第2話 症状
翌朝、目が覚めたのは昼過ぎだった。
部屋の電気はつけっぱなしで、カーテンの隙間から白い光が差し込んでいる。枕元には、昨夜裏返したままのスマホが転がっていた。
嫌な夢を見た後のような、重たい感覚が頭に残っている。
昨夜の動画。
削除されたはずのアカウントからのメッセージ。
私はスマホを手に取り、DMの履歴を確認した。やり取りは残っている。だが、送り主のプロフィールは相変わらず表示されない。
『このアカウントは削除されたか、存在しません』
動画のリンクを開いても、『この動画は削除されました』の文字が出るだけだった。
やはり、気のせいだったのだろうか。
そう思おうとしながら、私は友人にメッセージを送った。オカルト好きの、昔からの知り合いだ。
『変な動画見ちゃった。削除されてるのに再生できた』
すぐに返信が来た。
『どんなやつ?URL送って』
私は一瞬だけ迷い、昨夜のリンクとスクリーンショットを送った。
『見れないな。普通に削除済みって出る』
胸の奥が少し冷えた。
『動画の内容は?』
私は簡単に説明した。暗い部屋、窓際の女、振り向きかける首。
『ああ……それ、多分知ってる』
友人の反応が変わった。
『半年前に似た動画あった。投稿者、最後の動画上げたあと行方不明になったって噂』
『本当?』
『本当かどうかは知らない。でも、見た人が変な夢を見るって話もあった』
それ以上は聞かなかった。
その日は、何も起こらなかった。
夕方になり、スマホが鳴った。友人からの電話だった。
「ねえ……ちょっと聞いて」
声が明らかにおかしい。
「どうしたの?」
「昼寝してたら、変な夢見た」
嫌な予感がした。
「暗い部屋で、窓際に女の人が立ってる夢。後ろ姿で、じっとしてるの」
私は言葉を失った。
「それで、その人が……振り向こうとするんだよ。すごくゆっくり」
「……」
「顔が見えそうになった瞬間、目が覚めた」
友人は小さく息を吸った。
「目、覚めたらさ……」
「うん」
「部屋の窓に、手形がついてた」
全身の血が冷えた。
「内側からじゃない。外から。指の跡が、はっきり残ってて」
「冗談でしょ……?」
「冗談ならいいよ。でもさ……」
友人の声が震える。
「私、今、カーテン開けられない」
電話の向こうで、何かを引っ掻くような音がした。
「……今、窓、叩いてる音がする」
そこで通話は途切れた。
私はすぐにかけ直したが、繋がらない。
メッセージを送っても、既読はつかなかった。
夜になっても、連絡はなかった。
深夜零時を過ぎた頃。
スマホが振動した。
DMが一件。
存在しないはずの、あのアカウントから。
『ありがとうございます』
続けて、こう書かれていた。
『再生数が、1に戻りました』
理解する前に、背中が冷たくなった。
私は震える指でSNSを開いた。
友人のアカウントを検索する。
表示されなかった。
名前を変えても、IDで検索しても、出てこない。
まるで、最初から存在しなかったかのように。
床に落ちたスマホの画面が、ぼんやりと光っていた。
その反射の中に、窓際に立つ女の影が、一瞬だけ映った。
私は、振り向かなかった。
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