第3話 なんで俺が「店長」なんだ?

「んん〜っ! おいひいですぅ〜!」


 夕暮れの街角。

 屋台の長椅子に並んで座った俺たちは、一本100Gの「大カエルの串焼き」を齧っていた。


 アリスは小動物のように頬をパンパンに膨らませ、幸せそうに咀嚼している。


「……たくましいな、お前」


「んぐっ。……生き返りました。空腹は商売の敵ですからね」


 アリスは口の周りのタレを舐めとりながら、満足げに息をついた。

 俺も串を齧る。……悔しいが、確かに美味い。

 だが、俺の脳内では自動的に計算が行われてしまう。


 『串焼き一本=ハンドガンの弾一発』。


 俺は今、9mmパラベラム弾を食べているのと同義だ。……味わって食おう。


「なぁ、アリス。さっきから気になってたんだが」


「はい、なんです?」


「なんで俺のことを『店長』って呼ぶんだ? 俺たちはただパーティを組んだだけだろ」


 俺が尋ねると、アリスはキョトンとして、それから「何言ってるんですか」という顔で俺の顔の横を指差した。


「だってグレンさん、武器を出す時、目の前に『お店の窓(ウィンドウ)』を開いてるじゃないですか」


「え? ああ、システムウィンドウのことか」


「はい。そこから色んな道具を取り出して、ドカンと破壊活動(サービス)を提供する。そして私が、その結果生まれた副産物(ゴミ)を回収して利益に変える」


 アリスはビシッと指を立てた。


「つまり、あなたは『破壊』という商品を卸してくれる元締め。私はそれを加工・販売する従業員兼パートナー。……この関係性、どう見てもあなたが『グレン破壊商店』の店長じゃないですか!」


「……破壊商店って」


 物騒な屋号だな。

 だが、言わんとすることは分かった。


 彼女にとって俺のスキルは、単なる攻撃魔法ではなく「商品を仕入れるためのシステム」に見えているわけだ。


「それに私、決めたんです」


 アリスは黄金色の瞳をキラキラと輝かせ、握りこぶしを作った。


「ただの冒険者パーティなんて儲かりません。目指すは『企業(カンパニー)』です! 組織的に破壊し、組織的に回収し、市場を独占するんです! そのためのトップは、圧倒的火力を持つグレンさんしかいません!」


「……お前、元聖女だよな? 発想が山賊か悪徳商人なんだけど」


「褒め言葉として受け取っておきます! ついていきますよ、店長!」


 ニコッと笑うその笑顔は、やっぱり黙っていれば天使のように可愛い。


 まあいいか。


 ソロで孤独に戦っていた時より、「店長」と呼ばれて頼られるのは、悪い気分じゃない。


「分かったよ。じゃあ副店長として、これからの『経費』について相談だ」


 俺は懐から、残った全財産が入った革袋を取り出した。


 中身は、49,700G。(串焼き代200Gを引いた額だ)。


「借金は返したが、手持ちは約5万。これで装備を整えて、宿も探さなきゃならん」


 この街の宿屋の相場は、素泊まりでも一人一泊3,000G(3,000円)はする。


 二人部屋なら5,000Gくらいか。

 十日も泊まれば破産だ。


「うーん……初期投資としては心許ないですね。弾薬の補充も必要ですし、固定費(家賃)は極限まで削りたいところです」


 アリスは腕組みをして唸り、そして――何かを思いついたようにポンと手を打った。


「あ、ありますよ店長! 家賃0G(タダ)の優良物件!」


「は? 0G? 公園のベンチか?」


「いえいえ、ちゃんとした屋根付きの一軒家です! 街外れの森の近くにあるんですけど、持ち主がいなくて、勝手に住み着いても誰も文句を言わない場所が!」


 ……怪しい。


 俺の「現代人としての勘」が警鐘を鳴らしている。


 タダより高いものはない。


「おい、まさか倒壊寸前とか、スラムのど真ん中とかじゃないだろうな?」


「建物は立派な石造りですよ! 元貴族の別荘らしいですから!」


「じゃあなんでタダなんだよ」


 アリスは少しだけ視線を逸らし、小声で言った。


「えっと……その……出るらしいんですよ」


「何が」


「オバケ」


「……」


 幽霊物件かよ!

 俺は頭を抱えた。


「却下だ。俺はオカルトは専門外だ。物理で倒せない敵は相手にしたくない」


「でもタダですよ? 敷金礼金ゼロ、家賃ゼロ。広い庭付きで、私の拾ってきたジャンクパーツも置き放題です!」


「うっ……」


 その条件は魅力的すぎる。


 俺の現代兵器はかさばるし、アリスのゴミ収集癖を考えると、宿屋暮らしは限界がある。


「それに店長、思い出してください。あなたの銃弾は『魔法障壁』を貫通するんですよね?」


「まあな」


「なら、幽霊だって撃てるかもしれませんよ? 試しに一発、撃ち込みに行きましょうよ!」


「お前なぁ……」


 こいつ、完全に俺の火力を「掃除用具」か何かだと思ってやがる。


 だが、背に腹は代えられない。


 5万円で極貧生活をするか、幽霊と戦って豪邸を手に入れるか。


「……分かった。内見だけな。内見だけ行って、ヤバそうなら逃げるぞ」


「さっすが店長! 話が早い! そうと決まれば善は急げです!」


 アリスは残りの串焼きを一口で平らげると、俺の手を引いて走り出した。


 向かうは街外れ。


 まさかそこで、俺たちの「破壊商店」の三人目の従業員――古代の王女様と出会うことになるとは、この時の俺は知る由もなかった。

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