第14話

「むー、首に歯型がついてる。新しいマーキングってこと?」


近くで未来の声がする。

だが、それはおかしい。悪魔討伐・体験ツアーは昨日で全日程が終了した。僕はおじさんにマンションの下まで送ってもらい、未来とさよならして、帰宅。夜は自分の部屋のベッドに寝た。だから、この声は幻聴のはず…。


「跡消したいけど、私、治癒系の異能力とは相性悪くて使えないしなー。…削るか?」

「幻聴じゃ、ない!」


不穏な気配を察知した僕はまどろんでいた意識が一気に覚醒した。掛け布団を跳ね飛ばしながら、起き上がる。人の気配がした方を振り向けば、未来が枕元に立っていた。

未来はホテルで見た時のような寝間着姿だった。だが、髪はくしけずられていて、寝癖が見当たらないので、寝起きではないのかもしれない。

なんて冷静に観察しているように思えるが、僕はわりとパニクっていた。


「え?未来がなんで?ここに?」

「翔くん、そんなことよりさー」

「いや、そんなことじゃなくて…」

「大事な質問。明日香ちゃんのことは大切?」


未来がむすっとした視線を向ける先、僕の横、壁際には明日香が掛け布団にくるまって、くーくー眠っていた。三連休、僕が明日香のことを放ったらかしにした償いで一緒に寝ることを強要された。もちろん、どちらの両親の許可もとってある。

未来の脈絡のない質問に僕が困惑していると、未来が天井を見上げた。一体何が?


「早くして。目が開いている。時間がないよ」

「目?…えっと、明日香のことは大切だけど」

「それは幼馴染としてってことでいいんだよね?」

「うん」

「はぁー、もう、しょうがないなー。私は翔くんの悲しむ顔が見たくないの。だから、これは決して明日香ちゃんのためじゃないってことだけは覚えておいて」


未来はそう言うと、消えた。文字通り、忽然と。


「へ?どこに…ッ」


首を振って部屋を見回すと、未来の姿はすぐに見つかった。今度はベッドの上、明日香の体をまたぐように立っている。

僕が唖然としている間に、未来は人差し指と親指で形を作って眠っている明日香の額をピンと弾いた。いわゆるデコピンだ。


「てい☆」

「いっ」


明日香が痛みの衝撃に飛び起きるのと同時に、明日香の周囲が光り輝く。光のヴェールが明日香を上から覆っていき、完全に包まれたところで、ふっと消えて見えなくなった。


「今のは…」

「結界。これで明日香ちゃんは見つからない」

「見つからない?」


僕が理解が追いつかず首をかしげていると、ようやく状況を飲み込めてきた明日香がキッと未来のことを睨みつける。


「あなた、誰?その声、まさか…」

「直接会うのは初めてだね。一色未来だよ」

「ドロボー猫…っ」

「そんな風に睨むのはやめてほしいかな。私、あなたの恩人なんだけど」

「恩人って意味が…」

「明日香ちゃんのことは翔くんに聞いて色々知ってる。頭がいいのも知ってる。でも、異能力者をあまり甘く見ない方がいい」

「…」

「何をしようとしているかとかこれっぽっちも興味ないけど、軽い気持ちなら止めておいた方が身のためだよ。諦めて翔くんのことは全部、私に任せて」

「…軽い気持ちなんかじゃない」

「そ。忠告はしたからね」


二人の会話が終わった。直後、未来の姿はまたも消える。

僕はベッドの角に腰掛けて成り行きを見守っていたのだけど、突然、膝の上に重さがかかり、慌てて見下ろすと、こちらを見上げる未来と目があった。

結界のことだったり、二人の意味深な会話だったり、聞きたいことはあったが、それより前に、男のロマンはこれを先に聞けと僕の心に訴えかけていた。


「あの、未来さん…さっきからポンポン姿が消えているんですけど、転移しちゃってたり?」

「しちゃってたり」

「やっぱり!異能力者ってそんなことまで出来るんだ!」

「大量のマナを消費して大規模な儀式を行えば、あるいは?」

「え、じゃあ、未来がやってるのは?あと、さっきから術の発動に御札を使ってないよね?」

「あー…」


と未来は口ごもった後で答えた。


「私、翔くんの加護を書き換えたでしょ?」

「そうだね」


一昨日の夜のことだ。いきなりのことだったし、すごく痛かったしで、普段は温厚で名を馳せている僕もさすがに怒った。だが、理由が僕の加護を強化するためだったと聞いて許さざるをえなかった。なぜなら、僕も未来と比べた時、自分のマナの源泉の矮小さに思うところがなかったかと言えばウソだから。

