第4話
交流イベントから数日たった昼休みのことである。学食でカレーを食べていると、美咲ちゃんがドンっと向かいに座ってきた。彼女の顔が妙にニヤついている。危険な予感しかしない。
「ねえねえ、ちょっと聞いて!」
「……なに、その顔」
「ふっふっふ。モーモーちゃんファン、現る!」
「……は?」
「交流イベントのときね、ある男の子がモーモーちゃんのことめっちゃ気に入ったんだって! でね、中の人にぜひ会いたいって言ってきてるの!」
「えええっ!?」
私は、学食中に響き渡るくらいの声を出してしまった。周囲の子たちが何事かとこっちを見ている。
「私の友達の友達づてで“中の人紹介して”って話が来てるのよ。その彼、“モーモーちゃんは踊ってるときに誰よりも楽しそうだった”とか、“あの動きは人柄が出てる”とか言ってずいぶん乗り気らしいんだ」
一緒にいた彩花ちゃんが尋ねる。
「で、その彼ってどんな人?」
「えっとね、S大学の二年生で、名前は藤木くんというんだって」
「へえー、さわやか系?」
「そうそう。背高いし、バスケサークルで人気あるんだって」
私の心はちょっと動いた。いいチャンスかな。でも、その彼は、私じゃない、モーモーちゃんに気があるのよね、その正体を見たら、がっかりなんて最悪だ。
「モーモーちゃんの中の人はつまらない地味な女子大生です。会う価値ありませんって答えてよ」
「地味じゃないわよ!」と彩花ちゃんが真面目な顔をして反論してきた。
「モーモーちゃん、やるようになって、キラキラしてるよ。そう、きれいになった。悔しいけれど」
「じゃ、前の私って、どんなんだったんですか?」
「いや、そうじゃなくて、自信があなたを輝かしているの。そう、なにより、自信を持たなくちゃ!」
その時、美咲ちゃんは携帯を取り出した。
「ちょうど今、藤木くんから“返事どうかな?”ってLINEきた」
「ちょ、返信しないで! 絶対しないで!」
「えー、会うだけでもいいじゃん?」
結局、私は待ち合わせのカフェに、両脇を美咲ちゃんと彩花ちゃんに固められながら、ダメ元でもいいじゃない、やってきたチャンスはきちっとつかまなくちゃと、自分にカツを入れて、座っていた。
やがて入ってきたのは、長身で爽やかな雰囲気の男子で、周囲の女子が思わず視線を向けるくらい、目立つ存在だ。
「あ、来た来た。あの人!」
美咲が小声で言った瞬間、私の心臓が爆音を立て始める。
「はじめまして。S大の藤木です」
笑顔で挨拶してきた彼。……やばい、イケメンすぎる。今にして思えば、私の恋に恋する乙女心が、彼を素晴らしすぎる男性にしていたのかもしれないけど。
「は、……はじめまして」
私は蚊の鳴くような声で返していた。
それからの時間は、正直よく覚えていない。ただ、覚えているのは、藤木君が「交流イベントでモーモーちゃんを見て、すごく元気をもらったんです。踊ってる姿とか、観客に手を振ってる姿とか……なんか、人柄が出てるなって。だから、その……中に入ってた人に、どうしても会ってみたくて」としゃべっている姿、そして「モーモーちゃんの中の人って、あなたなんですよね?」と私に、まったく、突然に聞いたことだけである。
頭が真っ白になる。心臓が口から飛び出そう。
「え、あ、いや、その……」
「すみません。なんとなくだけど、そうかなって」
「ああ、はい……」
私は、そのまま、下を向いたまま、楽しそうに三人がしゃべっているのを聞いていただけだった気がする。
その日から私は変わってしまった。日々の暮らしは変わらないのだけれども、授業に出ていても、ふとノートの隅に「牛」って書いてしまうし、図書館で参考書を広げていても、ページの間から牛のイラストがひょっこり顔を出す気がする、ひたすら何かを待つ日々になってしまった。
そんなある日、美咲ちゃんがまた新たな爆弾を投下した。
「ねえねえ、来週の地域商店街イベントでモーモーちゃん出動するでしょ?」
「……は? 聞いてないけど」
「でね、その日はみんないろいろあって、サポートしてくれる人がいないんだよね。だから、藤木くんにお願いしよっかなって、話なんだけど」
もっと別な、夢のような再会を思い描いていた私が、牛になる私として再会するの?
