1-2 整え過ぎる人
体育館の扉を開けた瞬間、瀬里奈は思った。
――あ、これ、いるな。
音が揃いすぎている。
ラケットの振りも、シャトルの落ち方も、全部が予定通り進んでいる感じがした。
コートの中央に、橘 渉がいた。
シャトルが数個、床に残っている。
まだ打ち込みを続けられる状態だったが、渉は一度ラケットを下ろし、それらをまとめて拾い集めた。
端に残っていた一つも拾う。
ポケットに入れてから、構える。
瀬里奈は、その一連の動きを見てから声をかけた。
「おはようございます」
渉はラケットを振り終えてから、一瞬だけこちらを見る。
「……ああ」
それで終わりだった。
瀬里奈は、ほんの一拍だけ間を置いてから、視線を外した。
──はいはい、そういう感じね。
口には出さない。
⸻
少し遅れて、真帆が体育館に入ってきた。
「早っ」
「でしょ」
二人はラケットを持って、隣のコートに向かう。
「もういた?」
「いた」
「橘先輩?」
「うん。しかも、二人きりだった」
真帆が、ぴくっと眉を上げる。
「……最悪?」
「最悪」
瀬里奈は即答した。
「何もしてないのに、空気だけで『入ってくるな』って言われた」
「言われてないでしょ」
「言われてないけど!あれは言ってるのと同じ!」
瀬里奈はラケットを回しながら、少しだけ声を落とした。
「無言でさ、全部自分のペースでやっててさ」
「うん」
「こっちがタイミング測る前に、もう終わってる感じ」
真帆は苦笑した。
「合わせづらいやつだ」
「合わせる前提がない」
瀬里奈は、そう言ってから息を吐く。
「二人きりだと、ほんとに最悪」
⸻
ラリーを始めると、体育館に人が増えてきた。
向こうのコートでは、神谷が渉の向かいに立っている。
「いきます」
神谷がシャトルを上げる。
渉は返す。
速さも、角度も、余計な力が入っていない。
数本続いたあと、シャトルが床に落ちる。
渉は歩み寄り、それを拾う。
まだ残っていたものも拾い、ポケットに入れる。
何事もなかったように、また構える。
「……几帳面すぎでしょ」
瀬里奈が、思わず言う。
「聞こえるよ」
真帆が小声で注意する。
「いいもん。聞こえてても」
瀬里奈は肩をすくめた。
⸻
「先輩、今の、もう少しタイミング前でもよかったです」
神谷が言う。
「間に合ってる」
「……はい」
神谷は苦笑しながら、次のシャトルを上げた。
瀬里奈は、そのやり取りを見て、鼻で笑いそうになる。
「ね?」
「ね」
真帆は小さくうなずいた。
⸻
それでも。
瀬里奈は、視線を外せなかった。
渉の動きは、大きくも小さくもない。
一歩分だけ前に出て、同じ距離だけ戻る。
音が揃う。
リズムが崩れない。
「……腹立つ」
「どっちの意味?」
「両方」
⸻
渉は、またシャトルを拾う。
まだ打てる状態だが、そのままにはしない。
拾い終えてから、何も言わずに構える。
誰かを気にしている様子はない。
ただ、自分のやり方を続けているだけだ。
⸻
「でもさ」
瀬里奈が、ぽつりと言った。
「嫌なやつだけど」
「うん」
「……すごいのは、認めざるを得ない」
真帆は、その言葉を聞いて笑った。
「やっと言った」
「言ってない。今のは愚痴」
⸻
シャトルの音が、また重なっていく。
瀬里奈はラケットを握り直した。
渉に合わせるのは、たぶん、相当大変だ。
でも。
だからこそ、少しだけ気になる。
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