第4話 被告人質問 フジノ・ハイブリッジ
「被告人質問をお願いします」
証人尋問と証拠説明を終えて、裁判官は被告人と弁護士に指示を行った。
被告人質問。これまで証拠や証言で確定した事実、確定ではない事実、確証のない事実。全てと照らし合わせながら被告の言葉を聞き事件への心証や考えを整理するための時間。
サンクリフトにとってはフジノの弁護を行うための最大にして最後のチャンスである。
「被告人、あなたがここで語ることには証拠能力を持ちます。あなたには黙秘権がありあなたには質問に答えること、答えないこと、否定することが許されています。おわかりですね?」
「……はい」
繰り返しになる確認にフジノは深く頷いた。
「今回の事件において供述をお願いしてもよろしいでようか?」
「はい」
もう一度フジノが頷く。
長かった裁判もついに終わりの時を迎えようとしていた。
初めて彼女と会ったのは数ヶ月前。宇宙連盟の選任弁護士制度では基本同種族近似文化圏の弁護士が選任される。
それでたまたま選ばれたのがサンクリフトだった。
「……始めましてフジノ・ハイブリッジさん。今回弁護士を担当しますアルフレッド・サマーアイ=サンクリフトです。どうぞサンクリフトとお呼びください」
挨拶をした相手は、拘置所で買える簡易服を着て椅子に座っていた。
手入れされていない髪、疲れた目。彼女はサンクリフトを見て少し時間をおいてから軽く一礼した。
「「……」」
静寂。
まあ、初めて会うときはこんなもんだ。事件……特に殺人事件に被告人という立場で関わるようになってしまった人が冷静に会話できるものではない。しかも呪術とかいう特殊な状況が関わっており、彼女自身の考慮の外で事件は起きていたのだ。
特に目の前の女性は感染症被害の疑いがあった惑星で自首軟禁状態にあり、あまりの事件の特殊性と被害の大きさに警察に引き渡されるときにも色々問題があったと聞いている。
そのため、本来なら取り調べ初期から弁護士が派遣されるはずだったのが、ここまで遅れてしまった。
「フジノさん。私は貴方の弁護士です。貴方がこの事件に何を思い、どうしたいのか。それを手伝うために派遣されました。混乱していることがあれば私にできる限りの説明をします。不安なことにも回答します。ほか、生活に必要な事柄についてはお金をいただくことになりますが手伝うことができます」
一気に喋ったのを区切って相手の反応を待つ。
「………」
その無言は警戒心とか心が壊れてしまったというよりは、もうどうでもいいと投げやりになっているような雰囲気を受けた。
「フジノさん。貴方を脅したい訳ではありませんが、例え貴方と会話できなくても僕は貴方の弁護をする必要があります。殺人事件のような重大事件は弁護士をつけることが定められていて、僕は宇宙連盟からの要請で弁護を行うからです。その場合僕は貴方の意思に反するようなことを言うかも知れません」
サンクリフトが説明を続けると、『殺人事件』と発言したときにフジノが顔を上げた。
「………ぅあ……………ご、これ………」
しばらく会話をしていなかったのだろう。掠れた声で彼女はしゃべり始めた。
「殺人、事件……なん……………ですか?わた、しが……悪いんですか?」
警察からどのような説明を受けたかはわからなかったが、彼女はその言葉を絞り出すようにサンクリフトに問いかける。
「……それを貴方自身が知るためにもまずはお話しませんか」
「……う゛んっ」
少しの咳払いの後彼女は、この事件で彼女が見聞き感じたものを証人台で話し始めた。
「未だに私この事件で私は何をしてしまったのかわかっていないのかも知れません。フキオンたちの死の責任が私にあるならとりたい。ただそう思っています」
彼女の言葉はそんな感情の吐露から始まった。
「事件の発端を考えると十年ほど前に私がハシバと繁殖支援プログラムで初めて出会ったことからになると思います。二年間付き合っていると彼の良い面も悪い面も見えてきたような気がして、彼となら良い家庭を築けると思いました。しかし、私は連盟に学費を借金していたため、その返済を完了して貯金ができるまでは結婚ではなく婚約という形にしようと提案したのです。そうして八年前婚約し、三年間同棲……といっても住所を同じにしていただけで私は連盟の申請で宇宙中を飛び回っていました。五年前、彼の浮気が発覚しました。そのときの相手は地球人の女性で、私は怒り狂いましたが一方でほとんど同じ場所で共に過ごせていない自分に責任を感じてもいました。その女性はハシバと同じ会社に勤めており……ハシバは会社の風紀を乱したことから首になってしまいました。それで辺境開拓の仕事を受けたんです。彼は私と結婚すると決めた時まで地球人がいない環境に身を置いてひたすらお金を稼ぐと宣言していました。私は彼を信じて見送りました。場所は離れていましたが通話やお互いの趣味であるゲームで遊んで良い関係を過ごせたと思います……思っていました」
「もうすぐお互いの仕事が終わり、結婚の時期が近づくにつれて私はわくわくしていました。どの星や船団に住もうかということを繰り返し考えていましたが、気になっていたのはハシバがあまり積極的じゃないことでした。その時は結婚が近づいて緊張しているのだろうとあまり深く考えていませんでした。……ある時に繁殖サービスで繁殖行為前の検査について知ったんです。私はこれをやらなければならないと感じました。彼とはDNAの相性が良くて出会ったので問題が生じるとは思っていませんでしたが……いえ、もしかしたらその頃にはなんとなく彼を信じられなかったのかも知れません。彼は嫌がりましたが、私は彼の昔の浮気を持ち出して万が一病気でもあったら大変だからと無理矢理説き伏せて精液を提出させました。そして数ヶ月後検査結果が届き、彼に性病を原因とした無精子状態……繁殖適性が著しく下がっていることが判明したんです。それと時を同じくして彼から別れの一報が連絡端末に届き、こちらからの連絡を全て拒否されました。」