現在の僕のマナの源泉は一昨日までと比べると出力の桁が違う。身体強化をいつも通りやるだけで強化具合は何倍も違う。

だから、僕は未来に感謝しないといけないのだろう。前もって一言くらい言ってほしかったというのが本音だけど。

それにしても。

上位存在の加護を書き換えられるなんて、さすが未来は同人漫画で桁外れな才能を持つと設定されているだけはあるなぁ。

気がかりなのは、朝食の時、未来と一緒にやってきたおじさんとおばさんが顔を青くしていたことだろうか。おじさんは僕と会うや否や、僕の胸に手を当てて、さらに顔を青くしていた。それは帰りの車内でも変わらず、二人はずっと口数が少なかった。


「翔くんの加護を書き換えたおかげで、私、異能力者として一段高みに登ったの。だから、これからは御札なしでも術を使えるようになったんだよ」

「おー、それはおめでとう。レベルアップみたいな感じ?」

「そんな感じかな」

「なるほど。…ねえ、関係ないけど。今さっきのセリフ、一段高みに登った、ってやついいね。僕の人生で言ってみたい名言トップ5にランクインしたよ」

「名言トップ5?ふーん、ちなみに1位は?」

「こいつら全員、俺の女だ――いったァ!」


膝上の未来が僕の首をがぶりと噛んできた。

痛みに僕が未来を突き飛ばす前に、僕の視界に長い足が横切る。

未来が膝上から消えていなくなり、蹴りを放った人物、明日香もベッドから床へ着地する。

明日香と未来が正面から対峙する。


「翔太にもう近づくな。翔太は私と結婚する。ドロボー猫はいらない」

「明日香ちゃんこそ諦めたら?翔くんは私と結婚するよ。指をくわえて見ててね」


そんな二人を僕はしらーっと見ていた。

結婚結婚と言っているけどさ、二人とも高校生になったらお金持ちのイケメンと細マッチョのイケメンにあへあへするんだから、結婚してくれる詐欺には騙されないよ、僕は!

そこへドアの向こうから母さんの声が聞こえてきた。


「翔太ー、明日香ちゃんと遊んでないで学校に行く用意しなさいー。明日香ちゃんも、遅刻するわよー」


未来はきょろきょろして学習机のデジタル時計に目をとめた。


「あ、ほんとだ。私も用意しないと。じゃあ、また今日の夜に遊びに来るねー」

「来るな!」


未来が転移していなくなった。

明日香はというと少しの間、未来がいた場所を睨みつけていたが、踵を返すと、洋服タンスの上に置いてあったウェットティッシュを何枚も手にとって僕の方に近づいてくる。

無言で首を拭いてくる。そこはさっき未来が噛んだ箇所だった。そうだよね、口の中は意外と雑菌が多いって言うし、ありがとう、でもちょっとアルコールが染みるなぁ…。


「いったァ!なんでまた噛むの!しかも同じ箇所ォ!血が出るって!?」

「うるさい」


僕はこの日、首に包帯を巻いて登校するハメになった。


◇◆◇◆◇◆


(京極町子視点)


私は会長室の椅子に深く座り込んだ。


「はぁ…」


疲労を感じてため息がこぼれる。

今の今まで、異能協会の地下にある祭儀場で儀式を執り行っていた。五大家の一つ、尼子家。かの家に代々伝わる天眼の術。上位存在から天の権能を借り受け、天から眼を開き、地上を見下ろす。その眼からはなんぴとであろうと逃れられない。例え、0と1に潜むサイバーテロの犯人だとしても。

そのはずだった…。

天眼の術を執り行ったのは尼子家当主。儀式には尼子家最高の傑物と名高い四代目の血も使用した。異能協会に正面から堂々とケンカをふっかけてくるくらいだ。当然、異能力に対する備えもしてあるだろう。だから、こちらも2日かけて万全の準備を行い、天眼の術で犯人もしくは犯罪組織を特定後、異能協会に待機している五大家の異能力者総出で攻撃を仕掛ける手筈になっていた。皆の士気も高く誰にケンカをふっかけたのか思い知らせてやると意気軒昂だった。

天眼の術で犯人を特定するという前提がくずされるとは思いもしなかった。儀式を執り行った尼子家当主いわく、最初は反応があり、位置は日本だと分かった。さらに近づき見ようとしたところ、反応が忽然と消えてしまった。おそらく、こちらに気づき結界の類で身を隠したのだろう…。

