(番外)開廷前談話

 開廷前、早めに呼び出されたサンクリフトが指定の部屋に向かうと既に検事二名、裁判官二名、裁判長一名が揃って一人遅れたようになってしまっているサンクリフトに目を向けた。

 その全員が座る長机の奥。

 そこには防気服を着込んだ生命体とガラス製容器に入った石がいる。

〈時間をもらってしまって悪いね。法的解釈について確認したくて〉

 挨拶も無く会話を始める相手に慌てて唯一席が空いていた検事側の席の末端に座り、ここにいる全員を集めた存在を見つめる。

 不満も無かった。不満なんてものは同程度の文化圏の相手に抱くものであり、余りに隔絶された相手に自分の常識が通じるはずもない。


 そのあまりにもかけ離れた権力によって裁判の始まる直前に事件の関係者はここに集められたのだ。

〈呪術的行為の法的解釈は今までは不能犯で実在しないものという扱いだと認識していたけど、もしかして今回の裁判結果によって扱いが変化するのかい?〉

 端的な質問にサンクリフトは対面に座る裁判官たちを伺った。

 弁護士としてここに座れて良かったと内心思う。こんなこと宇宙連盟に強制徴用された弁護士が答えることじゃない。


 しばし沈黙が続く。


「……294001、裁判前に裁判の結果を仮定することは職業倫理に反します。よって回答できません」

 ロライト検事正が口火を切って回答した。確かに、今はそうとしか言えないと思わせる言葉である。隣に座っていると心強い味方だった。

〈なるほど、そういうものなのか。じゃあ、裁判が終わるまでこの裁判の結果が294001の実験に影響があるのかはわからないんだね〉

 少し残念そうな機械音声にこのプラズマ生命体が情報への干渉を目的とした呪術行為の研究を行っていることに思い至る。あの極刑犯使用をした倫理規定が心配になる実験はそういえばこの石が主導していたのだ。

〈まあいいや。今の確認したい内容は……今回の事件の被害者であるフキオンの一斉死を予想できていた場合、これって何らかの問題が生じるかなってことで〉

「えっ?」

 声を上げたのは裁判官の内の一人だった。

 サンクリフトも驚きの声を上げそうだったがギリギリ耐えられたのはそれより先に声を上げた人がいたおかげである。

 それほどに理解不明な言葉だった。

「……この死を予想されていた……ということですか?」

 咎めるような視線を裁判官に走らせた裁判長が、言葉を引き取って動揺を見せない安定した声で尋ねる。

〈そうなるね。604171は未来予想を行うのが趣味で、604171の独自理論では今を理解すればその群体の未来を予想することは過去を予想することより簡単だと言っていた〉


 604171というのがその死の未来予想をした個体名なのだろうか。


 プラズマ生命体の多くは基本的に無意味に有機生命体に近接しない。

 少なくとも宇宙連盟に確認された生命体には関与しないという協定を結んだ上で、宇宙空間での自由行動をおこなっている。むしろ目の前にいる294001のような個体……正確にはプラズマ生命体は数で数えられるものではなく身体の合成・分離を自由に行えるため個体という形容も正しくないらしいが……のような自己意思で宇宙連盟と協力関係になっている方が珍しいのだ。

〈604171はフキオに昔……確かフキオンの小規模コロニーが発生したぐらいに訪れ、周辺の状況観測を行い、その結論としてフキオンの一斉絶滅を予想したんだ。そして有機生命体には関与しない約束だったが294001にその情報を伝達した。その後、それ以上の観測は協定違反になると思ってその場を離れたという形になる〉

 フキオンの小規模コロニーの発生後ということは、地球歴換算で数百年前かもわからないような話である。そんな時から予想ができていたと言われても想像も付かない。

 内心サンクリフトがそう思っているとロライト検事正が「それで」と話を促した。

「なぜ我々を集めたのですか?まさか、予想について宇宙連盟に告げなかったことが何らかの協定違反にあたるか心配されているんですか?」

〈いや、294001は君たちにこの予期を伝えているよ〉

「………」

 さすがに二度目の声は出なかったが、次々と述べられる衝撃の事実にうめき声でも上げたいつもりだった。場が沈黙に包まれる。

 フキオンたちの死の危険性が既に伝えられていた?

