第10話 遺書朗読:鳳翔院ホノカ視点


 炎が好き。

 お母さんと2人だけでこっそり裏庭で焼いた焼き芋がね、とても甘かったから。

 ほろほろと溶けるように崩れていく落ち葉と、何処までも登っていく煙を見るのが好き。


 ねえ、センセイ。

 あの日の事、覚えてる?

 私はずっと覚えているよ。


「"遺書――鳳翔院ホノカ様へ”」


 センセイの隣に寝転んで、センセイの体温と香りを感じ、センセイからの手紙を読み始める。


 私は古い記憶を思い出す。


「”この手紙を君が読んでいる頃、私はもう、この世界にはいないのだろう。すまなかった。担当官でありながら君より先に私は死ぬ”」


 私の家は――いわゆるお金持ちだった。

 魔獣が現れる前の世界で、仮想通貨でまとまった資産を手に入れた父が一代で築いた典型的な成り上がりモノの家。


 そんな家で、私は妾の子として生まれた。

 私のお母さんは、家の世話をするメイドさんだったんだ。


 笑っちゃうよね、この令●の時代にメイドって。

 初めからお金持ちだったユキちゃんの家と違って、私の家は成り上がりモノだから……そういうのに憧れちゃったのかな。


 父はお母さんを、分厚い壁の寝室によく連れていっていました。

 あの分厚い壁の寝室も大嫌い。


「”まずは、ありがとう。魔法少女としてここまで戦ってくれて。本当にありがとう。顔も知らない誰かの為に命を賭けて戦ってくれた君を――心から尊敬している。そしてごめんなさい、君から普通の生活を奪ってしまった事を”」


 センセイの遺書を口に出す度に、心がね、温かくなるんだ。

 普通の生活を奪って、ごめんなさい、だって。変なの。私をあの生活から救ってくれたのは、センセイなのに。


 私の普通の生活はね、嫌いな人達のお世話をする事だったんだよ。

 お母さんがメイドで、卑しい女だから私もそうなんだって。

 父の奥さんとか、妹さんとかには何度も何度も殴られたし、熱い湯を掛けられた事もあったなあ。不思議と火傷はしなかったけど。


 だからね、女がね、嫌いなんだあ。


「”本当なら、皆と一緒に学校に行き、勉強して友達を作って遊ぶ。君からそんな当たり前を奪ったのは私だ。君の全ての不運と不幸は私の責任だ」


 学校は嫌いだよ。

 皆、私を委員長にしたり、お姉ちゃんにしてくるんだよ。

 なんで、皆のお姉さんを私がしないといけないの?

 気持ち悪い。


「”恋だってしただろう。君は素敵な人間だ。君をまっすぐ視て、君の事を好きになって――そんな幸せな時間と出会いだってあったはずだ”」


 男の人は嫌いなんだ。

 私に嫌な事をさせるから。

 ねえ、なんでお家にいるあの人はお母さんに命令するの?

 ねえ、なんでお家にいるあの人達は、私の事をメカケノコって呼ぶの?

 お世話って何? なんで私が好きでもないヒトのお世話をしなくちゃいけないの?


 私の肩に触らないで、私のお尻を触らないで、私の下着を貴方が用意しないで。

 気持ち悪い。気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い。

 

 お母さんが病気で死んじゃった。

 どんどんあの家は気持ち悪くなっていく。


 父は奥さんより、私のお母さんの方が好きだったみたいでさ。

 私を傍に置くんだよ。

 やめてよ、奥さんや妹さんに後で殴られるのは私なんだから。


「”君から当たり前を奪ったのは、私だ。――君の帰る居場所を壊したのも私だ。本当に申し訳なかった。あれしか、方法がなかったのを言い訳にするつもりはない”」


 家族は嫌い、奥さんも、妹さんも――父、お父さんも嫌い。


 大嫌い。

 お父さんは、私をお母さんにしようとしてくるから。

 

 やめて、やめて、やめて。

 お父さん、やめて下さい。

 私をお母さんにしないで下さい。私はお母さんじゃありません。

 あなたのお世話はしたくありません、私にお母さんの服を着させようとしないで。私はお母さんじゃないから貴方に触れたくないし、触れられたくもないです。

 

 お父さんに、寝室に呼ばれました。

 

 奥さんや妹さんは旅行に出かけています。

 この家には、私とお父さんしかいません。

 窓のない寝室、鍵のかかった扉。


 分厚い寝室の壁、防音。この部屋で大きな声を出しても誰にも届かない。


 お父さんは、私をベッドに押し倒して――。お母さんの代わりをしろだって。

 私は、お母さんじゃないのに。


 ああ――お母さん、お母さん、お母さん。

 ……あの焼き芋、美味しかったな。

 あの焚火、あの炎、暖かったなあ……。

 ねえ、なんで、1人で死んじゃったの? 

