第7話

11月の三連休の初日。

今日から三日、未来の一家と悪魔討伐・体験ツアーに出かける。

というわけでミニバンで街中を移動中だ。

かくいう僕は後部座席で過ぎゆく街並みをぼんやり眺めている。


『マーキングしとく…んぅ』


今朝、出発前に自宅にやってきた明日香に問答無用でキスされた。もちろん、休日で休みの父さんと母さんに隠れて、だ。

いまだ残っている気がする唇の感触に、せっかく収まりかけていた体の火照りが再発する。

明日香に強引に唇を奪われてからすでに数日経っている。その間も、もう片手で数えられない回数、明日香とキスしている。正確には、されている。僕はぎくしゃくしてしまうし、明日香は顔を赤くしながらも僕に感想を聞いてイジってくるし。もうね、ご褒美のチューとか、そんなレベルを完全に超えてしまっている。

僕は処女厨とまではいかないが、ファーストキスは大切にしてほしい派だ。

それをあんなあっさり…。

僕と明日香は彼氏彼女の関係ではない。しかも、明日香は将来、お金持ちのイケメンの彼氏ができるのだ。僕は悩んだ。悩んだ果てに、一つの天啓が降りてきた。この状況は明日香が同人漫画の寝取られヒロインであることにヒントがあるのではないか、と。

あの同人漫画のラストを思い出してほしい。幼馴染とはいえ彼氏でもなんでもない男に、明日香は自分のエッチしている動画を送りつけてくる。いやいや普通、送らないでしょ。カメラ目線のアヘ顔ダブルピースなんてもってのほか。

つまり、明日香は性に奔放である疑惑が出てくるわけだ。

そう考えれば、明日香が僕にためらいなくキスできるのも納得いく…気がする。


「そもそも、マーキングってどういうこと…」

「マーキング?」


僕のつぶやきに隣に座る少女が反応する。

今回、僕を誘ってくれた相手である未来だ。


「翔くん、マーキングって?」

「な、なんでもないよっ」

「あやしい…」


未来はジトーッとした目で追求するが、それをある程度でやめる。


「ま、いいや。それより、今日の私、翔くんから見てどうかな?」


未来が身を乗り出し期待した目で聞いてくる。

明日香についての考察はこれ以上はやめて、僕は要求通り未来の全身を見ていく。白いもこもこのついたコート、ミニスカート、タイツ、ファー、それと膝上にのせられたトートバッグ。ファッションに疎い僕らか見ても、オシャレさんだと分かる。何より、小学六年生になってカワイさにより磨きがかかった彼女の顔。薄くチークもつけているみたいだ。

僕はそれらを見終わって、ひとつうなずいた。


「僕たち、悪魔討伐に行くんだよね?動きにくくないかな?」

「0点!0点だよ、翔くん!」

「ごめんごめん、冗談だって。いたいから、やめて…君の拳、身体強化がのってるでしょ」

「むー」

「カワイイよ。すっごく。ほんとに、カワイイ」

「明日香ちゃんよりも?」

「それは、同じくらいかなー?」

「むー!むー!むー!」

「だから、いたいよ!?」


君たちはこの世界の二大ヒロインだから甲乙つけられるわけないじゃん。

未来の小さい手から放たれるドスドスという攻撃から身を守っていると、車を運転していたおじさんが笑い声を上げた。


「はっはっは、未来と翔太くんはほんとに仲がいいな」

「えっと、うるさくして申し訳ないです」

「そんなことない。私たちとしては未来が元気な姿を見られて嬉しいさ。なあ?」

「ええ。未来に同じ異能力者で仲のいいお友達ができるとは思わなかったもの」


助手席のおばさんが同意する。

まあ、異能力者は絶対数が少ないから、同年代の友人はなかなか難しいだろう。


「お母さん、翔くんと私はただの友だちじゃないよ。結婚するくらい好き同士なの」

「違います」

「むー」

「はっはっはっ」

「ふふふ」


そんな感じで車内はなごやか?な雰囲気で時間が過ぎていく。

しばらく経った後、おじさんが言う。


「今日はこの後も車での移動が続くんだが、未来、翔太くん、体調は平気かい?」

「うん、平気だよ」

「僕もです」

「それは重畳。途中、依頼内容の確認のため異能協会に寄るからね」


異能協会とは、日本の異能力者をまとめる半官半民の組織だ。業務内容は異能力や悪魔に関連する事柄について多岐にわたる。今回みたいな悪魔討伐は、国や民間から出されたものが異能協会を仲介して各異能力者に割り振られる。


