第8話 チェサの懺悔


 修行を始めて数日が経過した頃。

 俺は例の地下室にチェサを呼び出した。


「ク、クロード様。私、何かしたでしょうか……?」


 薄暗い部屋の中で、チェサは怯えきっている。

 彼女からすると「お仕置き部屋」に呼び出されたのだ。これから何をされるか、想像して震えているのだろう。


「今回、貴様を呼び出した理由はお仕置きではない」


 今回は目的があってチェサを呼んだので、取り敢えず協力してもらうためにも安心させておこう。

 安堵に胸を撫で下ろすチェサに、俺は質問した。


「チェサ。魔法はどのくらい使える?」


「え……? よ、四級の《ランス》までなら、なんとか……」


「充分だな」


 一応持たせておくか。

 俺は壁に立てかけていた木剣をチェサに投げ渡した。


「構えろ」


「え……?」


「試合だ。俺の相手をしろ、手加減は無用だ」


 俺も木剣を構える。

 今回の目的は、俺の実力を測ることだ。取り敢えず三級までの魔法なら失敗しなくなったので、ここらで実践練習をしておきたい。


「で、できません!! 主人に剣を向けるなんて……!!」


「これは命令だ」


 律儀だなぁ。

 お仕置き部屋を作ってから、使用人が次々と休暇を取って屋敷から去っている。だがチェサはまだ俺の傍にいた。


 彼女の忠義心は本物だ。

 だからこそ、やりにくい。


「それとも、試合よりお仕置きが好みか?」


 チェサの顔が恐怖に染まった。

 やがて彼女は、涙目で木剣を構える。


「……参りますッ!」


 鋭い踏み込み。俺は心の中でだけ驚愕する。

 チェサは多少戦える。なにせ公爵嫡男である俺の専属メイドなのだから、主人を守るための最低限の護身術は叩き込まれていた。


 小柄な体躯から繰り出された突きは、一般兵にも引けを取らない速度だった。

 だが、対応できる。


「ぬるい!!」


 最小限の動きで木剣を弾く。

 パァン!! と小気味いい音が響いた。


「チェサ!! 魔法を使え!!」


「――ッ!! 失礼します!!」


 チェサは片手の掌を俺に向けた。


「《アクア・ランス》!!」


 水でできた槍が俺に迫った。

 魔法には炎、水、風、土、雷、光、闇の属性があり、どれを使えるかは生まれつきで決まる。チェサは水属性の使い手のようだ。


 水は、癒やしの属性。

 四級魔法の中には水属性にしか習得できない《キュア》という魔法がある。


 心優しいチェサにぴったりの属性だ。

 だが、俺は――。


「《ダーク・ウォール》」


 漆黒の壁が、水の槍を飲み込んだ。

 俺が生まれ持った属性は炎と闇。攻撃の属性と、浸蝕の属性だ。


 誰かを傷つけるための魔法しか、俺には習得できない。

 世界はとことん俺に悪党をやらせたがっている。


「《ダーク・アルマ》」


 闇が身体を包む。

 俺の姿を見て、チェサが目を見開いた。


「さ、三級の、身体強化魔法……!?」


 チェサが使えるのは四級までだったか。

 丁度いい。等級が一つ違うことで、どのくらい力量に差が生じるのか知りたかったところだ。


 一瞬でチェサの背後に回り込む。

 無防備な背中を、数秒ほど黙って見つめた。チェサは俺の動きが目で追えなかったらしい。視線を彷徨わせて俺を探している。


「俺の勝ちだな」


 チェサの首筋に木剣を添える。

 驚いたチェサが、剣を手放して両手を挙げた。


 ……思ったよりも簡単に決着がついてしまったな。


 本当は他にも色々習得していたんだが……この感じだと、炎属性と五級魔法はもう練習しなくていいかもしれない。俺は元々、炎属性より闇属性の方が得意だし、五級魔法の《ショット》は基本的に《ランス》の下位互換だ。