「いつの話ですか?」

 誰がこれの話を尋ねるんだよと、さまよった視線を集めたのは、やはりロライト検事正だった。少しだけサンクリフトの内心に、これを相手にするのか……という気持ちがわき上がるが、とりあえず今は頼もしい。

〈さあ………ああ、連盟代表が37代だったかな。あの戦争起こした〉

「カンラシンジゲート=マグニス戦争を起こしたルンツ代表の時代です。宇宙歴で約八百六十二年前です」

 背後に控える代弁者がその知識を補完する。

(そんなの情報が残る訳がないじゃ無いか!!!!!)

 そんな感情がサンクリフトに湧き上がる。

 プラズマ生命体は記憶を捨てることができるが忘れることはできないと言われているが、有機生命体は忘れることも、記録を捨てることも、間違うこともあるのだ。

 そんなサンクリフトたちの感情がわかっているのかどうか。石が回転を続ける。

〈まあ、別に起こってしまったことはどうでもいいんだ。有機生命体に伝えたことがどう扱われようとも294001の関与することじゃ無い。問題は、未来予知情報をどう扱うのかってことなんだよ〉

 機械音は本当にどうでも良さそうに話を続けた。約二億の死も有限を持たない彼の前では本当にどうでも良い大した話ではないのだろう。


〈294001は情報への干渉を目的として研究をしているけど、あくまで最終的な目標は未来に起きることを知るということだ。604171は理論化するつもりはないようだけど今あることを全て知れば群体の結末を知れるということは、情報の関連を整理すればその先の情報へのアクセスするパスができる。そういうことなんだと考えている。しかし、この中でもしも君たち有機生命体に不都合なことが起きると判明したとき。どうするべきだと思う?伝えるべきなのかい?もしも伝えなかった場合は甚大な被害が出ると知っている場合でも?伝えなかった場合それは『過失』にあたるのかな?〉

 未来予知。相手がプラズマ生命体でなければ笑い飛ばしていただろう話だ。

 しかし、相手が情報の専門家に近い不老不死の生命体だと思うと話は変わってくる。

「なぜ。なぜ我々にそのようなことを相談しているのでしょうか?それこそ宇宙連盟の高官とでも決めていただく必要があるのですが……」

 職務上一番立場が上になる裁判長から戸惑った声が出る。当然の疑問だろう。

〈いや、予知情報があったとして宇宙連盟に伝えるかどうかを君たちに言うのは違うことぐらい294001も把握している。ただ、つまり……今回の事例は要するに死の原因が完全不明で呪術による死なのではないかと君たちは考えているんだろ?〉

「……そうなりますね」

〈604171は正確な年月までは当てられなかったが、その時フキオンの状態を観測することで一斉絶滅を予期したわけだ。つまり、その時観測できる状況だけで死の予期ができたんだよ。しかし呪術行為による情報への干渉がその状態で観測できるはずが無いんだ〉

「なるほど」

 サンクリフトには意味がわからなかった言葉だったが、真っ先にロライト検事正が頷いて周囲の状態を伺ったのか補足を入れた。

「604171がその時に観測した情報だけで一斉死を観測したが、呪術行為による情報干渉はそれより後に発見された。よって情報幾何学的には情報干渉という状況を知らずにそれを予知できるような情報にアクセスできるわけがない。そう294001はおっしゃりたいのですね」

〈そうだね、ただ、実際にフキオンは予期通り一斉死を起こした。……このことはフキオンの死因が呪術行為ではない可能性を示唆しているんだ〉

「は!?」

 声が出た。さすがに。

 自分の口を押さえるが、既に声帯が空気を震わせていた後だった。助けを求めるようにあたりを見渡すと、バークロー検事を見ると簡易呼吸器越しではあるがさすがに驚いているような気がする。

 そうだろう、いや驚いていて欲しい。なにせ、目の前にいる石は検察側にとって情報幾何学に基づく呪術行為の実在を証明する重要な証人なのだ。

 ロライト検事は感情のわからない八つの目と目が合った。

「すみません、294001……さん」

「構わないよ。有機生命体は自身の体の制御ができないんだろ。敬称も必要ない」

 なんか少し解釈が違う気はしたが、そんなことを気にしている場合では無かった。

「294001、あなたは今フキオンの死に呪術行為以外の原因がある可能性を示唆していますが、一体それはなんだと言うのですか」

 それを知れれば、フジノの容疑は完全に無くなる。今彼女が一番疑われている原因はフキオンの死が原因不明だからだ。それに対して新たな可能性を提示できる。その可能性に彼女の弁護士として飛びつかざるを得なかった。

