間章 明日ありと思う心の仇桜
第12話 厄災ちゃんと夜の校舎デート
「デートをしましょう」
「……デート?」
三度目となる夜の学校探索は、そんな誘い文句で始まった。
五月も中旬を過ぎようとしている。冬の
天気は快晴、今宵は星もよく見えることだろう。まだまだ夜は手放せない学ランに袖を通し、その上から『夜の帳』を身に纏って教室を出る。
最近ようやく慣れてきたワープ挙動を経て廊下に出ると、いつものように先んじていた厄災ちゃんが俺を迎えてくれた。
「今日はどこに向かうつもりなんだ?」
「さあ、どこでしょう? 目的地を教えてもいいですが、せっかくのデートですし。あえて行き先を教えずに道中を楽しんでいただきましょうかね」
今日は妖精ちゃんの付き添いはない、初めての時と同じ二人での行動だ。
回数にしてまだ三回目のはずなのに、なぜだか懐かしい気持ちになる。
「どうします? 今日も恋人繋ぎで歩きますか?」
「魅力的な提案だが、遠慮しておくよ。この先も長い付き合いになるんだから、厄災ちゃんとは適切な距離感を保っておきたい」
「そうですか、意外と身持ちが固いんですね」
「意外って言われるのは心外だな。俺はいつだって紳士的なつもりだぞ」
「ふふっ……まあ、そういうことにしておきましょう」
含みのある言い方は引っかかるが、厄災ちゃんはこちらの言い分を理解してくれたようで。
絡ませようとしていた腕を引き戻し、代わりに半歩だけ距離を詰めながら、彼女は俺の隣に並んで歩き出した。
「一つ、確認しておきたいんですが、先輩にとって私は魅力的な後輩に見えていますか?」
「なんだ、藪から棒に。厄災ちゃんは、自分がかわいいってことを自分が一番理解してるタイプだろうに」
「私がじゃなくて、先輩からどう見えているかが知りたいんです」
「俺から? そんなのを知ってどうするんだか……」
珍しく真っ直ぐでからかいのない質問に、気恥ずかしさを感じながらも素直に答えを返す。
「……そりゃあ、魅力的だと思ってはいるよ」
「……そう、ですか。なら、ほっとしました。今日までの色仕掛けがまるで功を奏していなかったら、ちょっとだけ自信を失うところでした」
「色仕掛けって……やっぱり、出会い頭から距離が近かったのも、意図的なものだったんだな」
「もちろん。そうでなければ、初めましての異性に私を抱いてだなんて言いませんよ」
「そこまで貞操観念に欠けた台詞は口にしてなかったと思うぞ」
厄災ちゃんの中でかなりの誇張表現があったが、しかし実際に近しいことは起こっている。怪異であることを証明するために抱き上げさせるとか、事あるごとに腕や頭に手を伸ばしてボディタッチを仕掛けてくるとか。
いくら人間という珍しい存在が相手だからといって好意的過ぎると思ってはいたが、やはりハニートラップの類ではあったようだ。
「つーか、なんでそんな色仕掛けなんて真似を……いや、理由は明白か」
「はい、ご想像の通り。手を繋いだり身体を預けたりして色目を使い、私に協力したいと思うだけの魅力を――――私というちっぽけな怪異に価値を感じてもらう。そうして私は、先輩がするお手伝いの見返りを、私という存在の全てで清算しようと思っていたんです」
手伝いの見返り。そういえば最初に出会った時、厄災ちゃんは良心に訴えるような問いかけをしてきたっけ。
――ほんの少しでも罪悪感が芽生えたなら、私のお手伝いをしていただけませんか?
「最初は先輩の人の良さに付け込んでいましたが、善性にだって限界はあります。なんの見返りもなしに人助けをしてくれるほど世の中は甘くないし――――そして私も、無償の奉仕を信じられるほど素直な性格はしていなかった」
「…………」
「だから、利害関係が欲しかったんです。私は先輩に人間としての価値を見出し、先輩は私に人形としての価値を見出す。手元に置いておきたくなる可愛く従順な
無償の愛ではなく、損得勘定による繋がりを求める。その気持ちは、俺にも少し理解出来た。
どうして助けてくれるのか、なんで手を差し伸べてくれるのか。理由のわからない救いに
気まぐれに助けられたなら、気まぐれで捨てられる可能性をどう否定出来ようか。
「正直な話をすると、私は『悪魔の手』に襲われたあの時、先輩はもう私の手伝いをしてはくれないだろうと思っていました」
「確かに、思い返せば結構危ない目に遭ってたわけだしな」
一歩間違えれば、俺は『悪魔の手』に魂とやらを奪われていたかもしれないのだ。
好奇心と危険を天秤にかけ、身の安全を選択するのは間違いじゃない。
「では、意地悪な質問をします。先輩はどうして、まだ私を助けてくれるのですか?」
「……厄災ちゃんと過ごす時間が楽しいから、じゃだめか?」
「いいえ、胸が締め付けられるほどに魅力的な答えです。けど、つまりは私との時間が退屈になってしまえば、先輩はもう私を助けてくれないということでしょう?」
「ははっ、ひねくれた捉え方も出来たもんだな」
「ごめんなさい。今の私は、メンタルが病んだ面倒臭い女なんです」
面白いと思えば熱が入り、つまらないと思えば熱が冷める。彼女と過ごす時間が、己の身を危険へ晒すに値すると思えなくなった時、明日からも同じように七不思議と向き合えるのか。
今の俺では、絶対を約束なんて出来ないだろう。
「けど、人助けの理由なんて始まりは感情的なものだろ。なんとなく助けたいと思ったから助けて、そう思った理由は後付けで考えていくもので」
