再生数がひとつ減るたび、彼女は近づく
@Ag0ba
第1話 削除された動画
深夜二時。スマホの画面越しに、青白い光だけが部屋を照らしていた。
私はベッドの中で、SNSのタイムラインを無心にスクロールしていた。特に目的はない。ただ指を動かし、画面を眺めているだけだ。
通知欄に赤い丸が一つ浮かんだ。DMが届いている。
送り主は、見覚えのないアカウントだった。プロフィール画像はデフォルトの灰色の人型アイコン。投稿数ゼロ、フォロワーもゼロ。作られたばかりの捨てアカウントにしか見えない。
『これ、知ってますか?』
短いメッセージと共に、一本の動画リンクが貼られていた。
リンクの下には小さく、『この動画は削除されました』という表示。それなのに、サムネイルだけは残っている。暗い部屋の中、窓際に立つ女性の後ろ姿。長い黒髪で、顔は見えない。
怪しい。削除された動画を装ったスパムか、悪質な冗談だろう。
無視するつもりだった。
だが、指は迷うことなくリンクをタップしていた。
画面が一瞬暗転する。
次の瞬間、動画が再生された。
削除されたはずなのに。
映像には、六畳ほどの部屋が映っていた。カメラは固定され、微動だにしない。窓には薄いカーテンがかかり、外は夜らしい。
窓際に、女が立っていた。
白いワンピースに裸足。長い黒髪が背中を覆い、顔は見えない。ただ、こちらに背を向けている。
音はほとんどない。完全な無音ではないが、微かに、呼吸のような音が混じっている気がした。
十秒。二十秒。
何も起こらない。
動画の長さは三分ほどある。嫌な予感がしたが、なぜか目を離せなかった。
一分を過ぎた頃、女の髪が揺れた。
風ではない。窓は閉まっている。
女が、ゆっくりと頭を左右に動かしたのだ。
探すように。
一分三十秒。
女の肩が、小刻みに上下した。
「……ふふ」
掠れた笑い声が、スピーカーから漏れた。
背中がぞわりと粟立つ。
女は、首だけをこちらに向け始めた。
顔が見える――
そう思った瞬間、映像は唐突に途切れた。
画面には『この動画は削除されました』の文字だけが残る。
私は息を止めていたことに気づき、荒く息を吐いた。心臓が異常な速さで鼓動している。
ただの動画だ。作り物だ。
そう思おうとして、違和感に気づいた。
画面の隅に表示されている再生数。
再生数:1
削除された動画なのに、再生数が表示されている。しかも、一回だけ。
私は動画を送ってきたアカウントのプロフィールを開いた。
『このアカウントは削除されたか、存在しません』
嫌な汗が背中を伝った。
スマホを置き、部屋の明かりをつける。急な光が目に痛い。だが、暗闇よりはましだった。
ベッドに戻り、毛布を被る。
しばらくして、枕元でスマホが震えた。
通知音は鳴らない。バイブレーションだけ。
恐る恐る画面を見る。
新しいDMが一件。
消えたはずのアカウントからだった。
『再生ありがとうございます』
その下に、もう一行。
『これで、再生数は0になりました』
意味が理解できなかった。
その瞬間、スマホの画面が勝手に切り替わった。
動画の再生画面。
そこには、さっきまで「1」だった再生数が表示されている。
再生数:0
そして次の瞬間、画面の中の女が、こちらを見た。
カメラ越しではない。
私を、見ていた。
悲鳴を上げる間もなく、画面が暗転する。
スマホが、静かに沈黙した。
窓の外で、誰かが笑った気がした。
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