「あの、わざわざ異能協会に行く必要があるんですか?依頼内容の確認だけなら、ネットとかで調べられたりできないんですか?」

「確かに異能協会の異能力者用の専用ページから受けた依頼の詳細は確認できるよ。でも、ページの更新にはラグがあったりするから、最新の情報がのってないことが稀だけどあるんだ。悪魔討伐では情報の欠落が命の危険につながるからね、できうる限りは異能協会に直接、確認に行く方がベストなんだ」

「へー、勉強になります」

「まあ、最近だと担当官とチャットのやり取りだけで済ませる人も多いよ。これからはそっちが主流になるかもね。それでだ、翔太くん。僕たちが依頼内容の確認をしている間、君は採血をしてきたらどうだい?」

「はぁ?採血、ですか?」


異能協会と採血にどんな関連性があるのか分からなかった。あれかな、悪魔と戦って怪我した異能力者のための輸血用にってことかな。

僕が考えていると、未来にちょんちょんと腕を叩かれた。


「これに使うんだよ」


未来はトートバッグからカードケースを取り出す。クレジットカードやポイントカードを入れる方ではなく、カードゲームのカードを入れるような直方体のものだ。

カードケースから1枚の紙を抜き取って渡してくる。

材質は和紙で、鳥居に似た模様や、漢字が書かれてあった。漢字も常用漢字でない複雑で読めないものも含まれている。

御札だ。

異能力者という呼び方は近年、世界で統一されたものだ。昔は日本だと陰陽師、霊媒師、退魔師、海外だと魔術師、シャーマン、錬金術師などと呼ばれていた。

そして、日本の異能力者が異能力を発動する時に使う最もポピュラーな道具が、御札だった。

僕の受け取った御札は、全てが赤い墨で書かれていた。


「いや、これ墨じゃなくて、まさか…」

「私の血だよ」

「ひょぇっ」

「んふふ、翔くん、ひょぇって何?んふふ、おかしい」

「驚くでしょ、普通…」

「まあ、正確に言うと私の血をもとにしたインクだよ」


最初、それを聞いた時、墨汁で書きなよ、趣味悪いよ、と思ったが、ちゃんとした理由があった。詳しく聞き取りしてみたところ、実際に戦いなんかで御札を使う際、御札の文字や模様に自分のマナを流して異能力を発動させるそうだ。だが、墨汁を使うとマナの通りが悪く、発動に失敗することが多いのだとか。

その点、血のインクはそうではない。体内でマナが湧き出るポイント、マナの源泉は心臓と重なる位置にある。つまり、血液は常にマナにさらされていて、採血したものにはマナが含まれている。それを処理して溶液と混合わせ出来上がった血のインクの御札は、すでにマナの通り道ができている分、マナが流れやすいのだとか。

そんな説明を受け納得した僕は採血することに決めた。


異能協会の建物はテレビのニュースなんかでも映ることが多いから知っていたが、改めて実物を見ると、横幅が広い三階建てのレンガ造りのそれは、周囲の近代的なビル群からは浮き世離れしたレトロな雰囲気を漂わせていた。