天眼の術を察知し、それに対抗する結界を張るなんて芸当、五大家当主クラスにさえできない。そんな化け物が日本いるわけがない…と考えたところで、私はかつて我々をその才能で震え上がらせた化け物がいることに思い当たった。今は秘書に命じて化け物の直近の動向について調べてもらっている。


ノックの音。入室の許可を出すと、秘書が入ってくる。


「それで一色未来についてだけど、何か分かったかしら?」


秘書は手帳を開きながら難しい顔をした。


「動向を諜報部に聞いてきましたが、彼女は確実に白ですよ。それでも聞きます?」

「お願いするわ」

「事件当日は一色未来は両親とD級悪魔の巣の討伐をしています。滞在したホテルも協会と提携するホテルで、ネットワークのアクセスログにも不審な点は確認されておりません」

「何か気になる点は?」

「一色未来と一緒にいた少年がいます」


秘書が手帳をめくった。


「少年の名前は斉藤翔太、12才。一般家庭出身の異能力者です。斉藤少年は長年、一色未来と友人関係にありまして――」

「はぁ!?あの化け物に異能力者の友人がいるっていうの!?うちの今日子ちゃんにはいないのに!?」

「町子様…」

「だって、今日子ちゃん、家にお友達を連れてきたことなんてないんだもの。いつでも連れてきていいよって言ってあるのに」

「町子様…」


秘書のジトーッとした目にさらされ、私はこほんと咳払いする。


「それでその少年が今回のサイバーテロにかかわっている可能性は?一色未来が友人なら結界で守ってもらったとか」

「ないですよ。斉藤少年も事件当日は同じホテルに泊まっていますし、当人もごく普通の子供です。学業成績は優れているようですが、逸脱しているわけではない。異能力者としての加護も弱いとあります。何より、斉藤少年と一色未来の自宅は車で3時間以上、離れた距離にあります。天眼の術が発動したのは今日の朝。そして、斉藤少年と一色未来はどちらも今日、各々の小学校に出席したことが確認されています」

「一色未来がいくら化け物でも個人で転移はムリよねぇ」

「ははは、それが可能だとしたら、それはもう人の域を超えてしまってますよ」


私は背もたれに寄りかかり天井を見上げた。

一色未来でないとしたら、異能力者として一色未来に匹敵する何者かが日本にいることになってしまう。それを協会は把握できていない。ゾッとする話だ。

何にせよ、こちらに打つ手はない。サイバーテロの犯人は警察の捜査を待つ以外になかった。


「そう言えば、斉藤翔太って名前、どこかで聞いたことがあるんだけど、どこだったかしら…」

「ほら、血液検査で邪気を受け入れる器としての素質ありと判明したイレギュラーの少年です」

「ああ!あの子ね!五大家以外から器が見つかるなんて思いもしなかったわよ。その子が協力してくれると、今日子ちゃんの負担が少し軽くなるのだけど」

「そうですね…」


沈痛な面持ちをする秘書を見て、私はため息をこぼす。


「あなた、その顔やめなさい。今日子ちゃん、出かけの時、あなたのことを見て苛立っていたわよ」

「申し訳ありません。邪気をその身に受け入れて以降、日に日に、今日子お嬢様のお顔が冷たくなっているように感じられて見るに忍びなく」

「気持ちは分かるけど、今日子ちゃんは今、邪気に侵されて憎しみの世界で生きているの。憐れみは蔑みに曲解してしまうわ。それならはっきりと物言った方があの子のためよ」

「肝に銘じます」


護国のためとはいえ、亡き夫との一人娘を邪気を受け入れる器として生贄に捧げないといけないというのは身が引き裂かれる思いだ。破滅が待つ命なのだとしたら、どんな形であれ、精一杯生きて欲しい。せめて友人の一人でも作ってくれたら…。

そこで斉藤翔太という少年のことを思い浮かべる。化け物と友人になれたのなら、今日子ちゃんとだって友人になれるはずよね?ええ、そうよ、なれないとおかしいわ。だって、うちの今日子ちゃん、最高にカワイイから!

私は近い将来、邪気を受け入れる器の件で斉藤翔太に会う必要がある。その時、今日子ちゃんのことを紹介しよう、と心に決めた。もし今日子ちゃんを拒絶しようものなら、ふふふ…。


◇◆◇◆◇◆


――――――


邪気というのは悪魔の巣の結晶のあれです。不活性化した結晶は回収され…って話です。

ここで一区切り。次話からは主人公は中学生になります。

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