 下位互換の魔法は鍛えなくていいな。

 他の気になる点は、チェサに教えてもらおう。


「チェサ、率直に答えろ。今の俺はどの程度強い?」


「ど、どの程度と申しますと……?」


「この国の上位・中位・下位のどこに属する? 忖度は不要だ」


「……確実に上位です。魔法戦において、《アルマ》を使える者とそうでない者では実力が隔絶します。機動力に差があるからです」


 だろうな。それは今の試合で分かった。

 四級魔法をどれだけ鍛えても、《アルマ》を使った人間に攻撃を当てるには、同じく《アルマ》を使うしかない。素の身体能力で《アルマ》についていくのは基本的に不可能だ。


「ふん、そのくらい知っている」


「し、失礼しました」


 普通にさっき初めて知りました。

 教えてくれてありがとう。


 ……取り敢えず、知りたいことは知れたな。


 今の俺は国内上位の実力者。これならレイジにとってのいい壁になるだろう。乗り越え甲斐のある目標として、奴の前に君臨しなければ。


「用済みだ、消えろ」


 ドアを指さしながら冷たく告げる。もう少し《アルマ》の練度を高めておこう。この魔法は汎用性が高い。


 しかし……暑いな!! この部屋!!


 窓のない地下室だから通気性が最悪だ。だから誰も使っていなかったんだろうけど。これなら他の部屋にすればよかったか?


 汗が垂れてきたので服で拭う。

 直後、チェサが何故か息を呑んだ。


「クロード様、その怪我は……?」


 一瞬、何のことか分からなかった。

 しかし俺はすぐに己の失態を自覚した。


 ……しまった。


 修行で傷ついた身体を見られた。

 魔法は失敗する。その際、暴発した魔法は術者へ牙を剥く。


 ここ数日、俺は魔法を猛練習していた。失敗の数は優に百を超えるだろう。普段は服で隠しているが、俺の全身は見るに堪えないほどボロボロになっている。一部は焼け、一部は内出血し、一部は深い青痣ができていた。


 マズいな。

 これは、踏み台らしくない。


 クロード=フォン=アインハルトは努力をしない。天才でなくてはならない。しかしチェサに見られてまった傷跡は、俺の天才性に泥を塗る。


 俺は眦鋭くチェサを睨んだ。


「見たのか?」


 意訳:見なかったことにしろ。

 いきなり圧をかけられたチェサは、怯えて何も言えなかった。

 もうちょっと念押ししておこう。


「見たのかと、訊いているんだ」


 意訳:とぼけろ。

 視線に念を込めて、俺はチェサを睨む。

 しかし、チェサはぶるりと身体を震わせた後、強い意志を秘めた瞳で答えた。


「み……見ました!!」


 なんで素直に答えちゃうかなぁ!!

 おかしい。こんなに察しの悪い子だったっけ……?


「クロード様、じっとしていてください。水属性の私ならそのお怪我を魔法で治せます」


 チェサは駆け寄って、俺の傷を確認しようとする。

 何故だ? 俺はチェサを充分傷つけたはずだ。なのに、どうしてまだ甲斐甲斐しく寄り添える?


