第21話 月やこの世の鏡なるらむ その2


 原作BBBは既に完結している。

 故に、俺はこの光景を知らない。


「この病院は彼女達、元魔法少女たる”魔女”達が、君1人の為に用意した病院でね。都市を見渡せる場所に建っている。見えるだろう、親友。これが今の外の世界だ」


 夕焼け。

 優しい風がゆっくりと吹いている。


「……マジか」


 病院の屋上から、ソレを視た瞬間、息をのむ。


 眼下に広がっていたのは、夕焼けに染まる巨大な都市。

 整然と並ぶビル群は、蒼い水晶で建造されていた。

 オレンジの光を反射する光景は、輝く夕方の海面にも見えた


 血管のようにはりめぐされたモノレールや交通網。

 宮殿のような建物、レンガの建物、伝統的な家屋群れ。

 ファンタジーと現実が混じったような不思議な街。


 街の中心に、妙なものが鎮座している。

 大きな鐘と、それを吊った塔。バカでかい鐘楼を中心に都市が形成されている。


 ふと空を見上げると、数隻の飛行船が夕焼け雲の中を漂っていた。

 飛行船から空に映像や文字が投影されていく。

 ここからでもはっきり視認出来る。


 《今月の最優秀探索者MVP》《NO1:山味サク》《討伐魔獣数1313》《ダンジョンコア破壊数:66》


 次の瞬間に、ARの映像や文字は、ダンジョンの警戒レベルや立ち入り禁止区域の情報へと切り替わっていく。


「……覗いてごらん」


 山味が俺の顔の前に、双眼鏡を差し出してくれた。

 覗き込むと、都市の様子が更に鮮明に把握出来る。


 ビルの間を――スケートボードのようなものに乗って飛ぶ人影があった。

 魔力光を纏って自由に飛ぶ人間。


 魔法少女達の空中移動は見慣れたものだが、飛んでいるのは、若い少年達だった。

 軌跡のような光を引きながらビルとビルの間を競うようにスケートボードのようなものに乗って滑空する少年達。


 アレが、魔法少女以外の超人、探索者なのだろうか。

 魔法少女でも、担当官でもない、新しい形の人類の守護者。


「対ダンジョン防衛都市――”シン・トーキョー”」


 双眼鏡から目を離すと、山味が隣でぼそりと呟く。


「――全ての魔獣、ダンジョン。それらの災いを呼び寄せ、引き受け、受け止め

 、殲滅する。人類最後にして最前の最終防衛ライン」


 山味が少し前に進む。

 夕焼けと街を背にして振り向く――。


「あんたの繋いだ命が作った街、あんたの意思を継いだ彼女達がたどり着いた、新たな人類の最前線、そして――」


 ゆっくり微笑んだ。


「あんたが護った世界だよ、親友」


 ――あの時、テセウス01と共に死ぬ瞬間まで思っていた事がある。


 本当にこれしか手段がなかったのか。

 もっといい方法があったんじゃないか。


 本当に、俺の選択自己犠牲は正しかったのか。

 魔法少女達を悲しませるだけだったんじゃないか。

 目を覚ましてから、ずっと考えていた事だ。


 今なら言える。

 間違っていなかった。

 

 あの場で死ぬべきは、間違いなく俺だけだった。

 彼女達は――この世界の人間はたどり着いたのだ。


 少女達だけに戦わせるのではなく、全員が戦うべきという当たり前の答えに。


「――死んだ甲斐があったな」


 つんと鼻の奥が痛む。

 気を抜くと、涙が零れそうだ。

 これは、悲しみでも、辛さでもない。


 ――感動だ。


 魔法少女達に、戦後を生きて欲しかった。

 戦いから解放されて、普通の子供のように生きて欲しかった。


 でも、あの子達は、完全に俺の想像を超えていた。

 不出来な俺が出来なかった事を簡単にやってのけた。

 生き残ったあの子達が、新しい世界を作ったのだ。


 俺のような、自己犠牲をして彼女達を悲しませる事しか出来ない無能の尺度で、魔法少女達を測ろうとした事がそもそも、間違いだったのかもしれない。


 ――


 ふと、俺の心に欲求が湧いた。

 書いた覚えのない遺書、それを書かせた黒幕野郎の調査、そういう外的な理由じゃない。

 俺の心から沸いた欲求、彼女達が作った新たな世界、俺の大嫌いで――大好きな、俺の知らないBBBの新しい世界を。


 この世界を、彼女達が作った世界を、自分の足で。


「はは……」


 でも、その願いは叶わない。

 歩けもしない自分が、情けなくて。



【………………権●・●続・●●●●】



「アレ? なんだむん? あれれれれ?」


 急に、俺の肩の上でムンチョが騒ぎ始める。

 ムンチョの身体から青い光が零れ始めていた。

 その光が、俺にそのまま降り注ぐ。


「えええええ!? なんでえ!? なんでだむん!? むんの魔力が、お前に――えええ!? 契約もしてないのに! 魔力回路が繋がってるムン!?」


 身体が熱い。

 おい、嘘だろ。

 首から下に存在しなかった感覚。

 身体があるという感覚が、足、腕、四肢の感覚が戻って――。

 