駐車場にとめた車から、おじさんとおばさん、そして僕が出る。


「あれ?未来はいかないの?」

「私は迷惑をかけちゃうからね…」


そうかも。用のない子供がうろうろしていい場所じゃないだろうし。

おじさんの方を見ると、おじさんはマジメな顔でうなずく。


「そうだね、それがいいだろう。未来、すまないが、留守番頼む」

「はーい…翔くん、早く帰ってきてね」

「うん、ちょっと行ってくる」


僕は駐車場から離れ、おじさんとおばさんの後に続いて建物の中に入った。

1階は一般的な役所の受付とそう大差なかった。

ちょっと肩透かしをくらった気分だ。

ただ待つ人の中に、神社でシデを振ってそうな神官風の人や、徳の高い念仏を唱えそうな僧侶風の人を数人見かけて、思わずおーと声を上げた。

受付の番がくる。

おじさんが受付嬢と話しだし、自分たちの要件と僕のことを伝えた。その時になって血のインクを作るにはお金がいると気づいたが、それはおじさんが払ってくれた。気にしないでいいと言われたので、申し訳なく思いながらも、子供の特権として甘えさせてもらった。

僕はおじさんとおばさんと別れ、2階に行く。

案内板の順路をたどって進むと、また受付があったので、そこで問診票に丸をつけたりしていると、すぐに順番がまわってきた。


「はい、ちくっとしますよー」


ところで採血の時、抜かれる血を見るか、見ないか。僕は絶対に見ない。僕の中からあんな赤黒いものがドクドクと出てくるのがグロテスクに見えて血の気が失せてしまうのだ。そういうわけで、僕は目をそむけ、採血部屋の入口の方を見ていた。


「失礼いたしますわ」


凛とした声とともに入ってきた少女を見て、僕の体に電流が走った。

前にも言ったと思うが、僕はメンクイだ。この世界の(寝取られ)ヒロインである明日香と未来を見続けた結果、目が肥えてしまった。

カワイイ女の子とイイ仲になってゴールインを!という野望を抱きながら、それがこれっぽっちも進展しないのは、僕を好きになってくれる女の子がいないという悲しい現実もあるが、明日香と未来に匹敵するレベルの女の子がいないという理由もあった。

だが、しかし。

僕は出会ってしまった。


「お探しの資料を持ってきましたわ。これで間違いありませんの?…よろしいのでしたら、わたくしはもう行きますわ。では、ごきげんよう」


少女は職員とは思えなかった。背丈は僕と同じくらいだし、何よりスクールブレザーを着ていた。ということは中学生かもしれない。

なぜ中学生が仕事を?なんて疑問どうでもいい。

なぜなら、今まさに少女は凛とした歩みで出口の方に向かっているからだ。このままだと立ち去ってしまう。

僕と少女の間はけっこう距離がある。ここで大声を上げようものなら、変な人と思われる。初対面で変な人認定されたら好感度の挽回が絶望的だ。

看護師サァン、まだですかァ!

もうズバッと抜いちゃってくださいよォ!ズバッと!

あぁ…行ってしまうぅ…!

僕の願いは届くことなく、残念ながら少女は出ていってしまった。

僕ははやく終われと注射器をガン見して終わるのを待った。


僕が慌てて採血部屋から出た時には、当然ながら少女の姿はどこにもなかった。

部屋に戻って、少女の名前だけでも聞こうかな、と思ったが、やめておいた。

自分の知らないところで、自分の事をこそこそ嗅ぎ回られたら誰だって嫌でしょ。

少女は中学生(多分)で、なぜか異能協会で働いている、ということが分かれば今は十分だ。


「ようやく寝取られない僕のヒロインを見つけたかもしれない!異能力者として活動を続ければ、きっとまた会えるはず!」


僕はぐっと拳を握る。

悪魔討伐に向け、やる気を俄然燃え上がらせた。

まあ、そんなやる気は空回りすることになるのだけど。


僕たちは異能協会での用件を終え、再び車に乗り込み出発した。

そして、やる気にみちみちていた僕をよそに、今日は一日、終始、移動だけで終わってしまった。

前もって言われていたが、昼間の出会いですっかり抜け落ちていた。

考えてみれば、未来のおじさんは早朝から車を走らせ、僕を迎えに行き、異能協会を経由して、県をまたいで依頼のあるこの街まで来たことになる。お疲れ様です、としか言えない。