 

 息を荒くしたお父さんが、私に覆いかぶさろうとして――。



『はい、どうもォォ! 魔法少女管理委員会、担当官一丁入りまァす!!!!』



 爆音と共に、寝室の壁が砕かれました。

 消化用の斧を貴方が、あの寝室を壊してくれた。


『キッッッショイわァ! お前、ゲンサク通り、実娘に盛ってんじゃねえぞ、変態ロリコン若作りがよぉ!』


 壁を壊し、寝室に押し入ってきたセンセイ。

 お父さんに何か言われても勢いはそのままで……。


『住居不法侵入? 器物損壊? 警察に通報? 付き合いのある弁護士?? うんうんうん――うるせえ!! 魔法少女管理委員会を舐めんな。クソ黒幕組織権力の重みを思い知れ!!』


 ヒステリックに叫ぶ半裸のお父さんを――センセイの拳が殴り飛ばす。


『権力、最強!』


 私は、その時久しぶりに笑ってしまった。

 作り笑いではない、心の底からの笑い。


 その後、センセイは私と一緒にその家を燃やしてくれた。


 気絶したお父さんは黒い救急車に乗せられて、家の周りには黒い消防車がたくさんかけつけて。

 ぱちぱちと燃える家、嫌な思い出ばかりの場所を綺麗さっぱり灰に変えてくれたっけ。


 炎が好き。

 お母さんと2人だけでこっそり裏庭で焼いた焼き芋がね、とても甘かったから。

 炎が好き。

 センセイと一緒に燃やしたあの家は、とても綺麗だったから。


 その後、私は魔法少女になった。

 モノを燃やす能力だって、ふふ。

 センセイあの時、あの家を燃やしてくれなかったら、わたしが燃やしちゃってたかも。

 あの家の人間ごと――。


「”最期の時、君にヒドイ事を言った。本当に申し訳ない。――弁当、いつもありがとう。本当に美味しかったよ、ありがとう”」

「”俺はこれから死ぬ。けれど、どうか悲しまないで欲しい。俺は勝つ。君を護って死ぬ事こそが、俺の勝利であり、俺の願い。どうか、どうか”」


 あなたのお世話をするのは大好き。

 あなたは私に、何にもならなくていいと言ってくれたから。

 あなたにお世話を断られると悲しくなる。

 私はあなたの役に立ちたいのに。

 必要、ないのかなって苦しくなる。


 だからね、最終作戦は本当に悲しかったんだよ。

 私は私がされて嫌な事を、貴方にしてしまっていたのかなって。

 だから嫌われちゃったのかなって。

 あなたに嫌われた私に価値なんてあるのかなって。


「"どうか、生きて幸せになってくれ"」

「"君が幸せに生きてくれること、それこそが俺の勝利だ"」


 ずっと護られていた。

 最初から最期まで私達を護る為に戦っていたんだね。


 ごめんね、ごめんね、ごめんね。

 気付けなくてごめんね。

 センセイは出会った時からずっとずっと私を護ってくれた。


 貴方の遺書を、貴方との思い出を反芻しながら読み続ける。

 とてもとても豊かな時間。


 ねえ、センセイ。こんなもの書かせてごめんね。

 どんな気持ちだったの?

 今なら分かるよ、私たちに酷い事を言った理由。

 

 でも、こんなの書いたらダメだよ。

 センセイ。


「”君を愛している――君の担当官、桃無楽人”」

  

「私もだよ、センセイ。だから、これからはずっとずっとずっとずっとずっとずっと私が護るからね」


「私ね、センセイならいいよ」

「たくさんたくさんお世話したいんだ。他の人のお世話は嫌いだけど、センセイのお世話は大好き」


「だからね、もう頑張らなくていいんだよ」

「私がいるからね。ユキちゃんでも、ツルギちゃんでも、他の魔法少女でもーーでもなく、私が護ってあげるから」

「お姉ちゃんにも、お母さんにもなってあげる」

「たくさんお世話したいな。させてくれるかな? させてくれるよね?」


「私が、センセイのお姉ちゃんママだから」


 ◇◇◇◇


 鳳翔院さんが遺書を読み終わり、寝転んだまま俺の胸に頭を乗せる。

 

 小さな顔、綺麗な目鼻の美少女の頬がぷにりと俺の胸に押し当てられ形を変える。


 目だけは、やはり澱んだまま、微笑んで。


「私がセンセイのお姉ちゃんママだから」


 どちらかにしろよ。




 〜あとがき〜

 鳳翔院さんはお姉ちゃんママ。

 曇らせからの激重歪み愛情が鳳翔院さんのテーマです。


 ブクマ、評価、感想ありがとうございます。

 曇らせしつつ、作品進行していきます。


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