第9話
悪魔の巣に突入した僕たち。
視界にまっ先に映ったのは、広い空間だった。
よく広さを表すのに野球ドームで例えるが、それくらいに広い。
天井は大量のアメジスト色の結晶の柱が生えて出来ていた。床は平らだが、同じ結晶色だ。
結晶が光っているようには見えないが、不思議と周囲は明るく見通せる。
そして、その空間にいるのが、僕たちが倒すべき相手、悪魔だ。
情報によるとD級悪魔。
D級悪魔はネットのドキュメント映像で予習してきたが、実物は思った以上にドロドロとした見た目をしていた。辛うじて人型だと分かる。黒ずんだ身体で、足をずるずる引きずるようにして歩いている。こちらに顔が向いた。二つの目と一つの口が深い穴のようにさらに黒かった。
そんなD級悪魔がこの空間には何十体もいた。
それら全ての光景が非現実すぎて僕が呆気にとられていると、手をつないでいた未来がぶるりと震えた。
「ここ、気持ち悪い…」
「確かに。あの悪魔、気持ち悪い見た目をしてるね」
「違うよ。この場所がだよ」
僕には未来の言うことがイマイチ分からなかったが、それに答えてくれたのは、先に悪魔の巣に入っていたおじさんだった。
「それは邪気のせいだね。悪魔の巣を構成する結晶からは常に邪気が発せられているんだ。邪気は人間にとっては毒だ。特にマナを持たない無能力者にとっては。外の結晶の方は封印の術の効果で邪気も抑えられているんだけど、中にはそれが及ばない分、邪気は濃くなるね」
そう説明してくれるが、僕はそれを聞いているか怪しかった。
なぜなら、おじさんの手に持つ武器に目が釘づけとなっていたからだ。
うひょぉ!炎の槍だ!かっけー!
その槍は長さ二メートルくらいだった。ただし、青い炎でできた。
蒼炎の槍は常に全体がゆらゆら、ちろちろと揺らめいている。でも、不定形な感じはしない。刃の部分、柄の部分、飾りの部分がはっきりと分かる。
そう言えば、僕たちの周囲は不自然なくらいぽっかり悪魔がいないな。
おじさんがその槍ですでに倒したのだろう、きっと。
「はっはっは、翔太くんはこっちの方が気になるみたいだね」
「ごめんなさい!でも、その通りです!」
「素直でよろしい。私は槍の術が得意で主にこれを使う。そして、妻は…」
おじさんが僕たちと一緒に中に入ってきたおばさんへ目をやる。
おばさんが御札を人差し指と中指に挟んだと思ったら、御札が燃えてなくって、代わりに蒼炎の弓を手にしていた。おじさんの槍と同じく、炎だが本物のような質感がある。
「妻は弓の術を使う。私が近距離担当、妻が遠距離担当でコンビネーションを組み、普段は悪魔と戦っている。まずは私たちが戦うところを見せようか」
おじさんが悪魔に向かって歩いていく。
悪魔はある程度近づくと、おじさんを敵とみなし、ずるずると動きだす。
察知範囲のようなものがあるみたいだ。
『ahhhhhhh…』
悪魔が低い唸り声を上げるが、おじさんは気にすることなく蒼炎の槍を突き出す。
刺さった場所から青い炎が吹き上がり、悪魔が短い悲鳴を上げる。そして、炎が消えると悪魔はもういなかった。あっけないほど簡単に倒されてしまった。
おじさんはこの後も次々と槍を振るい、悪魔を倒していく。
一方、おばさんはというと、蒼炎の弓を構え弦を引っ張る動作をしたら、そこに炎の矢が出来上がった。発射する。遠方の悪魔に命中し炎が吹き上がる。悪魔は察知範囲外からの攻撃に悲鳴を上げるだけで何もできず消えてしまう。
「ほわぁー」
「んふふ、翔くんってば口が開きっぱなし」
「それはすまねえ…ほわぁー」
「んふふ、やっぱり翔くんが一緒でよかったな。翔くんと一緒ならこんな場所でも楽しく思えてくるよ」
しばらく僕たちが観戦していると、おじさんとおばさんが戻ってきた。
おじさんが蒼炎の槍を肩にかつぎながら言う。
「それじゃあ、そろそろ二人の出番だ。最初はどちらから行く?」
僕と未来は目をかわす。
未来の目にはまだ不安の色があった。
なので、ここは僕が先に立候補した。
そこでふと気づく。
「あれ僕ってどうやって戦うの?」
昨日、血のインクを作ったばかりで御札なんて用意してないんだけど。
素手か!?素手なのか!?