強制クールダウンをくらった僕は今、ホテルの個室にいる。

ここは異能協会と提携しているホテルだそうだ。今日と明日、ここに宿泊することになる。

未来は僕だけが個室なのに不満そうだったが、それはそうでしょ、と僕は皆で夕飯を食べ終えると、さっさと部屋に行った。

シャワーなど諸々を済ませ、まだ寝るには早い時間。

こんこん、とドアがノックされた。


「翔くん、私ー」


ドアを開けると、寝間着姿の未来が小さいバッグを掲げながら入ってきた。


「お習字しよ」

「お習字?」

「御札に文字を書く練習」

「ああ!」


僕は自分のカバンから容器を取り出す。これには昼間作った血のインクが入っていた。受け取りは後日だと思っていたが、技術が確立しているそうで、短時間で出来上がった。


「それを使うのはもったいないよ。あくまで練習だからね」

「なるほど…でも、ホテルで墨汁使うのはよくないんじゃない?」

「ふっふーん、これは水で書く水習字なので、汚したりを心配する必要はありません」

「へー、そんなのがあるんだ」

「翔くん、これにお水入れてきてくれないかな?」


未来はナイトテーブルをベッド側に引き寄せて、テキパキと用意しだした。僕が容器に水を入れて戻ってきた時には準備は完了していた。


「それじゃあ、私がお手本を書いていくよ。御札によく使われる文字を書いていくね」

「…えっ、うっま」

「そうでしょー、小さい時からやってたんだ。…これで、最後、と。はい、次は翔くんの番」


未来は自分の書いたものを横に寄せ、新しい紙をのせる。

そして、筆と場所を譲ってくる。

僕はベッドに腰かけながら、筆に水をつけ、手本をマネて書いていく。


「んー、姿勢も肘の角度も悪いかな。私が直してあげるね」

「ちょっ!?胸が腕に当たってるって!?」

「んふふ、私、今、ブラしてないよ」

「だから言ってるんでしょ!」


未来が横から抱きつくようにして姿勢や肘の角度を修正してくれるが、腕に当たる、子供のたわむれでは済まされないやわらかさのせいで全然集中できない。


「翔くん、へたくそ。マジメにやって?」

「そっちこそ邪魔しないでよ!」


そんな風にわーぎゃーとうるさい習字の練習をやっていると、突然、未来に後ろに引っ張られた。僕は慌てて持っていた筆をテーブルに放った。

ベッドに仰向けになった僕の上に、未来が体をよじ登るようにしてのせてくる。

前からぎゅっと抱きしめられる。


「翔くんとこうするの、あたたかくて好き」


僕と未来のマナの源泉。

石ころのような小さいそれと太陽のような大きなそれが近づいたことで干渉し合っている。

2つのマナが混じり合い、ぐるぐると小さな輪の流れを作っている。


「…罰ゲームのちゅーはしないんだ?」

「なーに、してほしいの?」

「いや、そういうわけじゃないけど…」

「女の子にはただこうしていたい時もあるのです」

「そっか」


未来の体温だったり、風呂上がりのにおいだったり、やわらかさだったりを感じるが、僕も未来とマナの源泉を通わせるのは、もう何年もこれをしているせいか、落ち着く気持ちになる。

僕たちがしばらくの間、無言でそうしていると、未来が口を開く。


「ほんとはね、私、怖いの。悪魔となんて戦いたくないの。でも、異能力者は悪魔を倒すのが役目で、それに、お父さんもお母さんも私に期待している。逃げたいのに、逃げ出せないの。だから、翔くんが来てくれてよかった。翔くんと一緒なら明日の悪魔討伐も怖くないから。ありがとう…」

「未来の力になれたならよかったよ」

「うん」

「でも、未来は気にする必要はないからね。だって、僕、今の今まで未来のためだなんてこれぽっちも考えてなかった――ぐぇっ」

「そういうこと言わなくていいの!」

「ギブギブ、身体強化してる…あと、絶妙に首が、キマって…」

「まったく、もう。翔くんは肝心なところでデリカシーがないんだから。…あれ?翔くん?翔くん?」


未来が僕を呼ぶ声を遠くで聞きながら、僕の意識は落ちていった。

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