第5話

 三年生になった私は、モーモーちゃんを卒業することになった。ほんとに短い間で、あっという間に過ぎ去ったけれど、とても充実していたと今でも思っている。

 どのように卒業しようか、引退記念イベントをやろうかという話もあった。

 お決まりのダンス、お決まりのパフォーマンスのあと、ステージの真ん中に立った私が、ゆっくり牛の頭を外す、もちろんその時は黒い袋はなしにしよう、そしてみんなに挨拶をする。もし、お望みならば、前半のダンスなどは別の子にやってもらって、汗をかかないよう直前まで頭を被らず、ばっちりスタイリングしたヘアーで気合いが入ったメークをして、そんな姿が頭を外すと現れるというのはどうだろう、大成功は間違いないよ、そんな企画だった。

 スポットライトを浴びて、アイドルみたいになって、もしかしたらスカウトされてたりしてデビュー………というのも悪くはないかなと迷ったけれど、なにもせずに、誰にも気づかれないで引退することにした。今のままの平凡な女子大生が一番いいと思って。


 モーモーちゃんを引退してから半年がたち、私は、静かな大学生活を取り戻していた。

 授業、レポート、友達とのおしゃべり、そして藤木くんとの放課後デート、あぁ、やっと普通の大学生に戻ったんだなぁ……、そう思うと、心はすごく穏やかだった。

 でも、どこかにぽっかり穴があいているのも、事実だった。

 あのステージの眩しさも、あの衣装の重みも、地獄のような暑さも、もう味わえないんだよねと思うと、はっきりいって、さびしかった。


 そんなことを考えていた時、大学から「選考のお手伝いをお願いできないか」と依頼が来た。どうやら秘密裏に新モーモーちゃんプロジェクトが始動しているらしい。

 会場には、いろいろなタイプの候補者がいた。ものすごくダンスの上手い子、体操経験者でアクロバットまでできそうな子などなど、なかなかの特技の持ち主もいた。

 選考の結果、おっとりした印象の貴子ちゃんに決まった。ちょっとどんくさくてそれが可愛いというキャラが気に入っていたので、できれば、そのままでと思っていた私はほっとした。

 そして、私が「先輩モーモーちゃん」として面倒を見ることになった。


「暑いですぅ!」

「大丈夫、すぐ慣れるわよ」

「足元が見えません!」

「怖がらないで、ちゃんと私がついているからね」

「うわ、階段こわっ!」

「階段は危ないわね。無理しちゃダメよ。助けてあげるし、一歩、一歩ね」

「私、可愛いですか?」

「モーモーちゃんはね、視線が命なんだよ。目が見えなくても“見てるつもり”で動くと、全然違うから」

「こ、こうですか?」

「そうそう! ほら、モーモーちゃんっぽい!」

 レッスンのたびに、貴子ちゃんが少しずつ自信をつけていくのを見ながら、“教える立場”になる日が来るなんて思いもよらなかったと、不思議な感慨に包まれていた。


 迎えた初舞台は、ショッピングモールでのイベントであった。

 控室で、貴子ちゃんは牛の頭を抱えて震えていた。

「せ、先輩……私、怖いです……」

「大丈夫よ。最初は誰でも緊張するわよ」

 私は、最初に被った時の恐怖をまざまざと思い出して、貴子ちゃんの頭をそっとなでた。

「お客さんはね、あなたを試すためにいるんじゃない。モーモーちゃんを応援しにきてくれているんだから」

 深呼吸をして、牛の頭をかぶった貴子ちゃんが、ステージに登場する。

 こわごわと、ゆっくりと慎重に歩いている、そんな気持ちはよくわかる。

「ああ、私もきっと最初の頃はああだったんだ」と思わず懐かしくなっていた。

「そこ、そこ、気をつけてね!ああ、上手くいった、よかった」と心の中で応援していたが、あの時もみんなはこんな感じで私を応援してくれていたんだなと気がついて、感謝の気持ちも湧いてくる。

 「も〜!」と大きな声をあげ、手を振るモーモーちゃん。

 子どもたちは一斉に「モーモーちゃんだー!」と駆け寄った。

 モーモーちゃんの周りは、あっという間に歓声と拍手で包まれた。

 最初のぎこちなさは消えて、笑顔の輪につつまれたモーモーちゃんは光り輝いて堂々としている。

 貴子ちゃんは中できっと感激しているだろうなと思うと、私も幸せで胸がいっぱいになり思わずウルウルしてしまった。

 イベント終了後に控室に戻って牛の頭を外した貴子ちゃんは、汗で顔をぐちゃぐちゃにしていた。初めて見る“使用後”の姿を見て、私もこんな姿になっていたのかと思うと笑えてくるというか、悲しくなるというか、複雑な気持ちになってしまった。

「……っ! 楽しかったです! すごく……すごく楽しかった!」

 声を震わせる貴子ちゃんを私は思わず抱きしめた。

「お疲れさま。今日から、あなたが本当のモーモーちゃんよ」

「はいっ……!」

 その帰り道に、私は迎えに来た藤木くんと並んで歩きながら、ぽつりとつぶやいた。

「なんかね……やっと、モーモーちゃんを手放せた気がする」

「うん。いい後輩に引き継げたね。“元モーモーちゃん”になれたね。“元”って響き、ちょっとかっこいいよね」

 引退イベントなんかしなくてよかった。みんなに気がつかれず、新しい子に静かにバトンをわたせた。モーモーちゃんは永遠に続いていく、のかな?

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