僕がファイティングポーズを取りながら、歩みだそうとしたところを未来に止められた。
「はい、翔くん。これを使って」
未来はこの日、昨日のおしゃれな格好ではなく、スポーツウェアとアウターを着ていた。
そして、腰にはカードケース付きのベルトを巻いている。
彼女はカードケースから御札をごっそり抜き取って、その束を僕に渡してくる。
「こんなにいいの?」
「うん。翔くんは術を使うの初めてだよね?余分に渡すから遠慮なく使ってね」
「ありがとう。あと、これって血のインクは未来のやつを使っていると思うんだけど、僕にも使えるのかな?」
「ぐるぐるを思い出して」
「なんで、ぐるぐる?」
「翔くんは私のマナに干渉できるようになったでしょ?私の血のインクで書かれた御札の呪文には私のマナが宿っているから、干渉しながらマナを流すと流しやすいと思う」
「ああ!あれってこんな所につながるんだ!」
「なーに?遊びとでも思ってたの?」
「割と」
「そんなわけないじゃん!とにかく、翔くん。がんばって!」
僕は御札の束を服のポケットにねじ込んで1枚だけ手に持つと、未来の応援を受けながら、まだ数多く残っている悪魔の一体に近づいていく。
後ろからはおじさんが着いてきてくれているから、万一のことがあっても安心だ。
そして、僕はドロドロとした人型のD級悪魔と初対峙する。
察知範囲外のところで立ち止まってから、見様見真似で御札を人差し指と中指に挟む。
あれ?そういや、これって何の術なんだろう?
まあ、やってみれば分かるよね…。
僕は心臓近くにあるマナの源泉からマナを引っ張り出し、御札に流し込む。
すると、御札はぴんと立ち上がり、青い炎となって燃えてなくなる。
直後、僕の目の前にはサッカーボール大の蒼炎の玉ができていた。轟々と輝いている。
これはもしや…!ファイヤーボールというやつ、か…!
よっしゃァッ!いっけェエエエ!
僕の気合に呼応した蒼炎の玉は一直線に進む。
悪魔にぶち当たると、青い炎が弾けるように燃え広がる。
『ahh…』
悪魔の短い悲鳴が聞こえ、炎と共に悪魔は消え去っていった。
「やった」
「おめでとう、翔くん」
「うん!ありがとう!」
すぐ近づいてきた未来の賛辞に、僕は自然と満面の笑みになりながら答える。
初めての術を初めて成功させ、D級という最弱の悪魔といえど、一発で倒すことができた。
もしかして僕の異能力の才能が目覚めちゃったかー、そうか、目覚めちゃったかー、とニマニマしていた僕は、この後すぐにそれが勘違いだと分からされる。
「今度は私の番だね」
「がんばれ、未来」
そう応援しながら僕は、同人漫画「当たり前に寝取られる僕(異能力者編)」を思い出していた。ヒロインの一色未来はうまく異能力を使うことができず落ちこぼれと言われていた。主人公の斉藤翔太が未来の練習を応援することで、二人の仲は接近するんだった。ということは、今の未来って術に失敗するのかな。慰めの言葉を考えておかないと。
「…あれ?悪魔に近づかなくてもいいの?」
「翔くんが近くにいる方が安心するからね。翔くん、見てて」
未来がカードケースから抜いた御札にマナをそそぎ燃やす。
次の瞬間、僕は目を剥いた。
彼女の前に青い炎の鳥がいた。
まるで生きているかのように大きな翼を広げ滞空している姿は、一見鷲のように見えるが、長い尾羽根がそれを否定する。幻想的な鳥だった。羽の一枚一枚に炎が宿り、青い火の粉を散らしている。
未来が手のひらを前に出すと、それを合図に蒼炎の鳥は飛んでいく。
風をきって向かう先には、悪魔が四体、塊でいた。
蒼炎の鳥がなでるように四体の間を通り過ぎる。
ボボボボッと連続で炎が吹き上がり、四体の悪魔は一瞬のうちに倒されてしまった。
攻撃を終えた蒼炎の鳥は再び未来のもとに帰ってくると、そばを滞空する。
同人漫画の設定どこいった!
