幼馴染 (栗原礼央side)

 すっかり遅くなってしまったので、尾上さんを家まで送り届けた。


 いや、違う。


 付き合えることになって、舞い上がっていて離れがたくて。彼氏として彼女の安全を守りたくて。

 だから、送り届ける以外の選択肢は無かったわけで……


 先程までちらついていた雪は、もうあがってしまった。


 あの瞬間だけ、まるで奇跡のように振り注いだ白い結晶。

 

 もしかしたら、意気地のない俺の背を押してくれるために振ってきたんじゃ無いかとさえ思えてくる。


 でも、今日告れて良かった。


 扉の前で、何やら思い悩んだように口を開いては閉じてを繰り返している尾上さんを見て、愛おしい気持ちが溢れてくる。


 そう、こういう純粋で真っ直ぐで、気持ちが顔に全部書いてあるようなところが好きなんだよな。


 一緒にいて安心できるんだ。


 今もきっと、お部屋に案内してお礼をするべきか、いやいや、付き合うことになったからって直ぐ部屋にあげるのは嗜みが無さすぎるかも。

 なんて、ぐるぐる考えているに違いない。


 だから、俺からちゃんと言わないとな。


「尾上さん、今日はありがとう。俺、この後アホ崎のところに飲み物と食べ物差し入れてやらないとだから」

「あ、そうですよね。お疲れ様でした」


 明らかにホッとしたような顔。

 素直で本当にほっこりする。


「明日もよろしくな」

「あ、そうだった。明日もバイト」


 にっこり嬉しそうな顔になる尾上さんを見てしまったら、せっかくの覚悟が揺らぐから、俺は彼女に部屋に入るように促した。


「おやすみ」

「おやすみなさい、栗原さん」


 はにかんだ笑みがドアの向こうに消えたのを見届けてから、俺はコンビニ経由で拓都たくと(柿崎)のアパートへと向かった。



 拓都と俺は同郷出身。さらに言えば、小学生からの腐れ縁だ。

 彼は甘えん坊のくせに何でも器用にこなす奴で、要領が悪い俺とは真逆のタイプ。

 なのに何故か懐かれて、今もこうして直ぐ近くに住んでいる。


 合鍵で開けて中に入ると、煌々と電気をつけたまま、布団に潜り込んでいるのが見えた。


 熱はどうかな?


 そうっと布団を剥がして覗き込めば、とろりと目元が赤い。


 まだ高そうだな。


 冷やしてあったアイス枕を頭の下に差し入れたところで拓都が目を開けた。


「あ、礼央れおだ」

「気分はどうだ」

「ん、礼央の顔見たら元気出た」

「ふん、なんにも出ないぞ」

「つまんね」

「なんか食べれそうか? 飲み物は」

「ふふっ」


 潤んだ瞳がこちらを見上げてくる。零れ落ちた笑みが妙に色っぽいから止めて欲しいんだが。


「なんかいいな。弱ってると礼央がいっぱい世話してくれる」

「病んでる奴を放っておけるほど薄情者じゃないんでね」

「なんか機嫌よさそうじゃん」

「お、わかるか」

「ふん、興味ないし」


 すねたように背を向けた拓都が猫に見える。


「尾上に……告った」

「ん、で、めでたしめでたしか」

「まあ、な」

「良かったな。おめでと」


 向こうをむいたまま、くぐもった声が祝福してくれた。


「俺のおかげだよな」

「まあ、そう言われてみれば、そうだな」

「俺がインフルになって、尾上に代わりを頼んでくれって言ったからだろ」

「ああ、そうだったな。ありがとう、拓都」

「……今度なんか奢れよ」

「ああ、だから早く治せよ」


 ふんと鼻をならした拓都が、アイス枕に頭を戻した。


「経口水とお粥」

「ん、食べる。でも、もう礼央は帰れ。移って明日のバイト、穴空けたらヤバいだろ」

「確かに」


 綺麗な眉を寄せて、拓都がしっしっと手を振った。

 こいつはいい怪訝な奴を気取りながら、内面は繊細でよく気がつくんだよな。


「食べたら薬飲んで寝ろよ」

「ああ」

「後……ありがとな」

「ふん」


 話すのもしんどいと言う感じで目を閉じた拓都に、俺は「おやすみ」と声をかけてから部屋を出た。


 クリスマスイブに熱出して寝ているなんて、なんてアンラッキーな奴なんだ……


 でも、俺のために腕のよいキューピッド役を引き受けてくれた。


 口ではいつも素っ気ないことばかり言うけれど、誰よりも俺の事を大切に思ってくれている、最高のだ。


 熱、早く下がるといいな。



         



 

 


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