〈604171の予期行動だ〉

「へ?」

〈だから、604171の予期行動だ。彼の予期は理論化されたものではないが、その本質が予期ではなくて情報への干渉を行い、未来の情報に干渉し彼の予期した内容を実現させている。その可能性があると思ってね〉

「………え、えーと貴方は……」

 サンクリフトは一瞬それを問うのを躊躇った。それを横からこの場で最も冷徹な人が代わりに問いかける。

「294001。貴方は604171の予期行動そのものが死の原因だと告発しているのですか?」

〈そうなるね。そして604171の予期は294001に共有され、294001は当時の宇宙連盟にもそれを共有した。無根拠な確信は呪術行為的要件を満たす場合がある。294001と当時の宇宙連盟職人もフキオンの一斉死を確信し、情報への干渉に協力した可能性もある。フキオンは呪術耐性が少なく、当時はさらに文化的に未発達だったと推測されることから、より抵抗力が無かっただろう〉

 とんでもないことを語り続ける石は、波打ち形を変える。

〈結果として、604171の予期通りフキオンは一斉に死んだ。もしも未来予知情報というのが今294001が予想したとおりの作用を及ぼす場合、未来予知で死などを予知した場合、それは危害的な行為にあたることになる。そうなるんじゃないかい?〉

「……今の事例ならあたりませんね」

 もはや、何を答えればいいのかもわからないような中でロライト検事正だけが冷淡に会話を続けた。なんとなく、彼女はこの状況も少しわかっていたんじゃ無いかと疑念が沸くほどだった。

「294001も604171もプラズマ生命体です。皆さんには宇宙連邦の保証する生命体権利が無く、罪に問われません。また未来予期についての加害性は仮説段階です。そのためこの事件について検察は立件できませんし、しません」

 ロライト検事の主張はシンプルだった。

 プラズマ生命体は特殊な権利保持をしており起訴ができない……これはつまり有機生命体側にプラズマ生命体を拘束や危害できるような手段がないため実質的に罪を裁けないという状態なだけなのだが……だから、考えないという主張だった。


〈ふむ、裁判長もそう考えるのかい?〉

「立件されない事柄への判断を行うことはしません」

〈弁護士はどうだい?〉

「……必要があれば法律の相談には乗ります。起訴されたなら弁護します。それだけです」

 緊張しながらサンクリフトは答えた。言ってからこれでよかったのか思い悩むが、既に答えてしまった後に悩んでも仕方が無い。実際に自分ならそうするだろう。


〈なるほどね。有機生命体たちがそう判断するなら従うよ。時間をとってもらってありがとう〉

 プラズマ生命体は特に感慨もなさそうな機械音声でこの短くも長かった話を終えた。

「……すみません皆様」

 その言葉の後に最低限以外の沈黙を守っていた代弁者が口を開いた。

「604171についての情報及び、今の294001の発言は口外無用としてください。今電子契約書を送付しますので署名をお願いします」

 問答無用な口調で強く念押しした代弁者から、個体デバイスに電子書類を送付される。連絡先を教えた覚えは無いのだが、権力があればこういうこともできるということなのだろう。

「……これは……フキオンの死の可能性がフジノさん以外にあると提示することも許されないんでしょうか?」

「604171の予期の説明を要しない内容までは関与しません」

 つまり、やるなということなのだろう。

 法務関係者として、こういう契約書は隅々まで読むタイプなサンクリフトがそれほど長くない秘密保持契約に目を通している間に、検察官と裁判官はサインを終えて部屋を出て行く。


 一人。代弁者とプラズマ生命体の前に取り残されたサンクリフトに機械音が語りかけた。

〈もしかして余計な期待を持たせてしまったかな。可能性の検証中に気付いたから無理言って集めてもらったんだけど〉

 サンクリフトがその会話に答えていいのか少し悩んで代弁者を伺っても、防気服越しにはその考えはわからない。

「……いえ、問題ありません。今日僕がやることは既に決めてありますから」

 最後にサラッと署名を記載して立ち上がる。もうすぐ開廷だった。

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