第4話 病院

凛さんが運転する車に、他の三人も乗っていた。

無理やりな横入りで車が揺れ、強い舌打ちが聞こえた。

BGMはロック、ドラムが心臓を殴ってくる。


軽く縦揺れしながら、凛さんは話した。

「咲希。あれを渡してくれ」

咲希は後部座席の足元をゴソゴソと漁り、袋から何かを取り出した。

「看護師服です。佐藤さんと桃用の」

「今から行く稲穂病院の制服として使われてるのを取り寄せた」

「袖章やIDカードは“それっぽい”だけだがな」

卯月さんは、それはもう嬉しそうに目を輝かせていた。


しばらくして、

もじもじしていた卯月さんが口を開いた。

「さっきは、その……すみませんでした」

咲希は間の抜けた、ため息みたいな返事をした。

「今更、初対面の印象が覆るとでも思ってるんですか?」

卯月さんはなおのこと縮こまった。


「……咲希ちゃんを膝の上に乗っけてもいい?」

「許さない、という決意が固まりました」

――咲希は渋々、卯月さんの膝の上に収まった。


――稲穂病院内。

俺たちは目的地へ急いだ。

挙動不審になりながらも、卯月さんは聞いた。

「これ、バレないの? 私たちここの職員じゃないって。ほ、ほら今こっち見られた」

俺たちは、軽く会釈をしあった。

「ほらな? 案外バレない。ここの制服着てるからな」

「まあ、人は他人をいちいちそこまで見ないってことだ」

凛さんは、足を止めずに廊下を進んでいった。


「あなた達? 何をしてるの、どこの病棟?」

気の強そうな看護師に声をかけられた。――服装の違いを詰められた時点で終わりだ。

凛さんが、ほんの少しだけ口角を固めた。

「……3西です。不知火先生が、御用があるとかで」

「だとしても、そんなに集団で行く必要はないでしょう?」

看護師の目つきが鋭くなった。目線が名札へと滑る。

「先生のご指示で。あと、場所がわからなかったのもありまして」

「……3西の睦月さん、ね。わかったわ」

名前を呼ばれた瞬間、背中が粟立った。動揺を出さないよう噛み殺した。

「それなら、中央採血室の先の左側よ。急いでちょうだいね? どこも人が足りてないんだから」

肩を少し膨らませながら、看護師はどこかへ去っていった。


全員が深く呼吸をした。

「脳神経外科の階を調べておいて良かったですね」

凛さんは淡々と続けた。

「偽名とはいえ、ナースステーションで照会が飛ぶ。名前、番号、警備――順を追って詰む」

「時間の問題になった。急ぐぞ」

固まっていた卯月さんを引っ張るように連れ、先へ急いだ。


――凛さんがドアの前で止まった。

「ここ、だろうな。不知火医師の部屋」

「中央採血室と第二会議室の間。露骨に名札がかかってない」

凛さんは慎重に中に人けがないことを確認し、咲希は足音が向かう方向を確かめた。

渡されたゴム手袋でノブを回し、俺たちは中に入った。


部屋は書斎のようだ。

コーヒーと消毒液の香りがして、その奥に古いヤニの香りがした。

両面の本棚に囲まれた机の上にはパソコンがあった。


「咲希、お前はPCを頼む。私たちは本棚だ」

「迅速に済ます」

指示に従い、証拠となるものを探した。


『神経筋電刺激(NMES)による運動誘発』、『標準脳神経外科学』などの本が目についた。

不倫の証拠らしきものは見当たらない。


「凛、まずいです。……引いたほうがいいかもしれない」

咲希の声が重々しかった。マウスを持つ手が少し震えていた。

瞳孔が開き、画面に釘付けになっていた。彼女の中の何かが、視線を画面から剥がすことを許さない。

「無理だな。夫人から大量の前金をもらってる。引いたとて社会的に殺されるだけだろうな」


三人で、咲希の背中の方に駆け寄る。

その途中で、咲希は言った。

「佐藤さん、桃の目を隠しててください」

「……たぶん、見ないほうがいいです」


言われた通りに、卯月さんの目を覆った。

指の下で、まぶたが一度だけ跳ねた。――理解できずとも、怯えている。


PCの画面が青白く光っている。

そこには、日誌のような文章がびっしりと並んでいた。

――

患者番号8675526 NMES:T X-ray:F HS:F RF:T

患者番号8674359 NMES:T X-ray:T HS:T RF:F

患者番号8673009 NMES:F X-ray:T HS:F RF:T

――

『何か』の記録をつけているようだ。

TとFが合否みたいに並んでいる。――人間に、だ。

画面には、患者番号が無数に並んでいた。


ざっと目を通しただけでも、いくつかの単語が浮かぶ。

――人体実験。

――輸液:ソルデム3A/FPP/TPN。

――永遠の命。

――失敗作。

――高度放射線治療:IMRT/BNCT。

――地下霊安室:D-01~99。


喉がつまる。全身から冷や汗が湧き立つのを感じた。

これは不倫の尻尾なんかじゃない。医療の顔をした何かだ。

治療のふりをした、露骨な人体実験の記録だ。


それでも、もうあとには引けない。足跡が背中を押してくる。

地面を蹴り飛ばすように、俺たちは病院地下へ向かった。

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