第2話 黙っていれば深窓の聖女、口を開けば守銭奴
「ふンッ、ぬンッ! よいしょぉぉ!」
爆心地のクレーターで、アリスは目にも留まらぬ速さで動いていた。
愛用の巨大な麻袋を振り回し、黒い灰(元オーク)や砕けた骨(元オーク)を、まるで掃除機のように吸い込んでいく。
「……すげぇな」
俺はその光景を、呆然と眺めることしかできなかった。
俺の『現代兵器』が破壊のスペシャリストなら、彼女は回収のスペシャリストだ。
あれだけ広範囲に散らばっていた残骸が、見る見るうちに片付いていく。
「店長! ボーッとしてないで、そこの『焦げた牙』を拾ってください! それはカルシウム剤として高値がつきます!」
「あ、ああ。分かった」
俺は言われるがままに牙を拾い、彼女に渡す。
その時、彼女が額の汗を拭おうとしたので、俺はとっさにスキルを使った。
『日用品召喚:ウェットティッシュ(徳用)』
『コスト:10 G』
「ほら、顔真っ黒だぞ。これで拭け」
「えっ、あ、ありがとうございます……って、濡れてる!? 布が!? 高級品じゃないですか!?」
「ただの紙だ。いいから拭け」
アリスはおずおずとティッシュを受け取ると、ゴシゴシと顔の汚れを拭った。
ススと泥が落ち、その下の素顔が露わになる。
「……うわ」
俺は思わず息を飲んだ。
泥の下から現れたのは、透き通るような白磁の肌。
長い睫毛に縁取られた大きな瞳は、宝石のような黄金色(アンバー)。
スッと通った鼻筋に、桜色の唇。
黙って俯いているその姿は、どこからどう見ても「深窓の令嬢」か、あるいは教会で祈りを捧げる「本物の聖女」そのものだった。
ボロボロのローブを纏っていても隠しきれない、圧倒的な素材の良さ。
街ですれ違えば、10人中10人が振り返るレベルの超絶美少女だ。
(……マジかよ。こいつ、黙ってればこんなに美人だったのか……)
俺がその美貌に見惚れかけた、次の瞬間。
アリスは汚れたティッシュを見て、カッ目を見開いた。
「て、店長ぉぉ!! この紙、拭いた汚れが全然染み出さない! 素晴らしい吸水ポリマー構造です! これ、使用済みでも洗えば売れますよ!?」
「……」
「……前言撤回。やっぱりこいつは残念だ」
黙っていれば「深窓の聖女」なのに、口を開いた瞬間に「ドケチな商人」になる。
俺は美少女(残念)の首根っこを掴み、ダンジョンの出口へと引きずっていった。
◇ ◇ ◇
街に戻った俺たちが向かったのは、冒険者ギルドではなく、路地裏にある怪しげな『錬金素材屋』だった。
「へっへっへ、店長。見ててくださいよ」
アリスが得意げに麻袋をカウンターに叩きつける。
店主の頑固そうな爺さんが、虫眼鏡で中身を覗き込んだ。
「……なんじゃこりゃ。ただの炭か?」
「よく見てくださいよ、ゲッペルさん。これは『オーク・ジェネラル』を瞬間的に1000度以上の超高温で焼き尽くした、純度99.9%の魔炭ですよ?」
爺さんの目が鋭く光った。
粉末を指でこね、匂いを嗅ぎ、最後に舌先で少し舐める。
「……ほう。不純物が完全に飛んでおる。これなら上級ポーションの濾過材や、火薬の触媒に使えるな。……どこで手に入れた?」
「企業秘密です♡ で、いくらで買い取ってくれます?」
爺さんはしばらく電卓(のような魔導具)を叩いた後、重々しく言った。
「全部で、55万ゴールドだ」
「ご、55万……ッ!?」
俺は素っ頓狂な声を上げた。
あのゴミが? 焼け跡の灰が?
普通のオーク討伐の報酬なんて、せいぜい数千Gだぞ?
55万Gと言えば、日本円にして55万円。俺の借金(ロケラン代)を一撃で返せる額だ!
「おい嬢ちゃん、売るのか? 売らないのか?」
「売ります! 即金で!!」
ジャラジャラとカウンターに積み上げられる金貨の山。
すげぇ、本当に55万ある。
俺は震える手でそれを受け取ろうとし――その瞬間。
『借金返済を確認。自動引き落としを実行します』
脳内にシステム音声が響いた。
同時に、俺の手元の金貨の山が、光の粒子となって、シュゥゥ……と消滅した。
残ったのは、わずかな小銭の山だけ。
『返済額:500,000 G(元本) + 100 G(日割り利息)』
『残り手取り:49,900 G』
「あ、あああ……俺の金……俺の命がけのロケットランチャー代が……」
俺はカウンターに突っ伏した。
右から左へ。50万Gが消えた。虚無だ。
だが、隣にいたアリスは違った。
彼女は残った約5万Gを、まるで宝物のように両手ですくい上げ、キラキラと輝く笑顔で俺を見た。
「すごい……すごいです店長! 借金を全額返しても、まだこんなに残ってます! 黒字です! 完全勝利です!!」
「……お前、ポジティブだな」
「当たり前です! 昨日までの私は、必死にゴミを拾って一日500Gだったんですよ!? それが、あなたと組んだら一日で55万Gの利益です! 私たち、最強じゃないですか!?」
アリスの曇りのない笑顔を見ていると、なんだか毒気が抜けてくる。
黙っていれば深窓の聖女。喋れば守銭奴。
でも、この突き抜けた明るさは、悪くない。
「……そうだな。晩飯にはありつけそうだ」
「はいっ! 行きましょう店長、あそこの屋台の串焼き、美味しいんですよ! 一本100Gと激安なんです!」
「……100Gか。ハンドガンの弾一発分だな」
「またそうやって換算する! ほら、行きますよ!」
アリスに手を引かれ、俺は夕暮れの街へ歩き出した。
借金生活からのスタート。
手元には約5万円。
相棒は、少し残念な美少女。
……まあ、悪くない異世界生活の始まりかもしれない。
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