小6の段階で異能力を使えるなんて、どこでシナリオから外れた?いや、まあ、最終的には、未来は細マッチョのイケメンにあへあへするんだから、小6で異能力を使えようが高2で使えようが、誤差だな、誤差。
それよりも。
そのドチャクソ、カッコイイ奥義みたいな技の方が気になります!
「未来!すごい!すごいよ!」
「うん、よかった。私も悪魔をちゃんと倒せたよ」
「そっちもおめでとうだけど、僕が言ってるのは術の方!」
僕は今も飛んでいる蒼炎の鳥を羨望の眼差しで見つめる。
「いいなー、僕も使ってみたいなー」
「翔くんも使ったよね?」
「え、僕のあれはファイヤーボールでしょ」
「ファイヤーボール?翔くんがさっき使ったのは私と同じ鳥の術だよ」
「いやいや、未来さん。僕をトーシローと思ってからかってもらっては困りますよ。あの火の玉が実は火の鳥だったなんて、そんな馬鹿なことがあってたまるかって…マジィ?」
「うん。だって、翔くんの御札、私のと同じだし」
なおも信じられなかった僕はポケットに入れていた御札の束から一枚を未来に渡し、術を発動してもらう。結果、未来の周りを飛ぶ蒼炎の鳥が二羽に増えた。
ようやく現実を受け入れた僕はその後も繰り返し鳥の術とやらを放つもファイヤーボールにしかならず、対して未来は最初の不安げな様子がウソみたいに、二羽の蒼炎の鳥を操って、悪魔を次々と燃やしていく。
ほどなくして僕たちは全ての悪魔を殲滅した。
いや、ほとんど未来がやったのだけど。
「お疲れ様、二人とも。怪我はないかい?」
「うん、ないよ」
「僕も同じく…」
「未来はさすがの出来だ。術の威力と精度、持続力、どれも申し分ない。翔太くんの方は鳥の術がうまく使えなかったみたいだね。後でアドバイスしてあげよう」
「よろしくお願いシャス…」
僕はガックリ肩を落としつつ頭を下げる。
「じゃあ、その前に悪魔討伐をきっちり完了してしまおうか」
おじさんが視線を悪魔の巣の中央へと向ける。
そこには妖しい輝きを放つ召喚陣があった。ファンタジーアニメでお馴染みの魔法陣みたいな形をしていた。悪魔の巣の悪魔はあの召喚陣から生み出される。つまり、召喚陣がなくなれば、悪魔はもう生まれない。
おじさんが蒼炎の槍を構え、助走をつけ走り出す。
地面を蹴った。身体強化を使ってのハイジャンプ。高い位置から魔法陣に向けて槍を突き降ろす。
この日一番の炎が吹き上がり、召喚陣を燃やし尽くす。
こうして今日一件目の悪魔討伐は終わりを告げた。
――――――
もう少しつづきます。
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