07





「……本当に普通科から出たいんだ? しかも志麻と一緒に」




 翌朝、いの一番で生徒会室に向かうと、ちょうど中から出てきた生徒会長とドアの前ではちあわせた。ショートカットで背が高い、普通科二年の窓山文子(まどやま ふみこ)会長だ。



 申込書の締め切りは昨日までだから、今提出したって間に合わない。


 でもなぜか私はここにいた。



 自分でもわからないけど今朝起きて窓を開けたとき、秋澤理香子のピアノの練習の音を聞いたらもう、いてもたってもいられなくなったのだ。



 窓山会長は驚いた顔のまま、私から受け取った申込書を読んで言った。




「パートナーに脅されて持ってきたんじゃないよね? 無理やりだったら無視していいんだよ。私、志麻と同じクラスだから言いにくいなら言っとくし」


「一応は……脅されてないので大丈夫です」


「歯切れが悪いね。心が百パーセント乗り気じゃないように見えるけど」


「三十パーセントはやっぱりやめようかなっていう心と、七十パーセントは一応乗り気な心でここに立ってます」


「選択肢が二つあって、どっちかに五十パーセント以上傾いてるなら数字の大きいほうを優先したほうが賢い生き方だよ。それより志麻は一緒じゃないの?」


「ちょっといろいろあって」




 昨日の夜。指の休憩をとりながら、私達はあの後もひたすらピアノを弾いた。



 途中で志麻先輩に手伝ってもらって、押入れから昔の楽譜をたくさん発掘した。沢村先生の花丸や赤文字が残ったソルフュージュやハノンの本を見つけた志麻先輩は「基礎、ひととおりやってみろよ」と言って、私の練習につきあってくれた。




「ピアノは脱力が大事だって沢村先生に習ったろ」と私が忘れかけてたピアノのコツを交えながら、力を抜いたお遊びみたいな空気でやってくれたのがよかったのか、椅子の上に足をのせたり、先輩が途中で買ってきてくれたコンビニのアイスを食べながら、だらだらと長い時間ピアノを弾いた。



 弾き終わると、志麻先輩はページの上に新しい花丸を書いてくれた。



 そのまま志麻先輩は私の家に泊まったのだ。もちろんそこにロマンスが生まれることは断じて断じて、断じてない。



 単純に疲れて志麻先輩はリビングのソファで爆睡。声をかけても起きないから、私は置き手紙を残して、学校にくるほかなかった。



 申込用紙は、志麻先輩のカバンの中から勝手に拝借した。



「あの、やっぱり受理してもらえませんか?」


「うーん……」


「締め切りが過ぎてるのは知ってるんですけど……」



 不安がる私に、窓山会長は申し込み用紙から顔をあげるなり「うん、いいよ。受理するよ」と拍子抜けするほどあっさり言った



「情報抜けもないね。これ生徒会で預かっとくね。おって参加者には詳細連絡がいくから」


「え? 締め切り過ぎたのに受理してもらえるんですか?」


「なに言ってるの? 過ぎてないよ。締め切りは今日の放課後までだし」


「でも志麻先輩が昨日までだって。それに月島先輩も……まさか」




 窓山会長は私が渡した申込用紙をクリアファイルに挟みながら、「あなたのパートナーは人をはめて、巻き込むのが得意な人なんだから気をつけないと」と、笑った。



 


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