第10話 明けない夜の設計図

 ロックワームの群れを「運命的な仲間割れ」によって突破した俺たちは、廃坑の最深部へと到達していた。

 あれほど五月蝿かった羽音や、岩を削る不快な咀嚼音は、ある地点を境にぱたりと止んだ。

 道中、魔物の姿は完全に消え失せている。

 まるで、何者かが強烈な結界を張り、慮外者を遠ざけているかのように。あるいは、本能的に近づいてはならない領域であることを、獣たちが悟っているのか。


「……静かね」


 シルヴィアが、コツコツとヒールの足音を響かせながら呟く。

 崩れたメイクを直す余裕はなかったが、その表情には生気が戻っていた。

 父の痕跡が近いことを、肌で感じ取っているのだろう。


「嵐の前の静けさ、ってやつだろ」


 俺はランタンを掲げながら、ふと思い出したように尋ねる。これ以上、重苦しい沈黙に耐えられなかったとも言う。


「そういえば、親父さんの魔術領域は何なんだ?」

「え?」

「お前は『火炎術師バーニング・オーダー』だ。じゃあ、宮廷魔導師ギルバート・アークライトは何の専門家だ? やはり火力馬鹿か?」


 シルヴィアはむっとした顔をしたが、すぐに誇らしげに胸を張った。


「失礼ね。父様は万能よ。四大元素はもちろん、空間魔術や召喚術にも精通しているわ。宮廷魔導師の筆頭ともなれば、一通りの術式は呼吸をするように扱えるものなの。でも、あえて専門を挙げるなら……」


 彼女は少しだけ声を落とし、尊敬と畏怖の混ざった響きで告げる。


「『星界魔術アストラル・マジック』。星々の運行と魔力潮汐を同調させ、地上の理を書き換える……宮廷でも扱えるのは父様だけの、至高の領域よ」


「星界魔術、か」


 俺は眉をひそめた。

 占星術と似ているようで、アプローチが真逆だ。

 俺たち占星術師は、星々をそれを解釈して「読む」。

 だが、奴らは星を「使う」。天体そのものを巨大な魔力回路の一部として組み込み、星の光をレンズで集めて蟻を焼くような、規模のデカい魔術領域だ。

 星を観測対象として敬うのではなく――俺もそれほど敬ってはいないが、ただの燃料として扱う傲慢な技術。

 というか、やっぱり火力馬鹿なんじゃねぇか。娘からスケールがぶち上がっていやがる。


「父様はよく言っていたわ。『太陽は眩しすぎる』って。『真の魔術は、太陽というノイズが消え去り、星々が瞬く静寂の夜にこそ完成する』とも」

「……ロマンチストなこって」


 俺は鼻を鳴らす。

 だが、その言葉には少し引っかかるものがあった。

 太陽が眩しすぎる?

 ただの比喩ならいいが、魔術師というのは冗談みたいな絵空事を現実にする連中のことだ。自分の魔術領域に関してなら、なおさらだ。


 視界が開けた。

 狭く湿った坑道を抜けた先にあったのは、息を呑むような巨大な空洞だ。

 そして、そこには廃坑という言葉からは程遠い、異様な光景が広がっていた。


「なに、これ……」


 シルヴィアが息を呑む。

 そこは、ただの空洞ではなかった。

 床は自然の岩盤ではなく、磨き上げられた黒大理石のように平坦にならされ、鏡のように俺たちの姿を映している。壁一面には発光する特殊な塗料で、俺ですら見たこともない複雑怪奇な魔法陣がびっしりと描かれていた。

 そして何より目を引くのは、天井だ。


 星空があった。


 地下数百メートルの地底だというのに、天井には満天の星々が輝いていたのだ。  高度な幻影魔術、いや、天井へレアメタルを星座の配置通りに埋め込んで作った天蓋の模倣プラネタリウムというのが近いか。

 どちらにせよ、狂気的なほどの完成度だ。俺にはよくわかる。

 風も吹かず、雲も流れず、瞬きもしない。そこにあるのは、凍りついたように完璧な「夜」だった。


「父様……! 父様、いらっしゃるのですか!?」


 シルヴィアが広場の中央にあるテント――いや、天体望遠鏡や書架が並ぶ、書斎のように整えられたスペースへと駆け出す。

 俺も遅れて足を踏み入れる。

 空気が冷たい。

 そして、恐ろしく澄んでいる。

 塵ひとつない。廃坑特有のカビ臭さも皆無だ。まるで夜空の冷たさがそのまま固定されているかのような錯覚を覚える。


 書斎には、誰もいなかった。

 主の不在を示すように、書きかけの羊皮紙と、まだ乾ききっていないインク壺が机に残されている。

 シルヴィアは机にかじりつき、震える手で書類を読み漁り始めた。


「すごい……これ、全部新しい術式の論文よ! 星の配置座標の再計算に、重力干渉の理論値……やっぱり父様はここで研究を……!」

「おい、ちょっと待て」


 興奮する娘を他所に、俺は机の脇に貼られた、一枚の巨大な図面に目を留める。

 それは世界地図だ。

 だが、見慣れた国境線の上から、奇妙な幾何学模様の線が引かれている。

 星の軌道と、地脈の流れを重ね合わせた計算図。

 そして、その計算式が導き出す「結論」の欄に、俺の視線は釘付けになった。


「……マジかよ」


 背筋に冷たいものが走る。

 俺は占星術師だ。

 星を読むことにかけてはプロだ。だからこそ、この図面が何を意味しているのか、一瞬で理解できてしまった。理解したくもなかったが。


「おい、シルヴィア。親父さんの研究テーマ、これを見ても『素晴らしい』と言えるか?」

「え? どういうこと?」


 シルヴィアが顔を上げる。

 俺は図面のタイトルを指先で弾いた。


 『恒久的天球遮蔽による常夜世界化計画』


「じょうや……?」

「簡単に言えば『太陽を消す』ってことだ」


 俺は吐き捨てるように解説する。


「この廃坑を基点に、恒久的な闇の幕を張る。太陽光を完全に遮断し、世界を永遠の夜に閉ざす計画だ。……そうすれば、お前の親父さんが愛する『星界魔術』は、太陽というノイズに邪魔されることなく、二十四時間いつでも最大出力で使えるようになるからな」


「そ、そんな……」

「植物は枯れ、気温は氷点下まで下がり、生態系は崩壊する。作物は育たず、家畜は死に絶える。人類の半分は餓死か凍死だ。……これが、お前の言う『至高の領域』の正体かよ」


 シルヴィアは青ざめ、後ずさった。

 信じたくない、という顔だ。

 だが、頭上に広がるこの「人工の星空」が、何よりの証拠だ。

 ここは実験場だ。

 世界を闇に沈めるための、リハーサルスタジオ。この空洞で成功した「常夜」を、外の世界へ広げようとしているのだ。


 これだから魔術狂いは手に負えない。自分の魔術の完成度を高めるためなら、世界の理さえ平気でねじ曲げてしまう。

 俺? 俺は別に周りに迷惑を掛けてないだろうが。


「……正気じゃない」


 俺は懐の天測儀に手を触れる。金属の冷たさが、わずかに熱を持った指先を冷やす。

 まだ近くにいるかもしれない。

 こんなイカれた計画を本気で進めている「隠者」が、この闇のどこかに潜んでいる。


「日向ぼっこができない世界なんて、俺はお断りだぜ」


 この完璧な星空は、俺の運命は導いてくれなそうだ。


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ご、ご飯の話しをしないとここに書くことが……


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