「……何故だ」


 無意識に、本心が唇から零れ落ちた。

 聞こえていないことを願った。だがチェサは、俺の本心を確かに拾い上げる。


「私はクロード様のメイドです。貴方がどれほど変わったとしても、私はお傍にいます」


 先程までの震えが今のチェサにはなかった。

 チェサの力強い瞳を見て、俺は理解する。


 ……この子は、もっと突き放さないと。


 俺は誇り高き踏み台、クロード=フォン=アインハルト。

 世界の敵であらねばならない男だ。


 だから、これ以上は駄目だ。

 その優しさに、寄りかかってしまいそうになる……。


「――触るな!!」


 治療しようとするチェサに、俺は叫んだ。


「汚らわしい平民風情が!! 俺の身体に触れるな!!」


「そ、そんな、私はただ治療がしたいだけで……」


「そんなこと頼んでない!!」


 怯えるチェサに、俺ははっきり告げる。

 彼女を突き放すための言葉を。


「勘違いするなよ? 俺が貴様を傍に置いているのは、使い勝手のいい道具だからだ。……分かったら部を弁えろ。道具が主人に口答えするんじゃない」


 思いつく限りの最低な言葉を投げかける。

 やがて、チェサの瞳から一筋の涙が垂れ落ちた。


「ひ……酷い…………」


 涙は大粒となって、次々と地下室の床を塗らした。

 チェサは堰が切れたように涙を流し続ける。


「酷い、です……クロード様…………っ」 


 チェサは走って地下室を去った。

 開かれたままの鉄扉の向こうから、遠ざかっていく足音が聞こえる。


 俺は拳を強く握り締めた。

 そして、その拳で自分の頬を殴った。


「馬鹿が」


 油断するな、クロード=フォン=アインハルト。

 骨の髄まで悪に染まれ。




 ◆




 アインハルト家に仕える従者の少女・チェサは、過去に一度だけ、本気で人を殺そうと思ったことがある。


 傲慢で、理不尽で、人を人とも思わないかつてのクロード。彼に仕える日々は地獄だった。貧乏な実家への援助を盾に取られ、逃げ出すこともできず、チェサは心身ともに疲弊していった。


 ――殺そう。


 チェサは主人に毒を盛ることにした。

 自暴自棄だった。別に犯人だとバレて捕まったっていい。だから毒も安くて即効性のあるものを選んだ。手に入るなら何でもよかった。


 だが、決行前夜。

 クロードは急に変わった。

 まるで人が変わったかのように、優しくなった。


 流石に気が動転して、毒殺を延期した。それでもいつか殺すことになるだろうと思って、毒薬の入った小瓶は懐に忍ばせておく。しかし、その小瓶を取り出す機会は一向に訪れなかった。


