第13話 君が為に枯れずの桜
「……少し、長く話し過ぎましたね。そろそろデートの続きに戻りましょうか」
そう言って厄災ちゃんはまた俺の横に並び、俺もまた彼女に歩幅を揃えて歩き出す。
目的地は知らないまま。彼女が道中を楽しんでほしいと言ったのだから、存分にミステリーツアーを楽しむつもりだ。
もっとも、学校の敷地外に出ることは叶わないので、辿り着く先はどこだったとしても知った場所なのだが。
階段を下りられるだけ下りて長い廊下を進み、途中に寄った下駄箱で靴に履き替えて、そのまま昇降口を通り過ぎ校舎を出る。
思えば、こうして厄災ちゃんと外に出るのは初めてのことだ。教室を離れる際に予想していた通り、見上げれば満天の星々を余すことなく目に映せる快晴の夜であった。
「ところで、先輩は七不思議の四番目を知っていますか?」
「ああ、それならよく知ってるよ」
おそらくこの噂だけは、他全ての七不思議を知らない――オカルトに疎い生徒であったとしても知っているか、あるいは見たことがあるだろう。
『枯れず桜の木』の噂――五月の中旬になっても、未だ満開を維持している散らない桜。
校舎から外に出たことで薄々勘付いてはいたが、どうやら目的地は例の裏庭に咲く桜の木々のようであった。
「一応確認しておくが、あの桜の木が死者の血を啜って咲いているって噂は本当なのか?」
「桜の木の下には死体が埋まっている、ですか? 期待していたのであれば残念ながら、裏庭の土には死体など埋まっていませんし。かの桜が元気に咲き誇っているのは、周囲にライバルとなる樹木がない環境で栄養を独り占めしてすくすくと育った結果ですよ」
「いや、むしろ嘘であったことにはほっとしているが……それじゃあ、あの桜はただ散らないってことだけが、七不思議としての特性なんだな」
「うーん……まあ七不思議としての特性はその通りですが、怪異としての特性は違っていたりするんですよね」
「ん? 七不思議としての特性と怪異としての特性って、同じ意味なんじゃないのか?」
例えば、『悪魔の手』を象徴していた合わせ鏡であったり、妖精ちゃんを象徴するメイドと掃除の概念であったり。
桜花高校の怪異が七つ集まった形を七不思議と呼んでいるのだから、この場合における七不思議と怪異は同意義なのではないのか。
「はい、基本は先輩の認識通りなのですが……七不思議の四番目だけは例外でして。あの桜の木々は、桜花高校の七不思議が形作られる前から存在している怪異なんです」
「七不思議が生まれる前から!? ってことは、俺が入学する前からずっと、あの桜の木は怪異だったのか……」
桜花高校の真の意味での名所である小さな桜並木が実は怪異だったなんて、あまりにも身近過ぎる存在の真実に――灯台下暗しどころか、街を照らす灯台そのものが怪異であったという衝撃に、思わずリアクションの声が大きくなってしまった。
「けど、桜の木の怪異っつったって……確かに、今年は異常に長く咲き続けちゃいるが、去年までは普通に春が終われば花を散らしていたぞ?」
「ですから、その『散らない』ことは今年になって生まれた七不思議としての特性であり。元来から備わっている怪異としての特性はまた別なのですよ」
「じゃあ、怪異としての特性は一体……?」
「先輩も今、仰ったばかりじゃないですか。あの桜の木を――『桜の木』の怪異だって」
「……まさか!」
あの木が『桜の木』であるということ自体が、怪異としての特性であるということは――
「――あの並木は、実は桜の木じゃないのか!?」
「さすがの推理力ですね、先輩。前々から気付いてはいましたが、先輩の怪異に対する適応力の高さは、誇るべきものだと思いますよ」
「嘘だろ……そんなことってありなのか……?」
擬態――いや、違う。あの木が自ら変異したわけではない。
火は煙から生まれ落ちるのだから――誰もがあれを桜の木だと勘違いしたから、別の何かであったはずの木は桜の花を咲かせるようになったのだ。
『桜の木』の怪異として、人々の思いに応えるように。
「もっとも、あの木が本来は何の品種であったかまでは知りませんが。うろ覚えではありますけど、私が生きていた頃もあの木は桜の木だったはずです」
「見た目の通り、それなりに長く生きている木なんだな」
一般的な桜の木として有名なソメイヨシノは、平均寿命が六十年ほどと言われている。
それだけでも十分長くはあるが、もし仮に元がソメイヨシノ以上の寿命を持つ木であったとしたら、この学校が出来るよりも更に前から生えていたのかもしれない。
創立当時からあの樹木は、桜の木であったのだろうか。
「……ん? ちょっと待て。まさかとは思うが、今日の七不思議鎮めは桜の木を切り落とすことですなんて言い出さないよな?」
