第10話 領主城にて

 「お前のような平民の女が来るところではない。早々に立ち去るがいい!」


 城にやって来るなり、門番の男にそう怒鳴られて、どうしていいのか判らなくなる。ここは城の正面の方ではなく、通用門があるところ。アレクが目撃されたのもこの辺りと聞いている。だからこんなことになるとは、露とも思わずにいた。なのに恐ろしい門兵に睨まれることになって…

 

 朝からブルック男爵から渡された書状を握り締め、ドキドキしながらここまでやって来た。歓迎されるなどあるはずがないけど、こうやって頭ごなしに怒られるとは思っても見みなかった。世知辛い現実を知る…


 「こ、これをご覧ください!ローウデン商会の所長である、ブルック男爵様が私の為に書いて下さったものです。どうぞご確認下さいませ!」


 突き飛ばされて膝を擦り剥き、血の流れる足を擦りながらそう叫ぶ。こんな所までやって来て、すんなりと諦める訳には行かない。門前払いには屈せず、どうにかこうにか城の中までは入らないと。


 「ああん?ブルック男爵様だと!どうせどこかで盗んできたのだろう。お前のような者に、何故一筆書いて頂けると言うのだ?適当なことを言うのも大概にしろ!」


 門番は聞く耳を持たず、再び私の身体を押しやる。病み上がりで体力のない私など、簡単に飛ばされてしまう。こんどはザザッと腰が打ち付けられ、痛みで顔が歪む。もう駄目なの?と涙が滲み、無理かもと諦めかける。すると近くで偶然見ていた人達が、抗議の声を上げ始める。


 「あれは非道だろ?書状を見もしないで決めつけて…」


 「ああ、可哀想に!あんなに強く押さなくてもいいんじゃないのかい?」


 「酷すぎる!門番のくせに横暴なんだよ」


 そんな声がチラホラ聞こえてきて、ほんの少し力強い思いになる。だけどその門番は腹が立ったのか、赤い顔をして怒り心頭の様子で。


 「う、煩いっ!関係ない奴はあっちへ行け」


 そう叫ぶ門番は、あろうことか警棒を振り回す。それに人々は殴られては堪らないと、逃げまどい始めて…

 

 私は唖然としながらも、自分もここにいては危ないと思い始める。それこそアレクに救われた命…こんなところで失う訳にはいかないと。それで人々に紛れて、一旦引くことを決意した。そしてあの門番がいない日にもう一度出直そうと決める。そんな時、突然どこからか重厚な音が聞こえ始めて…


 ──ギギッ、ガシャーン!


 目の前の通用門が開かれる…重そうな扉が音を立てて開け放たれる。するとその先には巨大な建造物が見えてきて…


 ──あれが領主城なの?

 

 ぐるりと張り巡らされた高い壁の先に片鱗が見えていたが、全貌をみるのは初めて!中では大勢の騎士達や使用人達が忙しなく歩き回っており、そして商人が荷馬車から品物を下ろしている。そんな様子を初めて見る私は暫し時を止める。すると…


 「中まで叫び声が聞こえたが何をやっている?門兵のお前が騒いでどうするのだ!」


 そんな厳しい声が飛ぶ!見ると、初老くらいの背筋を伸ばした男性が立っている。神経質そうな顔立ちの威厳溢れる人…そんな男性の登場に、また違う緊張が走る。


 「これは家令様!大変申し訳ありません。ですが…この女が領主様に会いたいと言うのです。そんなのあり得ませんよね?そしてブルック男爵の身元保証の書状を持っているなどと…嘘に違いありません!」


 粗暴な門番がそう言って、家令らしき人に訴えている。それにまた腸が煮えくり返る思いがするけど、これ以上の騒ぎはマズいとグッと我慢した。すると…


 「そこの女、握り締めている書状を見せなさい。私が直々に判断しよう」


 そんなことを言われて、弾けるように顔を上げる。まさかという気持ちで…

 門番も低頭平身で従えるその人…そんな人がまさかそう言ってくれると思わなかった。それで失礼かも知れないけど、じっと見てしまう。それからおずおずと書状を渡すと…


 「これは本物だ、馬鹿者!サインがあるではないか。門兵のお前がそんなだから、旦那様は誤解を受けてしまうのだ…怖い方だと。それならこちらに来なさい」


 どうも見た目に反して、公正なその人。それにブンと勢いよく頭を下げた私は、まだ仏頂面をしている門番を尻目に、城の敷地へと足を踏み入れる。それから再び門が閉まると、見えなくなったことでやっとホッとする。


 「ええっと…リリーと言うのかね?この書状によると、ローウデン商会に勤めていたものの妻か。それで何を聞きたいんだ」


 当然城の中までは入れず、通用門の出入り口付近で立ち止まりそう尋ねられる。だけど先程のことを考えると、これでも充分に有り難いこと。だから遠慮なく疑問について尋ねてみることにする。


 「ありがとうございます…家令様。じつは主人が、一ヶ月以上前から行方不明なのです。いなくなったその付近に、こちらの領主城に入って行くのを見たと言う人がおりまして…」


 そう正直に言ったものの、一笑に付されるだけかもという不安があった。なのにその家令は、眉間に皺を寄せ怪訝そうな表情を浮かべている。それによって適当にあしらわれていることではないのが分かるけど、その意味は何なのかと首を傾げる。すると…


 「あぁ、なるほど…」


 ──ええっ?思っていた反応とは違う!


 なるほど…という言葉には、肯定の意味が隠されているように感じる。それならアレクは、やはりここに来たってことなの?違うのかしら…

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