第6話 蔵

 蔵の中は、昼間、写楽が見たまんまだった。中央に、あの糖味噌の樽と卵の入った籠が置いてあった。隅には文机と長持ち、そして木箱だ。


 重三郎が長持ちの蓋を開けた。写楽が提灯の明かりを中に向けた。中には、全裸の女が横たわっていた。若い女だが、写楽が昼間見た女よりは少し年を取っていた。髪も島田髷しまだまげで、昼間の女とは違っている。女は目を開けたまま、上を向いていた。死んでいるのは一目で分かった。


 茂兵衛が「ひええええ」と声を上げて、床に尻もちをついた。重三郎も動けない。写楽は横の木箱の蓋を開けた。提灯をかざす。中には・・あの髑髏しゃれこうべがあった。


 写楽は卵の籠のところに行ってみた。籠の中には・・殻をむいた、黄色いゆで卵が山盛りになっていた。黄身返し卵だ。


 そのときだ。蔵の外に足音が響いた。重三郎が「誰か来た」と叫ぶのと、写楽が提灯の灯りを消すのが同時だった。


 誰かが開け放ったままの蔵の入口に立った。外からの月明かりの中に、細長い影が浮かんでいた。影が手を蔵の壁に動かすのが見えた。


 次の瞬間、蔵の中が昼間のように明るくなった。器土堂かわらけどうが立っていた。器土堂が抑揚のない声で言った。


 「お主たち、誰に断って、ここに入った。須原屋さん。あんたまでが・・」


 茂兵衛が尻もちをついたまま言った。


 「器土堂さん。あ、あんた・・」


 恐怖でそれ以上は声にならないのだ。


 器土堂が何かを言った。あの異国の言葉だ。すると、長持ちから女が立ち上がった。女は長持ちを出ると、茂兵衛の前に立った。床にしゃがんだ。両手を茂兵衛の首に当てて、首を絞めつけた。茂兵衛の口から「うぐぐぐ・・」と声が出た。


 器土堂が再び何かを言った。今度は木箱から髑髏が飛び出した。髑髏が宙を舞って、重三郎の首に噛みついた。重三郎は「うわ~」と叫ぶと、首から髑髏を引き離そうとした。が・・離れない!


 写楽は咄嗟に目の前の黄身返し卵を二個つかむと、女と髑髏に向かって投げた。女と髑髏が大きく口を開けた。


 写楽が投げた黄身返し卵は・・写楽が狙ったわけでもないのに・・女と髑髏の口の中に吸い込まれていった。女と髑髏の動きが止まった。


 茂兵衛が女の手を払うと、ぜいぜい言いながら床から立ち上がった。同時に、重三郎が首から髑髏を払いのけた。髑髏が床に転がった。ゴロゴロという音が蔵の中に響いた。


 器土堂が写楽を睨みつけた。手に短筒のようなものを持っている。器土堂が短筒を写楽に向けた。


 写楽が慌てて叫んだ。


 「待ってくれ、器土堂さん。俺たちは、あんたに危害を加える気はねぇんだ」


 器土堂の動きが止まった。写楽が重ねて言った。


 「だが、教えてくれ。あんたは・・誰なんでぇ?」


 

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