第8話 不審
「週刊誌の記者? ガンさん、だいじょうぶですか、週刊誌の記者とあったりして?」
新聞記者やテレビの記者との付き合いは刑事ならだれでもあったが、重要な情報の意図的なリークは署内で綿密な打ち合わせのもとに行なわれるのが常だった。岩田が宮崎と高木を交互に見ながら答えた。
「悪かったな、黙っていたりして。今回の捜査打ち切りはどうしても許せないというか、なにが起こっているのか知りたいというのか……」
「え、帝都の役員飛び降りの件ですよね? 捜査打ち切りなんですか?」
週刊誌の記者らしく高木が反応した。
「ああ、今日、署長から発表があった。明日には記者会見が開かれるだろう」
「何か不審な点でもあったんですか?」
高木が手帳を取り出す。それを見て岩田が言った。
「メモはすんな。お前もプロなら全部覚えろ」
高木がうなずいて手帳をしまった。岩田が続ける。
「不審な点ばかりだ。と、その前に約束してくれ。今日聞いた話をすぐに公開するな。リーク元が俺だとすぐにバレる。それと何か重大なことがわかったら俺に知らせてくれ。できれば記事にする前に」
「わかりました。約束します」
「ミヤザキ、お前はどうする? 外れたっていいんだぞ。俺たちには守秘義務がある。捜査上で知り得たことを漏洩すれば懲戒免職かもしれない」
宮崎にもそれくらいわかっていた。
「ガンさんはこっちの記者さんとはどこで知り合ったんですか?」
「高木は昔捜査一課の刑事だったんだ。警視庁の裏金を内部告発して辞めざるをえなくなった。俺の同僚だった時期もある」
宮崎は数年前噂で聞いた警視庁の裏金疑惑のことを思い出した。警察の捜査では情報提供者への謝礼など表に出せないものも多い。経費として認められないわけではないが、明細を提出するとき、情報提供者がバレる可能性があるものは一切出せない。警察内部に外部へリークする者がいないとは限らない。やむをえず自己負担とするしかなくなるが、それを続けるのはつらい。
そんなとき明細もいらず処理できるようにするには、裏金を作りそれを使うのがある意味合理的である。もとはこう言った理由から始まったはずの裏金も、遠方への出張費だの手土産だの、際限なく拡大していったと聞く。それらの費用を補うため、もともといた裏金専門の担当者がしたことは、押収した証拠品を横流ししたり、トンネル会社を作ってその会社に架空の請求をさせたりしていったという。
警視庁内部から告発があったようだが、上層部は公開することはなく、関係者を内々に処分してしまったという。告発した人間は本来守られるはずだが、周辺からの嫌がらせにあい、退職に追い込まれたと聞く。同情するものも多かったが、当時の上層部に押し切られてしまったようだ。岩田はこの話をするとき、怒りを感じながらも何もできなかった自分がたまらなく恥ずかしく感じるようで、不完全な爆発を繰り返す爆弾のような表情をした。
「あの内部告発の……わかりました。ガンさんが信じる人なら俺も信じます」
「ありがとうございます」
高木が礼を言うと、宮崎が高木の注文を聞いて、店員に伝えた。
「じゃあ、これが解散した捜査本部を引き継いだ捜査班の最初の捜査会議だな」
店員が高木の分の生ビールを持ってきた。岩田がジョッキをかかげ、宮崎と高木が控えめにジョッキで乾杯をした。
「不審な点の第一は指紋だ。遺書そのものからはガイシャの指紋が検出されたが、遺書が入っていた封筒からはだれの指紋も検出されなかった」
宮崎が後に続く。
「われわれが不審を抱いたきっかけですね。ガイシャが普段手袋をしないことは夫人から確認しています。会社のデスク周りからも手袋は見つかっていません。したがって封筒に入れるときにたまたま手袋をしていたというのは無理があると思います」
「第二の不審な点は、帝都銀行の防犯カメラの映像だ。屋上からは非常階段を使えばカメラに映らないで行き来できる。しかしどの階でも廊下に出た時にカメラに写るはずだ。一階はロビーのカメラに映ってしまう。そのロビーのカメラ映像が差し替えられているんじゃないかという疑いがある」
岩田の説明にうなずきながら高木が答えた。
「防犯カメラの映像を差し替えるなんて内部の人間でないとできないんじゃ……」
「それと遺書の入った封筒がガイシャの近くに落ちていたこと。普通、大事な遺書は胸ポケットに入れるかするでしょう。手に持って飛び降りたりなんかします……?」
宮崎が高木に同意を求めた。
「あの本店ビルの上から放り投げたら、軽い遺書はどこかに飛んでいってしまうでしょう」
帝都銀行本店を思い浮かべているような顔をしていた高木が答えた。ジョッキを飲み干してから宮崎が言う。
「ですよね。この点も謎なんですよ」
岩田は話を続けた。
「続いて容疑者だが……」
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