからなの。
それも私が精霊にお願いするんじゃなくて、こういう人がいてねぇと精霊さんと世間話をしながら縫うと話していた人に必要な感じの加護を付けてくれるみたい。
ただ、その人専用というわけじゃないから店には並べてるんだ。
皆にあげてたらお店続けられないからねぇ。
「ユイちゃんの作る服は不思議だねぇ」
お姉さんが服を見ながらそう口にした。
「ねぇ! 自然と加護をくれるからねぇ。精霊さんが」
「いやぁ。すごいねぇ」
私の場合、よくわからないの。なんで精霊が加護をくれるのかも謎で。巷では、魔法や精霊術なるものが溢れていて紛争に使われたりしていて私は悲しい思いをすることが多い。
店に入ってすぐの場所に、テーブルと椅子を置いてある。
「ユイちゃんとこはなんか落ち着くのよねぇ」
フヨフヨとお姉さんの上を丸い精霊が飛んでいる。あれは、日の精霊ね。日の当たるところにいて、人に当たるとパッと消えるの。
当たった人はちょっと温かくていい気分になるの。
この精霊は、お姉さんには見えないみたいだし、お客さんにも見えないみたいなのよね。この場所は、服にも精霊がいるし、食べ物にも精霊がいるの。
食べ物は買ったものなんだけどね。私は料理ができないものだから、近くのパン屋さんとかで調達する。それをおすそ分けしたりしてまったりした時間を過ごすの。
「はいっ! これどうぞ」
パンとコーヒーを出す。自分の分も置いて席に着く。
お姉さんは一口飲むと「はぁぁぁ」と大きく息を吐いて。
「落ち着くぅぅ」
と椅子の背もたれに体重を預けた。
「ふふふっ。ゆっくりしてってください」
「ユイちゃん、さっきのは子供服よね?」
「そうです。ちょっと商売のために作ってました」
口角を上げてそう宣言すると、お姉さんは目を大きくしてこちらを見つめた。
「ユイちゃんの口から商売なんて言葉を聞くなんて!」
「はははっ! 私だって少しは考えますよぉ」
コーヒーを一口含むと独特の香りが口へ広がり、後から程よい苦みが来る。これこれ。これは、獣人族の自然豊かな領地から採れたもの。
それぞれに特産があったりするからねぇ。
「明日は、作戦を決行します!」
私が宣言すると「ブッ!」と少しコーヒーを噴き出したお姉さん。
「ちょっとぉ。何急に? 何の作戦よ?」
「この街の、苦しんでいる人を助ける。その作戦の決行です!」
腰に手を当てて高らかに宣言した。
ここから、苦しんでいる人を救うため、動き出す!
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