 クロードの改心は本物だった。

 チェサの主人は、本気で良き人間になろうとしていた。


 ――危なかった。


 あと少し、ほんの少しでも改心の時期が遅れていたら、チェサはクロードを殺していた。


 良き統治者になるかもしれない人間を、この手で殺してしまうところだった。その事実がチェサの心を蝕む。しばらく不眠が続き、ふとした拍子に嘔吐することもあった。


 もう……毒はいらない。

 自身が人殺しにならずに済む世界に、チェサは感謝した。


 しかし、その油断が悪かったのだろう。

 ある日。処分を忘れていた毒の小瓶が、服から落ちた。

 それを拾ったのはクロードだった。


「……毒か」


 恐らくは、チェサの焦りようから推測したのだろう。

 だがその時のチェサには、嘘をついて誤魔化す余裕がなかった。


「わ、私は、どうなっても構いません……っ!! だから、どうか……家族だけは……っ!!」


 チェサは土下座して懇願した。

 殺される。処刑される。いや、家族ごと惨殺されるかもしれない。


 脳裏を過ぎるのは、かつてのクロードから受けた数々の仕打ち。

 クロードの改心を目の当たりにしても、いざという時に思い浮かべてしまうのは、やはりかつてのクロードだった。チェサはまだクロードを恐れていた。

 クロードは、じっと小瓶を見つめている。


「解毒剤は持っているのか?」


「え? ……は、はい。一応……」


 クロードは小瓶の蓋を開け、中の毒を飲み干した。


「な、にを――ッ!?」


 悲鳴を上げるチェサの前で、クロードは苦しげに喉を押さえ、蹲る。

 チェサは大慌てで自室に向かった。ベッドの下に隠していた解毒剤を取り出し、すぐにクロードのもとへ向かう。


 毒が安物で効き目が弱かったことと、すぐに解毒剤を飲ませたことで、クロードは一命を取り留めた。


 面会が可能になった瞬間、チェサはすぐクロードがいる病室に入った。

 ベッドの上に座るクロードは、チェサの顔を見て申し訳なさそうな表情を浮かべた。


「……ごめん、手間をかけた」


「手間とかじゃないです!! どうしてあんな真似を――!!」


「試したかったんだ」


 クロードは、視線を落として言う。


「今の俺は、チェサにとって生きてもいい人間なのか……試したかったんだ」


 主人の抱える不安が、どれほど大きいのか……初めて知った。

 チェサの両目から涙が零れる。クロードは自身の価値を疑っていた。自身の判断はアテにならないと思うほど疑っていた。だから他人に命を握らせたのだ。


 主人の気持ちが痛いほど伝わってくる。

 前向きになればなるほど、過去の行いが襲いかかってくるのだろう。主人が歩もうとしている道はこの上なく険しかった。


「過去は消えない。それでも、俺は変わりたい」


 クロードは真剣な眼差しで、涙を流すチェサを見つめた。


「チェサ、協力してくれないか? 俺は変わりたいんだ」


 この人は本気だ。

 命懸けで、自分自身を変えようとしている。


 なら……私も命を懸けよう。


 チェサには責任がある。

 クロードの命を救った責任がある。


 だから、彼に寄り添わねばならない。自分以外の全員が彼を見捨てても、チェサだけは最後まで尽くしてみせる。


 あの日、チェサはそう誓った。

 誓ったはずなのに――――。




「クロード様…………ごめんなさい」


 階段に座り込んだチェサは、鼻水を啜った。

 あの時の誓いは嘘ではない。でも、今日のクロードの目は昔のものだった。チェサをゴミのように見ていたあの頃の目と同じだった。


 どうすればいい?

 どうしたらいい?

 主の目を覚ます方法が、どうしても分からない。


「私…………挫けそうです」




 ◆




 チェサの涙を見てから、更に一週間が過ぎた。

 チェサはまだ俺の専属メイドとして働いてくれている。しかしあの日以降、めっきり口数が減ってしまった。


 正直な話……しばらく俺の傍から離れた方がいい。

 せめて専属は解除するべきだ。チェサにその気がないなら後で俺が手続きを済ませておこう。これ以上、俺の傍にいられると、また彼女を傷つけてしまいそうな気がする。


 ……あまり他人に構っている余裕もない。


 誇り高き踏み台になるためには、まだまだ乗り越えねばならない課題がある。


 あれからも俺は狂ったように修行を続けていた。

 三級魔法の《アルマ》の成功率は一〇〇%に達した。二級魔法の習得はまだできていないが、そろそろ取っかかりが見えてきそうな手応えはある。


 確実に強くなっている実感はあった。

 だが、「これでいいのか?」という不安は消えない。


 俺の目指す場所は、遥か高みだ。

 レイジが乗り越えるべき、絶望的な壁。

 今のペースで、俺はそこに到達できるのだろうか?


 神に押しつけられた能力、《在るべき世界線マスター・アイ》は、運命の分岐点でしか発動しない。


 俺が歩む道は正しいのか、答え合わせができない。そのことが焦りを生んでいた。


「くそっ」


 地下室で汗を流しながら、舌打ちする。

 最近は魔法の勉強と並行して身体作りにも励んでいた。しかし身体の成長は実を結ぶまで時間がかかる。


 木剣が掌から零れ落ち、カランと乾いた音が響いた。

 掌を見て、マメが潰れていることに気づく。

 指先一つ動かすだけで激痛が走った。……無理しすぎたか。


『精が出るな』


 声が聞こえた。

 反射的に周りを見渡したが、誰もいない。……当たり前だ。修行中の俺が、この部屋に誰かを招き入れるなんて有り得ない。


 声は若い男のものだったが、それらしい人影は見当たらない。

 代わりに、妙なものを発見した。


「……ん?」


 壁に一振りの剣が立てかけられていた。

 なんだこれ? こんな剣あったか?

 金色と銀色の装飾を拵えた、高価そうな剣。豪華絢爛とまではいかず、品位と機能性を保っている辺りが職人技を感じさせる。


『鈍いな。私だ』


 !!!!!!!!

 剣が喋った!!!!!!!!


 DX日○刀みたいだ。

 デパートとかに売ってそう。


「お前は……何だ?」


 恐る恐る尋ねる。

 剣はすぐに答えた。


『私は、聖剣だ』


 DX聖剣ってこと?





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