桜の木が『桜の木』の怪異であるのなら、七不思議を終わらせるために何らかのアプローチは必要である。
しかし、流石に伐採という選択肢は杞憂であったようで、厄災ちゃんは笑いを吹き出させながら「違いますよ」と手を振って否定した。
「確かに私達は今日、七不思議の四番目を終わらせます。ですが、沈静化に必要なのは伐採ではなく
「そういえば、最初に違いを話してたな」
『桜の木』という怪異としての特性と、『散らない』という七不思議としての特性。
このうち、『桜の木』であることは今回の『枯れず桜の木』の噂には関係がないので、二つの内の後者――ありえない時期まで咲き続けている桜が今日で正しく散ってくれれば、七不思議の四番目としての噂は終わらせることが出来る。
「じゃあなんだ、今夜は一晩かけて必死に枝から花を振り落とす作業か?」
「解決法が力技過ぎません? 先日、私達を助けてくれた
「ちょっとの冗談くらいは許してくれよ」
返しのツッコミの切れ味は、思ったよりも鋭かった。サディスティックな彼女の性格を知らなければ、柱に顔を埋めてしょげていたところだぞ。
あるいは、単に厄災ちゃん的に刺さらなかったのかもしれない。慣れないジョークなんて言うもんじゃないな。
「心配せずとも、今日のお仕事は今までで一番簡単です。『桜の木』の怪異にお願いして、今日で花を散らせてもらう――やることは、それだけですから」
そう言って前回は囮役で酷い目に遭ったわけだが、今回は身を削るような真似をする気配もなさそうなので、信頼してもよいのだろう。
今日をもって、狂い桜は花を散らすのだ。
「……さて、そろそろ目的地に着きますね」
「もうそんな頃合いか」
道中のデートを楽しむため、かなりのんびりとした足取りで歩いていたからか、普段より数倍以上の長い時間をかけ、ようやく俺達は目的の場所である裏庭に辿り着く。
本校舎の脇を通り抜け、そこから更に奥へと進み部室棟の角を曲がった先――桜花高校の裏庭の中心で『枯れず桜の木』は、今日も堂々と満開の花を咲き乱らせていた。
「どうですか? あの枝についている花の全てが怪異による偽装だと知った先輩には、この桜並木はどう見えていますか?」
「……ははっ、この綺麗な夜桜が偽物だなんて、真相を知った後でも未だに信じられねえよ」
その時、ひらりと風に流れてきた桜の花が、厄災ちゃんの頭にそっと降り落ちた。
物に触れられない――怪異であるはずの彼女の頭に。
「桜、髪に乗っかってるぞ」
「あら、そうですか? いくら怪異とはいえ、私の目は顔にしかついてないので気付きませんでした」
「取ろうか? そのまま乗せとくか?」
「取っていただいてもいいですか?」
厄災ちゃんが首を少し傾け、つむじをこちらに向けたので、髪に手を伸ばして指先で花びらを
艶やかな通りのいい髪も、可憐なピンク色の花びらも、どちらも架空よりの産物だとは思えないほどの質感を持っていて。
だけど、現実ではないからこそか。
「……夜に見る桜って、こんなにも綺麗だったんだな」
「その桜以上に君の方が綺麗だよ、とは言ってくれないんですか?」
「ははっ、よく言うぜ。やっぱり、それくらい自信家な方が厄災ちゃんらしいよ」
それからしばらくの間、俺は裏庭の隅にある外灯の柱にもたれかかり、厄災ちゃんと二人で今年最後となる桜を静かに鑑賞した。
人々に望まれて咲き誇る、偽物の桜の下。お互いに思うところもあった気がしたけど、今だけは暗い
明日ありと思う心の
今美しく咲いている桜が、明日も同じように咲いているとは限らないのだから。
「……そろそろ、終わりにしましょうか」
やがて夜も更けり、肌寒さが強くなってきた頃合いで、厄災ちゃんは今日を終わらせるための一歩を踏み出した。
今回ばかりは本当に、俺に出来る仕事はなにもない。それでも、俺は手伝いを約束した者として、彼女と並んで一際大きな桜の前に立つ。
厄災ちゃんは大きく息を吸い込んで、右手をそっと桜の幹に触れさせた。
「『桜の木』の怪異さん。今日まで七不思議のために咲き続けてくれて、ありがとうございました。ですが――もう、私は大丈夫ですから。あなたも元の怪異に――普通の桜の木に戻ってください」
そして――桜が散る。
はらはらと優美に花びらを舞い散らせ、七不思議の四番目はその座を降りる。
冷たくて体温のない、
「……先輩の手は、温かいですね」
「……厄災ちゃんの手だって、十分温かいよ」
散り行く桜の姿は、美しく目に映る。
されどもその美しさは、いつかくるさよならの時を示しているようにも見えて。
ちくりと胸を刺す痛みから意識をそらすように、俺もまた瞼を閉ざして見えない何かに祈った。
この日々が――この非日常が、明日もまた続いてくれますように、と。
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