「親友、それは……」


 気付けば、俺は車椅子から立ち上がっていた。

 身体が、動く。


 もっと近くで、魔法少女達が作った世界が見たい。

 無意識に夕焼け空に手を伸ばす。


 一歩、二歩、前に進んで。

 

 びいんっ!

 車椅子と俺を繋げる生命維持装置のケーブルの事を忘れていた。

 

 ケーブルが絡まり、転ける。

 ああ、もう、俺は3歩も歩けないんだな。


「親友!」


 間一髪のところで、山味が受け止めてくれた。

 小さな体からは想像できない頼もしさ。


 あの飛行船が投射していた探索者の情報。

 ……そうか、お前も戦えるようになったんだな。


 皆、すげえなあ。


「はは」


 まともに歩く事も出来ない俺。

 新たな世界を作った大切な教え子達。

 魔法少女と肩を並べる事が出来るほど強くなった同僚。

 

 皆、すげえよ。


 魔法少女達は成長し、魔女となった。


 彼女達を、魔法少女達を戦いから解放する事は出来なかった。

 これは完璧な未来じゃない。

 だが、それでも、完璧じゃなくても世界は少しづつマシな方に進んでいる。


 新しい世界だ。

 誰しもが可能性に溢れ、世界を護ろうと努力している新しい世界。

 足を引っ張る老人も排斥され、少女だけに全ての責任を押し付ける必要のない新しい世界。


 その新しい世界で、動けも出来ない無能の居場所はきっとない。


 俺の役割は、もう完璧に終わっていたんだ。


 良い事だ。

 

「山味、悪い、ナイスキャッチ」

「親友! あんた、今、どうやって歩いて――、いや、それより、維持装置は……良かった外れてないね。どこか、どこか体に、異常はないか――親友……? ァッ……くっ……」


 どうしたんだよ、山味。

 なんでそんな悲しそうな顔してんだ。


 世界は、少しづつマシになる。

 魔法少女達は今は、曇っているが――彼女達はもう子供じゃない。

 きっと、これから立ち直り、いつかいつしか俺の事など忘れて新しい未来に歩いて行ける。


 彼女達は、強い人間だ。それを一番知っているのは俺だ。


「すげえな、ホントに。マジで、皆すげえよ」


 良い事だ。

 未だ戦いは続き、しかし世界には覚悟と準備が具わっている。


 新しい世界で、きっと魔法少女――魔女と人類は勝利する。

 そしたら、今度こそハッピーエンドだ。

 良いじゃないか、それで。

 最高だ。最高だって思うのに。


「ははっ」


 なのに、なぜ――俺は。


「これじゃ――もう俺は要らないなァ」


 ――ちょっと泣いているのだろうか。




【人間の精神と肉体は密接に深くつながっている】


 どれだけ明るくポジティブで強い人間だろうと、首から下が動かない状況が長く続けば次第に心は痛んでいく

 人の心が脳の電気信号の動きというのなら、体を動かせない事による血流循環は十分、心に影響を与えるだろう。


 桃無楽人は、充分に強い人間だ。

 しかし、あくまで――人間なのだ。


 彼が見せた弱さは、彼の環境、肉体の状況、精神へのストレス。それらの悪影響から考えれば異常なほどに些細なものだった。


 むしろ、本人からすればある意味前向きになれる出来事でもあった。

 ムンチョから供出された魔力――その影響か……。

 体の感覚、首から下の感覚が、戻りつつあったのだから。


【唯一の不運は】


「「「――――ァ」」」


 そのわずかな綻びともいえる弱さを――魔女達が目撃してしまった事だろうか。



 ◇◇◇◇



「これじゃ――もう俺は要らないなァ」


 水名瀬ツルギの目の前で、力なく倒れ、山味に受け止められた桃無楽人。

 ツルギは、しかと見た。彼女の優れた視力は決して見逃さない。


 桃無楽人が、泣いていた事を。

 ツルギはまた――己の相棒の危機に立ち会えなかったのだ。


 ~あとがき~

 次回はツルギ曇らせ回。

 その後、主人公覚醒回です。

 ここまで読んでくれた方が後悔しない話になる事を約束します。










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