「意味がわかりませんでしたが、しばらくしてまた裏切られたんだと思いました。辺境開拓で浮気をして性病にかかったということは異星人と性交したんだと。許せないと思いました。浮気をされたことも、説明もせずに連絡の拒否をして終わらせたことも、この五年間彼が辺境で頑張っていると思って私も頑張っていたことも何もかも」
「しかし彼は辺境におり、フキオンからは空切船でも一週間はかかる距離でした。仕事もありますし、お金もかかります。それでも私は彼に何か報復をしなければとその一心でした。あのときの私は本当にそれだけだったんです」
「それで思い出したのが『丑の刻参り』でした」
「初めて存在を知ったのは養護院で読んだ地球文化紹介の本だったと思います。改めて調べるために新たに本を買って勉強しなおしました。そして実行のために道具をそろえ、フキオの宗教施設が一つしかなかったため、そこの利用申請を提出しました。精液を入れたのは彼に関係しているもので手元にあったのがそれだけだったからです。正直、彼が死ねばいいと思っていました。もしくは酷い目にあえばいいと。ただ、今思えばそういう攻撃的な行動をしていないと落ち着かなかっただけだったような気もします」
「一日目に実行したときキロンに話しかけられました。キロンは私の行っていることに興味津々で、様々なことを尋ねてきました。彼らの宗教施設の利用をしているのだから見られていることに驚きはありませんでしが、カテゴリⅢの原生住民に地球の文化情報をどこまで伝えて良いのか戸惑いはありました。しかし、キロンが非常に気になると言うので他の原生住民には伝えないことを約束してもらい、私がやっていた呪術行為の詳細を伝えました。このとき呪術行為の目的がハシバ……呪術対象を殺すことであるのを伝えなかったのは、キロンにハシバと私の関係性を伝えることが億劫だったのと、地球の文化である呪術行為を恐ろしいものだと思わせたら地球に余計な先入観を抱かせてしまうと考えていたからです……キロンは原生住民の対応課で最も積極的な個体で、私は比較的キロンと仲が良かったと自負していました。そんな相手に悪く思われたくない。そんな感情もあったのかもしれません」
「その後フキオンの星で十四日かけて『丑の刻参り』七日分の呪詛を行いました。その間もキロンに見られているかも知れないと思っていましたが、少なくともそうだと確信できるようなことはありませんでしたし、実行しきったという達成感があって満足しました。その翌日キロンから私の呪術行為は終わったか尋ねられて五徳を借用できないか聞かれたとき、私はそれが興味本位の行動だと考えていました。……つまり、私が被っていた五徳に興味を持ち呪術行為完了後にそれを良く見てみたかったのだと思っていたんです。キロンに藁人形の作り方を教えたのもそういう興味本位が目的で……実際に呪術行為を行っているかも知れないとは………少しは試したりするかもしれない……とは思っていましたが『丑の刻参り』が呪術対象を殺すものだということを伝えていなかったので、それを知らなければ呪術対象が存在しないしなにも起こらないだろうと考えていました」
「そのさらに翌日ぐらいにハシバの死亡について連絡がありました。繁殖推進サービスにまだ私とハシバが繁殖登録したままで婚約相手という扱いだったんです。野生生物による死亡という情報だけが手元に届き私は………はい、私の……呪術行為による影響なのではないかと思い気が動転しました。ハシバの死という結果を見て、自分が本当にそんなことをしたかったわけでは無かったと思ったんです。ただ、彼とちゃんと連絡して……別れるにしてもどうするにしても納得をしたかった。それだけだと気付きました」
「私は上司に相談し、早めに退職して退職金がもらえないかと相談しました。空切船に乗ってでも彼のところに行き何が起きたのか確認する必要がある。そう思ったからです。隊長には急すぎると難色を示されましたが一ヶ月後の退職を上に掛け合ってくれました。しかし、それから十日ほど過ぎた時に今回の事件が起きたんです」
「私は部隊員として初期は生存者探索を行っていました。しかし、生存者が一切確認できなかったことからだんだんと部隊には絶望的な空気と疑念が湧き上がっているようでした。死体処理をしながら部隊員となぜこんなことが起きたのか会話していたんです。その時私はまだそれが呪術行為による可能性があると認識すらしていませんでした。そんな中、宗教施設の繁殖母体の確認を行っていた隊員から宗教施設に怪しいものがあったと釘の刺さった藁人形を出されたのです。私は宗教施設になにか物品を残すことは問題になるかも知れないと考えていたので藁人形や釘を全て持ち帰っていたためそんなものがあるはずがありませんでした。私は……………………………」
淀みなく喋り続けていたフジノの言葉が止まった。
静けさが彼女の続きの言葉を待つ。彼女の弁護士としてサンクリフトもそれに倣うほか無かった。
「わ、私は」
しばらくして彼女は続きを話し始めた。
「ようやく呪術行為を教えたキロンによる呪術行為があった可能性に思い至りました」
「どうすれば良いかわからずもう一度上司に相談しました。その後、事実確認のため自殺できないように軟禁することの通達があり、同意しました。それから宇宙連盟に引き渡され…今に至ります」
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