厄災ちゃんがかわいかったからとか、この非日常を楽しいと感じたからとか、具体性のあるエピソードで肉付けしていく。
感情という理由のない心の揺らぎを、理性で納得して受け入れられるように。
「そう……私が欲しいのはきっと、理由じゃなくて納得なんです。先輩を信じたいと思う感情に、自分が納得出来るだけの何かが欲しい」
「それは、見返りという形としての納得か?」
「もちろん、先輩が見返りを求めるなら、私は喜んで全てを差し出しましょう。色仕掛けではなく、私が先輩にそうしたいからという気持ちで。だけど、理由の前に納得を――先輩を信頼する私に、私が納得したいんです」
そう言って厄災ちゃんは足を止めると、学ランの袖を掴んで俺を振り返らせる。
「ねえ、先輩。一つ、私の話を聞いていただけますか?」
「いいぜ、どんな話なんだ?」
「私の過去――私がまだ、桜花高校の生徒として生きていた頃の話です」
「…………!!」
驚きがなかったと言えば嘘になる。
知識として持ってはいた。彼女が――七不思議の七番目が、実在した人間の幽霊だということは。
しかし、本人の口から語られるとなると、意味合いは異なってくる。
脚色と総括による編集がなされた歴史を学ぶのとは訳が違う、一人の少女が歩んだ人生を等身大の形で知ることになるのだから。
最初に出会った時、厄災ちゃんは自身のプロフィールに言及するような流れになると、決まって話をはぐらかしていた。だから俺は、彼女は自分の過去に触れられるのが嫌なのだと判断して、それとなく話題を避けるようにしていたのだが。
信頼の証――納得をするために必要な工程、ということか。
「厄災ちゃんも、この学校の生徒だったんだな」
「はい。と言っても、私には過去の記憶がほとんどないので、どんな学生時代を過ごしていたかは覚えてないのですが」
「記憶を失っているのか?」
「七不思議の怪異として生まれ落ちる際に、生前の記憶の大部分が抜け落ちてしまったようでして。辛うじて覚えていることがあるとすれば、私はこの学校の一年生であったこと。それから、二年生になる前に死んでしまったということですかね」
「…………」
わかってはいたが、その早すぎる命の終わりには悲嘆が隠せなかった。
「死の間際、私はこんな形で学校生活が終わっちゃうのは嫌だなって思ったんです。そうしたら次に目を覚ました時、私はあの教室に居ました。七不思議の七番目――不幸を呼ぶ厄災ちゃんとして」
「……厄災ちゃんは、初めから七不思議の一人だったんだな」
「多分、私が厄災ちゃんになる前から、七不思議の欠片となる噂自体はあったんでしょうね。それと、生前の私が霊感の強い少女だったことも理由にあるのかもしれません」
「霊感が強いってことは、元から怪異が見える人間だったのか?」
「明確に怪異の存在を自覚したのは厄災ちゃんになってからですが、生前もなんとなくは認識していたんだと思います。もっとも、具体的なエピソードまでは思い出せないんですけどね。そうして私は、七不思議の七番目として怪異に生まれ変わりました。死んでしまったのはもう少し前ですが、怪異になったのはちょうど一年ほど前――――それこそ、先輩がこの学校に入学したくらいの頃でしたね」
「ってことは、どっちかといえば先輩後輩よりも同級生の方が関係としては合ってるのか?」
怪異化と入学を同列に扱っていいのかはわからないが、過ごした年月を考えれば、同じ学年として扱うのが適切な気もする。
「そうかもしれないですけど……ほら、私って年を取らないじゃないですか。永遠の十六歳で永遠の一年生だから、私にとって二年生は先輩って感覚の方が強いんですよね。あとはまあ、先輩呼びに憧れがあったのもありますけど」
「憧れ、か……それなら、いくらでも先輩と呼んでくれていいぜ。俺も部活に入ってないからか、ちょうど後輩の存在に憧れがあったんだ」
「ふふっ、ではこれもまた私達の利害関係ですね」
「損得で考えられると、途端にいかがわしい事のように見えてくるな」
美少女に先輩と呼ばれたくて、身体を張った仕事をする。
……まあ、ぎりぎり健全ということにしておこう。分別のラインを引くのは俺なんだ、
「……ちなみに、名前は覚えているのか?」
「名前ですか? 私の名前は、不幸を呼ぶ厄災ちゃんですよ」
「いや、そうじゃなくて……」
生前の名前は覚えているのか――それを尋ねようとした俺は、彼女の瞳を見てようやく気が付いた。
厄災ちゃんの眉が、少し困ったように垂れ落ちる。戸惑いと親しみが入り混じり、口元に笑みとなって表れていた。
「……厄災ちゃんになった時、私は名前を失いました。ですが、この学校についてを調べていく中で、私はかつての自分の名前を見つけることが出来ました。だから……今の私は、私の名前を覚えています」
「…………」
「先輩は、少女の名前を知りたいですか?」
「……お前は、どっちの名前で呼ばれるのが嬉しいんだ?」
「そうですね……今の私は、生前の私とは違うものです。そして……そんな在り方を、気に入っていたりします。だから、願わくば今のまま――厄災ちゃんと呼んでもらえたら、嬉しいですかね」
「……それなら、俺にとってもお前は厄災ちゃんだ。それ以外の名前は、知らなくていい」
信頼と、それから尊重の証。
彼女は七不思議の七番目で、お茶目でかわいい厄災ちゃん。それ以上でもそれ以下でもなく、それだけで十分に助けたいと思える女の子だった。
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