第7話 遭難者

 器土堂の声が響いた。


 「私は波留螺はるら星から来たものだ」


 写楽は思わず聞き返した。


 「波留螺はるら星?」


 「そう、波留螺はるら星は天空の遥かかなたにある。天空を船で航海していて・・船の燃料が無くなって、やむなく、この星に不時着したのだ。これが船だ」


 そう言うと、器土堂は蔵の壁をポンポンと叩いた。写楽が聞いた。


 「船? この蔵が船だというのか?」


 器土堂が笑った。


 「お主たちには分かるまい。我々の船は実態を持たない。周囲の想念によって、さまざまに形を変えるのだ。この星では・・お主たちの想念によって、蔵の形になっただけだ」


 「・・・」


 「私の実態もさまざまに変わる。私の船が・・お主たちが言う京都という土地の近くに不時着したとき、私は架空の器土堂かわらけどうという人物を想像して、その姿になった。以来、私は器土堂として、船の燃料になる材料を探したのだ」


 「船の燃料だと・・?」


 「そうだ。我々はお主たちのように食事を必要としない。そして、我々の船の燃料とは・・お主たちの食糧だったのだ。私はお主たちの食糧をさまざまに加工して・・船の燃料に最適なものを探した。そして、とうとう見つけたのだ。それが、お主が持っている黄身返し卵だ」


 写楽は手の中の黄色いゆで卵を見た。


 「これは、船の燃料だったのか?」


 「そうだ。卵はタンパク質というもので出来ていて、タンパク質は折りたたまれて機能を発揮する。その折りたたみ構造を変えることで、さまざまな機能を作り出すことができるのだ。それで、私は卵に着目した。いろいろな卵料理を創作して、最終的に・・卵を糖味噌に漬けて、タンパク質の折りたたみ構造を変えたものが、船の燃料に最適だということを見つけたのだ。その過程で、卵は黄身と白身が反転して・・その黄身返し卵になるのだ。だが、京都で作る黄身返し卵は、今一つ効果が薄かった。そこで、私はもっと強い効果を求めて、江戸に移ったのだ」


 重三郎がいつの間にか写楽の横に立っていた。今度は重三郎が聞いた。


 「では、あんたは、最適な燃料を探すために『万宝まんぼう料理りょうり秘密箱ひみつばこ』という本を書いたのかい?」


 重三郎の言葉に、器土堂が頷いた。


 「そうだ。お陰で、さまざまな卵料理を創作することができたよ。でも、それも終わった。私は武州の卵で・・十分な燃料の効果を持つ黄身返し卵を作ることができたのだ。この黄身返し卵を燃料にして、私は波留螺はるら星に帰ろうと思う」


 写楽が、茂兵衛の横に立ったままの女と、床に転がったままの髑髏を指さした。


 「では、この女と髑髏は何なんだ?」


 器土堂が笑った。


 「さっき申したではないか。我々の船は実態を持たない。周囲の想念によって、さまざまに形を変えるのだと・・。それらは、お主たちの想念で出来た、船の一部なのだ」


 「船の一部!」


 「そうだ。燃料である黄身返し卵をお主が投げたので、船が動きを止めたというわけだ」


 「・・・」


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