「ちょっと、やめてよ!!」
私の叫びもむなしく、その日のうちに美咲ちゃんは藤木くんにLINEしていた。
「商店街イベント、手伝ってくれるって!」
「えっ、ほんとにOKしたの!?」
「うん。“楽しそうだからやります”って」
でも、チャンスは二度と訪れないかもしれない、少し違う、いや絶対に違うんだけど、なんとなかるわと私は思い直すことにした。
それからは、その日を指折り数えて待ちながら過ごす、そんな日々となった。
前の日の晩、明日は何を着ていこうか、どうしても決められず、その上に、気合いを入れてメークだ、髪の毛だと朝早くから起きなければならず、ほとんど眠れなかったから、私は眠たい目をこすりながら、どんなに頑張ったところで、すぐ牛を着て、黒い布に覆われ、帰ってきたときのは私は、と想像してみると空しい努力だったなと思いながら、商店街の特設広場に現れた。
いた。
「おはようございます」私は、蚊の鳴くような声で挨拶をする。
まず、私一人で控室に入り私は着替えを始めた。ばっちりスタイリングしたヘアーで気合いが入ったメークをして、あまりに平凡なロンTとスポーツパンツの私ができあがった。色は薄いピンクにしたけれどね。
扉がノックされて「もう、入っていいですか?」と藤木君の声がする。
藤木君の前で、私はお決まりの黒い布を被る。
やっぱりこんなのを見られるなんて、失敗だ、止めておけばよかったと後悔したけれど、完全に手遅れであった。
モーモーちゃんの胴体に入ると、藤木君が背中のチャックを手際よく上げてくれる。
モーモーちゃんの頭を被せられた私は、しばらくの間、私とお別れとなった。
「はい出来上がりですね。……あれ?」
「え?何ですか?」
「似合ってますね、本当に」
「似合ってるって?」
「うん、だから似合ってるんですよ」
よく意味がわからなかったけれど、ともかく嬉しかった。
イベントが始まると、モーモーちゃんはやっぱり人気者だった。子どもたちが「モーモーちゃーん!」と駆け寄り、大人たちも写真を撮りまくる。私は必死に蹄を振り、頭を上下させて愛想を振りまく。
その横で藤木くんは、完全にスタッフをやってくれていた。
「はいはい、順番ね。押さないでくださーい」
「モーモーちゃん握手中でーす。はい次のお子さんどうぞ!」
声もよく通るし、笑顔で誘導してくれるから、子どもたちも安心して並んでいる。
さらに、写真撮影のときには子どもを抱き上げてくれたり、モーモーちゃんの蹄をさりげなく握らせてくれたり。
「ほら、モーモーちゃんも嬉しいって」
「モー!」
「やったー!」
……あれ? このコンビ、意外と完璧じゃないかしら?
午後のステージ企画では「モーモーちゃんとジャンケン大会」があった。
私は大きな蹄で「グー」「チョキ」「パー」を無理やり表現し、子どもたちと大盛り上がり。隣で藤木くんが「モーモーちゃんチョキ出しましたー!」と実況する。
「わあ! モーモーちゃん勝ったー!」
「やったー!」
会場は大歓声であふれる。私と藤木くんの掛け合いは完全に漫才のコンビみたいになっていた。
その様子を誰かがSNSにアップしたらしく、「#モーモーちゃんとイケメンスタッフ」というタグがトレンド入りしていたそうだ。
「あー、暑い……」
「お疲れさま」
藤木くんがスポーツドリンクを差し出してくれる。汗と涙でぐちゃぐちゃになっている素顔を見せているのだけれど、もう気にならない。素直な笑顔で受け取って、ゴクゴクと一気飲みをする。
「……ありがとう。いやもう、死ぬかと………」
「でも、すごい人気でしたね。小さい子も大人も、みんな笑顔になってましたよ」
確かに、子供たちの笑顔は素晴らしかった。でも、私はもっといい笑顔が見れてとても幸せだった。
藤木くんがタオルを差し出してくれる。
「これからも、一緒にやりませんか。モーモーちゃん活動を」
私はタオルで顔を隠しながら、小さくつぶやいた。
「……モー」
すると彼がすかさず答える。
「モー」
二人で大笑いした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます