制作スタッフやスポンサー企業の意図に踏み込むなら、
出典を明示するか、せめて参考資料一覧が必要だと思います。
しかし、作者様個人のご感想としては興味深く拝読しました。
『ポケ戦』のハイディティールなメカデザインや軍服デザインは、
よほど便利なのか『0083』『MSイグルー』『ガンダムUC』等々にまで引き継がれ続け、
ミリタリー路線ガンダムのディティールアップに貢献してしまっているのが何とも皮肉ですね。
その一方で『水星の魔女』には、「モビルスーツの技術を義肢に応用する」という設定が出てきましたが、
これもひょっとしたら『ポケ戦』リスペクトかもしれない、と放送当時思っていました。
『ポケ戦』は先駆者にして偉大な作品ですね。
ちなみに、このエッセイでは触れられていないようですが、
シリーズ構成を担当した結城恭介さんのノベライズ版(特にあとがきは必見)や、
スピルバーグ監督の映画『太陽の帝国』も、
もしご存じなければオススメします。
作者からの返信
貴重なご感想とご指摘、誠にありがとうございます。
ご指摘いただいた「出典の明示」については、仰る通りです。作品への熱量が高まるあまり、私個人の主観や推測を、さも確定事項のように断定的に書いてしまっていました。
読者の方を混乱させかねない不誠実な記述であったと反省しております。(※本文や紹介文にて、あくまで個人の考察である旨を追記・修正いたします)
その上で、『水星の魔女』の義肢技術と『0080』の関連性についてのご考察、非常に刺激的でした。
私はOVAを視聴した限りでは、作中で義肢の話が出てきていたか認識できていなかったので、今回のご指摘でハッとさせられました。小説版でそのあたりが補完されているのであれば、ぜひ読んでみたいと思います。
そうした設定が、現代のガンダムのテーマにも受け継がれているというのはロマンがありますね。
また、スピルバーグ監督の『太陽の帝国』も恥ずかしながら未見でした。少年の視点と戦争というテーマ、本作の解像度を上げるためにも、こちらもあわせて鑑賞してみたいと思います。
私の至らぬ点へのご指摘と、それ以上に興味深い知見をいただき、本当にありがとうございました。
大変勉強になりました!
『ポケットの中の戦争』
当時、レンタルビデオ店で借りて見た記憶があります。
ガンダムだからと、ワクワクして借りて見たら……
長年、のどに引っ掛けていた小骨が取れた気分です。
鋭い考察をありがとうございました。
作者からの返信
ご感想ありがとうございます。
レンタルビデオ店でパッケージを手に取り、ワクワクして再生した時のあの高揚感……そして見終わった後に残る、行き場のない喪失感。痛いほど分かります。
『ポケ戦』が突きつけてくる「戦争のやるせなさ」や「正義の不在」は、子供心には消化しきれない異物(小骨)として残り続けてしまったのかもしれませんね。
私の考察が、その長年のモヤモヤを解消する一助になれたのであれば、書き手として本当に光栄です。
大人になった今だからこそ、あの痛みにどんな意味があったのか、ようやく理解できる気がします。
【終章:誰も語らなかった朝に ――ミンチよりひどい日常を生きていく】への応援コメント
圧倒されました。「戦争を消費し続けるサイクル」というメタ的な事実と、バーニィという個人の死を、ここまで残酷かつ美しく結びつけた論考を他に知りません。
「ミンチよりひどい日常」を肯定するその筆致に、1989年という時代の節目を刻みつけた書き手の執念を感じました。ガンダムという物語に突き刺さったままの「ナイフ」の痛みが、時を超えて伝わってきます。
作者からの返信
ありがとうございます!
1989年は日本はバブル真っ只中でお祭り騒ぎでしたが、世界では天安門事件やベルリンの壁崩壊など不安定でした。
なので、富野さんはガンダムで反戦を描き続け、0080スタッフはそれを引き継ぎ、発展させて、さらにガンダム自身も英雄ではないことを示したかったのではと、勝手に思っています。