あめをふむ。Re:boot!!!( お題:卵)

柊野有@ひいらぎ

001 The Sanctuary of the Uncoded

きになるあいつ

零:マンホールの下には、神経が走っている。

 西暦2080年。


 日本列島の地下には「地霊管路維持機構G.L.I.M.」、通称『地管グリム』が張り巡らされている。

 マンホールはただの蓋じゃない。天と地、人と記憶を繋ぐ共鳴点だ。

 夜には、うっすら光る粒子をまとう。


 ◆◆◆


 夜の横浜。タカシと俺(サイキ)は、地管技師グリム エンジニア

 マンホールの蓋をタブレットで確認し、地霊の流れを調整する。

 蓋には「あめ」の刻印――天空ステーションからの信号受信機だった。


「天信チェック。……天が騒がしいな。誰かが勝手に繋ぎ直してる」

「昨日のosuiな、誕生日ケーキの味まで流れてたぜ」

「のどかだな。無記名は?」

「うん、誰かが消えた。存在管点滅してた」

「サイキ、ameって飴じゃないか? 開けるたび甘い気持ちになるんだが」

「糖分不足だ。『あめ』は、天からの信号だ」

「苺味は地霊ゲニウス・ロキも喜ぶだろ」

「地霊は共鳴するだけさ」


 会話は軽いが、都市の夜は軽くなかった。

 遠くでタイヤが軋み、黒い車が滑るように停まるのが見えた。


「来たぞ、D.V.A.ディーバの車だ」

「おー。おっと元カノの匂い?  なんだ、一張羅のスーツ着てくればよかったな」

「相手を選べよ。都市振動調整連盟D.V.A.は、都市の蹂躙をたくらむ連中だぜ」


 制度の隙間から流入した移民ネットワークを操り、都市神経を支配しようとする監視連盟D.V.A.ディーバ

 地霊ゲニウス・ロキコードは日本語の言霊構造で編まれている。だが今は血が混じり、誰もが容易くタブレットを読み解く。

 油断すれば、一瞬で都市の心臓が盗まれる。

 だから俺たちは歩きながらも、背後に気を配った。


 街は静かだった。

 静寂の奥で、監視ドローンの赤い眼が星のように漂っている。


 革靴の音がアスファルトを打つ。

 タカシが耳を澄ませる。


「あれ、四十代。背中に霊が三体もついてる。女泣かせだなあ」

「お前は、恋愛残留霊の鑑定士か」

「最近、敏感なんだよ。さみしくってさー。女たらしの後遺症? 彼女がいないせいかもな」

カルマだわ。……さっさと次の蓋に向かおうぜ」


 俺たちは次の蓋へ向かう。

 街路樹の影が路面に揺れ、港から湿った風が吹く。

 タカシは口笛を吹きながら泳ぐように歩いた。


 最後の蓋で、タカシの足が止まった。

「サイキ、先に行ってくれ。端末の調子がな……」

「またか。お前の端末、地霊ロキより気分屋だな」


 ふと振り返ると、タカシは黒い車の影と向き合い、端末を操作していた。

 地霊ロキコードが知らない異形に書き換えられていく。


「……タカシ?」

「言ったろ。元カノだって」


 次の瞬間、地霊が呻いた。

 管路が波打ち、地面が裂ける。

 俺は反射的に蓋を蹴り上げ、天信を強制解放。

 都市全体を同期させ、D.V.A.ディーバの暗号を焼き消した。


 轟音。

 夜の横浜が一瞬、呼吸を止める。

 街灯が震え、観覧車の灯りが揺らめき、ドローンの眼がひとつずつ落ちていく。

 

 あいつは、人懐こくて、そんなはずは……。なぜ。

 

 だが裂け目は容赦なく俺を飲み込んだ。

 冷たい闇に沈みながら、最後に見たのは歪んだタカシの顔だった。


「日本人は、なぜか自分は安全と思ってる。俺は『あめ』の安全なんて信じない。

都市はもう動き出してる。一掃して作り直すしかないんだ」


 深淵へ引きずり込まれるその刹那、彼の声が追いかけてきた。


「……信じる相手を精査するのは、大事だぜ」


 白い丸いものがいくつかタカシの手からこぼれ落ちるのを、見た。


 世界は静寂に閉ざされる。

 地の底で、地霊が息を吹き返した。

 ――都市は眠りの奥で、昏い夢を見始めていた。

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